「気候難民」という言葉を聞いたことがありますか? まだ確かな統計数字さえない、しかし近い将来にはグローバルな主要課題となり得るテーマです。国際協力機構(JICA)とNGOで国際協力の仕事に携わり、衆議院議員を4期務めた山内康一さんは、この新たな地球的課題に向き合うことの大切さを訴えます。

世界銀行「2050年までに2億人超」指摘

地球温暖化による異常気象で住んでいた土地を追われる「気候難民(climate refugee)」と呼ばれる人々が増加している。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は「気候難民」という言葉を避けているが、「世界経済フォーラム」を始め、「気候難民」という言葉が使われることが増えている。

スイスにある国内避難民監視センター(IDMC)によると、2021年の武力紛争による国内避難民が1440万人であるのに対し、気候変動に関係する自然災害による国内避難民は2230万人である。そのうちサイクロンなどの避難民が1150万人、洪水による避難民が1010万人とされる。UNHCRが「気候難民」を国際法的な「難民」と認めていないため、国境を超えた「気候難民」のデータはないが、かなりの人数に上るのは確実だ。

世界銀行は、2021年に発表した報告書の中で、2050年までに世界で2億1600万人が気候変動が原因で国内移住を余儀なくされると懸念している。2021年末時点で紛争や迫害により発生した難民が8930万人であることを考えれば、2億人を超す気候難民がいかに重大な問題かがわかる。

「気候変動」理由に難民申請も

バングラデシュでは海面上昇によって2050年までに国土の17%が水没し、そこで暮らす2千万人が住まいを失う恐れがあるといわれている。2022年にパキスタン全土の3分の1を水没させた洪水も気候変動の影響であることは明らかだ。

バングラデシュ南東部の国境近くで仮設テント集落が豪雨で水没し、川を懸命に渡って逃げるロヒンギャ難民ら=2017年9月、朝日新聞社

長く続くシリア内戦も、気候変動による干ばつで農村から都市へ人口が流入したことが背景にあるといわれる。中東やインド亜大陸では水資源をめぐって次の戦争が起こるのではないかと予想されてきたが、気候変動が水不足を深刻化させ、紛争の原因になる可能性もある。水資源をめぐって紛争が起これば、難民や国内避難民が発生するが、それも気候難民の一種といえるかもしれない。

地球温暖化に起因する海面上昇により、太平洋の島嶼(とうしょ)国のキリバスやツバルなどは、国土のかなりの部分で住めなくなる可能性が高い。

浸水により村人が去ったキリバス・アバヤン島のテブンギナコ村。海沿いの護岸壁が崩れていた=2015年4月、朝日新聞社

2015年にキリバス人の男性が気候変動を理由にニュージーランドに難民申請を行ったが、申請は却下され、自国に送還された。その男性は国連人権理事会に対して「海面上昇による脅威にさらされており、本国送還は人権侵害である」と訴えた。国連人権理事会は、この男性の訴えを「差し迫った危機とはいえない」と却下したものの、「気候変動によって命の危険にさらされた人を本国に送還した場合は人権侵害に当たる可能性がある」として、各国に気候変動を理由にした難民受け入れを促す判断を行った。国連人権理事会の見解は、法的な強制力はないものの、難民受け入れに関わる新しい国際基準となり得るため、将来的には気候難民が増加する可能性がある。

「災害避難民」への支援拡充と、「気候難民」への長期的対策

キリバスやツバルなどの島国、あるいは、バングラデシュ沿岸部の住民に比べて、より多くの温室効果ガスを排出してきた私たち日本人は、日々の生活の中で温室効果ガスの排出を減らすことに加えて、気候難民を支援する道義的責任がある。日本の政府と市民社会が取り組むべき課題について述べる。

気候難民にも二つのカテゴリーがあるといえるだろう。第1のカテゴリーは、気候変動により激甚化した災害により住まいを失った難民である。台風や洪水、干ばつなどの災害による難民あるいは国内避難民、「災害避難民」である。こういった災害に対する支援活動は、これまでも実施されてきており、災害避難民に対応するための人材やノウハウもすでにある。しかし、災害避難民に対する支援が十分とはいえない国や地域もあり、さらなる国際支援の拡充が求められる。

第2のカテゴリーは、温暖化による海面上昇や砂漠化により住む場所を失う気候難民である。徐々に進む海面上昇や干ばつの拡大は、超長期的には予想可能であり、モルディブやツバル、バングラデシュやインドの沿岸部など、いつか必ず気候難民が発生することが明らかな地域が多数ある。こういった超長期的に発生することが確実な気候難民に関しては、計画的かつ大規模な支援活動の準備が可能である。日本の政府、NGO、企業、アカデミックが、このような第2のカテゴリーの気候難民を支援する方法について体系的な調査研究を行い、対策を検討すべきではないだろうか。

気候難民の受け入れに向けて多様な検討を

次に、気候難民の日本への受け入れのあり方を検討すべきである。ニュージーランドでは南太平洋の島嶼国からの気候難民受け入れの議論が始まっている。国連人権理事会が勧告したように、気候難民の受け入れは国際社会全体で取り組むべき課題である。少子化への対応として外国人労働者の受け入れの是非が議論されているが、まずは外国人労働者よりも難民の受け入れを優先すべきであり、その際に気候難民の受け入れ枠を設定することも検討すべきである。

海面上昇の脅威にさらされている地域に住む住民の中で、高齢者の中には住み慣れた土地を離れたくないという人も多いだろうが、若年層は将来住めなくなる土地への執着はより少ないと思われ、若年層を中心に気候難民を受け入れることも考えられる。若年層の難民の受け入れは、外国人労働者の受け入れと同様に労働力不足の解消に役立つため、人道的な国際貢献と労働力確保の両面で日本の国益に資する。

また、住んでいる地域や島そのものが消滅する危機に直面する気候難民に関しては、地域コミュニティーの住民を丸ごとひとつの地域で受け入れるという選択肢も検討可能だろう。過疎が進む地方や離島において特定の国あるいは特定の地域の気候難民をコミュニティー単位で集中的に受け入れ、母語や母国の文化を保持しながら日本語教育や日本文化への適応のための研修を受けてもらい、農林水産業などに従事してもらうことも可能かもしれない。コミュニティー単位で移住する方が、気候難民にとっては適応ストレスが軽減され、よりスムーズな定住が可能になるだろう。また人口減少に悩む山間地や国境離島の地域振興にも役立つ可能性があるのではないだろうか。

今後増加が予想される気候難民の支援には多額の資金が必要である。温室効果ガスを排出している企業から資金を調達することも当然考えるべきだ。たとえば、欧州連合(EU)が導入を決めた「国境炭素税(環境規制のゆるい国からの輸入品に事実上の関税をかける調整措置)」のような税制を日本でも導入し、その税収の一部を気候難民の支援に活用することも考えられる。

啓発やNGOの連携で広がりを

気候難民の存在は、日本ではまだ知られていない。じわじわと時間をかけて深刻化する気候難民の問題については、早く気づき、早く対策を始めることが重要であり、市民や政策決定者に気候難民の存在を知ってもらうことが大切だ。気候難民問題について啓発キャンペーンを行い、国会議員、メディア、企業、地方自治体、地域のNPOなどに働きかけ、将来の気候難民の受け入れに向けた環境整備に取り組んでいく必要がある。

そのためには、環境NGOと国際協力NGOが連携していくことも必要だろう。気候変動に関心を持つ環境NGOと難民に関心を持つ国際協力NGOは、日ごろそれほど接点がないと思われる。筆者が国際協力NGOで働いていたときの感覚では「他業種」という感じで、まったく接点がなかった。環境NGOと国際協力NGOが、それぞれの専門性やノウハウを生かし協働してアドボカシー活動や支援の枠組み作りに取り組んでいくことが有益だろう。市民社会全体で気候難民への関心を高め、気候難民問題に取り組んでいくべきだ。

〈やまうち・こういち〉

1973年、福岡県生まれ。国際基督教大学卒、ロンドン大学教育研究所修士課程(教育と国際開発)修了、政策研究大学院大学博士課程(政策研究)中退。1996年、国際協力事業団(現・国際協力機構、JICA)入団。2000年、国際協力NGOに転職し、インドネシア、アフガニスタン、東ティモールなどで緊急人道援助や教育援助などに従事。2005年、衆議院議員初当選(4期)。2022年11月から現職。