日本で人道援助をめぐる諸問題を共に考える場をつくるため、国境なき医師団(MSF)と赤十字国際委員会(ICRC)が共催する「人道援助コングレス東京」。2023年は「顧みられない危機に光を」をテーマに、行動へつなげるために向き合わなければならない人道的課題を取り上げました。4月11、17、18日に開催された五つのセッションを通じ、のべ700人が参加。危機にある人々を援助するために一人ひとりができることについて、様々な関係者と多角的に意見交換をしました。

「関心格差」の背景と影響とは

「『現在、世界で起きている紛争、人道危機』と聞いて、多くの方がウクライナとロシアの紛争を思い浮かべるのではないか。しかし、世界ではミャンマー、アフガニスタン、シリア、イエメン、パレスチナ、南スーダンなどで、長期化した紛争・人道危機が、気候変動の影響も受け、より複雑かつ深刻になっている」

ICRC駐日代表のジョルディ・ライクさんから発せられた問いとともに、「顧みられない危機に光を」をテーマにした「人道援助コングレス東京2023」が始まった。

「世界的な注目を集める紛争と集めない紛争。その違いはいかに生まれ、どのような影響をもたらしているのか」と題したセッションでは、注目を集める紛争と集めない紛争が生まれる背景や要因、その影響について話し合われた。モデレーターを務めたのはピースウィンズ・ジャパンの山本理夏さん。

最初に登壇したのは、MSF日本事務局長の村田慎二郎さん。MSFのプレスリリースの件数と、メディアに取り上げられた数を比較するデータを紹介し、日本との接点がない人道危機は注目されにくい現実を指摘した。

続いて、ライクさんが、「関心格差」が人道支援活動の資金にどう影響し、苦しんでいる人々に何をもたらすかについて講演。ウクライナとロシアの紛争やコロナ禍、気候変動の影響で、国家を主要ドナーとするICRCでも資金が集まりにくくなっており、その結果として紛争当事国で犯罪が増加するなど悪循環が起きていると語った。

次のセッションでは、逢沢一郎衆議院議員、TBSテレビ報道局外信部長の秌場(あきば)聖治さん、ジャーナリストの舟越美夏さん、Youth UNHCR代表で東京大学3年生の金澤伶さんの4人がパネリストとして登壇。

秌場さんと舟越さんは、ジャーナリズムの観点から、紛争における「関心格差」について話した。金澤さんは、若者が何に関心を持ち、どのように情報収集しているかについて語り、逢沢議員は、80億人が暮らす世界において、より広く、より深刻な問題に向き合うことの必要性を伝えた。

「顧みられない熱帯病」に立ち向かう

「顧みられない熱帯病に立ち向かう」をテーマとしたセッションでは、顧みられない病気の新薬開発イニシアティブ(DNDi)の日本事務局、DNDi Japan代表の中谷香さんがモデレーターを務めた。登壇者は、MSFのシュゼット・カミンクさん、長崎大学大学院 熱帯医学グローバルヘルス研究科准教授の吉岡浩太さん、エーザイ株式会社サステナビリティ部副部長の飛弾隆之さん。

初めに、中谷さんが「顧みられない熱帯病(NTDs)」について説明。NTDsは、毎年17億人以上の人々を苦しめている20の感染症を中心とした疾患群であり、特に低中所得国の貧しいコミュニティーに多くの影響を与えている。

次に、カミンクさんが、パキスタンでの皮膚リーシュマニア症の状況を、患者の症状の写真も見せながら話し、現在進行している新しい治療法の臨床試験を紹介した。

吉岡さんからは、シャーガス病についての報告があった。国内でも2千〜4500人の感染者がいると推測されるが、日本で薬にアクセスできる感染者は極めて限られている。マイノリティーが抱える医療ニーズにいかに対応するかという医療行政全体に対する問いかけがあった。

飛弾さんは、NTDsの治療薬をいかに患者へ届けるかについて話した。エーザイはリンパ系フィラリア症の薬を開発し、WHOが主導するプログラム全体で17カ国が疾患の制圧につながったという。製薬会社として薬を作るだけでなく、患者が置かれた厳しい状況を理解し、医療に関する正しい知識をコミュニティー全体に伝えることの重要性を訴えた。

「ミャンマーの今」関心を持ち続けて

次のセッションは「ミャンマーの今を探る」をテーマに行われた。国軍による空爆という痛ましい状況が続くミャンマーでは、人道的危機が泥沼化しているが、専門家や援助団体の間でも様々な意見がある。

モデレーターは、山形大学人文社会科学部教授の今村真央さん。登壇したのは、東京外国語大学非常勤講師の斎藤紋子さん、MSF救急医の森岡慎也さん、ICRCの三田真秀さん、特定非営利活動法人難民を助ける会(AAR Japan)の野際紗綾子さん。

斎藤さんは、治安の悪化、経済や教育の混乱、停電などが起きている国内の現状について話した。今後も、複雑な権力闘争や差別構造を見据えつつ、ミャンマーの状況に関心を持ち続けることが大切だと話した。

森岡さんは、2021年8月から2022年3月までカチン州とラカイン州に派遣。クーデター後、公的機関に勤務する多くの医療スタッフや公務員が不服従運動に参加し、医療体制が崩壊したという。中立であるべき医療現場が危機にある中、保健省や少数民族の保健組織とも協議、協働していくことが必要だと述べた。

三田さんは、イスラム系住民の多いラカイン州で1年間行ってきた保護活動について話した。ICRCは紛争当事者との関係で中立を掲げ、すべての当事者との対話を実践し活動の透明性を確保していることが共有された。

野際さんは、障がい者や生活困窮者世帯は過半数が失業し、厳しい状況で生活しているという現状に触れた後、人道支援団体が直面する課題として、グループ間の対立の中であらぬ誤解を受けること、治安状況悪化に伴う安全面など五つを挙げた。

人道援助コングレス東京2023は、4月11日のセッションは早稲田大学井深大記念ホールで開かれ、オンライン配信もあった。4月17、18日のセッションはオンラインで開催された=国境なき医師団提供

人道・開発・平和はどのように共存できるか――人道原則への挑戦?

「人道・開発・平和はどのように共存できるか~人道原則への挑戦?~」と題したセッションでは、危機的状況下における人道・開発・平和活動の一貫性、協力、協調を提唱する「人道的開発・平和(HDP)ネクサス」アプローチについて話し合われた。モデレーターを務めたのは国連開発計画のロマノ・ラスカーさん。国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC)パプアニューギニア代表の五十嵐真希さん、ICRC人道支援・開発問題特使のコリン・A・ブルースさん、MSF米国人道・外交担当代表のエラ・ワトソンストライカーさん、NGOインターピースのジョルジア・ニカトーレさんが登壇した。

五十嵐さんは、難民、コロナ禍、経済危機など様々な要因により、近年はIFRCが「忘れられた人々」のための人道的支援と開発を継続することが、更に重要になっていると話す。

ブルースさんは、ICRCの使命は人々の苦しみを最小限にすることであり、支援を必要とする人々は、元々弱い立場に陥りがちで、紛争によってさらに危機的な状況に陥っている場合が多いと訴えた。

ワトソンストライカーさんは、MSFは緊急人道援助を行っており、特に紛争下において中立性を堅持するために、政府組織などからの独立性を重視しており、HDPネクサスとアプローチが異なることについて触れた。

ニカトーレさんは、人道援助団体と平和構築組織の間で、平和に貢献することが何かについての解釈が異なるため、時として緊張関係になることもあると認識されるが、紛争に対する感受性を高く持ち、対話を続けることが大切だと語った。

国際社会の関心を呼び起こすためには?

エチオピア、ケニア、ソマリアなどがある「アフリカの角」をテーマに行われたのが、最後のセッション。天候不順や紛争に直面するこの地域における食料、栄養、紛争の危機に対して、どのような人道支援が行われるべきかに焦点が当てられた。モデレーターは元毎日新聞記者で、立命館大学国際関係学部教授の白戸圭一さんが務めた。

登壇者は、MSF東アフリカ地域人道・外交担当代表のモニカ・カマチョさん、ICRCアフリカの角地域事業統括のアブディ・イスマイル・イッセさん、ケニア赤十字社緊急事態対応マネジャーのべナント・カニキ・ンディギラさん、特定非営利活動法人グッドネーバーズ・ジャパン第二海外事業部プログラムコーディネーターでエチオピア駐在の松隈舞さん。

カマチョさんは、アフリカの角の地図を示しつつ、この地域で起きている紛争の数の多さと、食料危機の深刻さが関連していることを紹介した。

イッセさんは、気候変動により水や食料が不足し、そうした危機的状況が暴力を誘発することで子どもがまずは犠牲となり、家畜も大きな影響を受けていると伝えた。

エチオピアからオンラインで参加した松隈さんは、人道援助を必要とする人がウクライナで1760万人いるのに対し、エチオピアでは2860万人いることから話を始めた。今も多くの紛争が発生し、広い地域が干ばつの影響を受けているという。そんな中、エチオピアが世界から忘れられ、援助活動のための資金も不十分なことが根本的な課題だと訴えた。

ンディギラさんは、ケニアの特に北部の州が食料危機に直面し、隣国と同じくひどい干ばつに悩まされている現状を語った。

すべてのセッションが終了した後、MSF日本事務局長の村田さんがあいさつ。人道援助コングレスは、国際協力に携わる様々な人が参加し、異なる立場からの意見を表明し、問題への理解を多角的な視点から深めることを目的に立ち上げられたとし、「その目的を2023年のコングレスは果たし、来年以降も引き続き実施していく」と述べ、閉幕した。