40人が寝泊りする消防署の地下室。避難生活は10カ月におよんでいた=2022年、ドネツク州ベリカ・ノボシルカで、筆者撮影
救援物資を運び込むマリウポリ出身者のボランティア団体。左が代表のゲナディー・モクヘンコさん=2022年、ドネツク州ベリカ・ノボシルカで、筆者撮影
飛行機の残骸。駐機場には複数の地雷が残っていた。ロシア軍が要塞化していたヘルソン国際空港はウクライナ軍の激しい砲撃を受けた=2022年、筆者撮影
がれきの町で、商店を開いたマリナ・マニコウさん=2022年、ハルキウ州スタリ・サルティフで、筆者撮影
牧草地にあった牛の死骸はまだ新しかった。戦争で、肥沃だった黒土(チェルノーゼム)は荒れ果てた=2022年、ヘルソン州北部で、筆者撮影
ロシア軍の砲撃で破壊された学校の教室。壁にはウクライナのシンボルマークと国歌の歌詞があった=2022年、ヘルソン州ダビディフ・ブリドで、筆者撮影
ロシア軍の砲撃が続く中、集合住宅の地下に避難するスベトラーナ・ロッシュさん(左)とクズミン・バレンチノさん=2022年、ザポリージャ州オリエホブで、筆者撮影
5/
8
この記事を読む