民主的な選挙改革を求めてデモを行った直後に拘束、殺害されたソロ・サンデンの長女アミナタ・サンデン。「父は、自分の命と引き換えにガンビアが自由を手に入れると信じていた」=2025年2月、ガンビア・スクタ、筆者撮影
デモ後に拘束され、拷問を受けて命を落としたソロ・サンデンの遺体が埋められた国家情報局タンジ事務所=2025年2月、ガンビア・タンジ、筆者撮影
朝6時、刷り上がった新聞をバイクで配達する新聞配達員=2025年2月、ガンビア・バカウ、筆者撮影
金属板を使ったリトグラフの技法で薬品を使い、紙面になる描画を直接板に定着させ、水洗いをする=2025年2月、ガンビア・バカウ、筆者撮影
新聞は、印刷中にインクが乾くのを防ぐために、時々ローラーに水をかけながら一晩かけて印刷される。オペレーターのハリファ・ジョベ=2025年2月、ガンビア・バカウ、筆者撮影
現在のポイント紙。2008年に紙面がカラーになった=2025年2月、ガンビア・バカウ、筆者撮影
アブドゥラの息子ラミンが学生デモの最中に銃殺された現場。国家警察の特殊部隊の建物の前だ=2025年2月、ガンビア・セレクンダ、筆者撮影
国の監視下にある施設でヤヤ・ジャメ大統領(当時)による虚構のエイズ治療プログラムを受けさせられたファトゥ・ジャタ。「もう誰も私に沈黙を強いることはできない」と語る=2025年2月、ガンビア・コトゥ、筆者撮影
ジャメによる虚構のHIV治療プログラムが行われた大統領官邸の壁=2025年2月、ガンビア・バンジュール、筆者撮影
自宅で息子ラミンの写真を手にするアブドゥラ・ボジャン=2025年2月、ガンビア・ジャンブール、筆者撮影
ポイント紙の印刷所で=2025年2月、ガンビア・バカウ、筆者撮影
独裁政権時代に使われていた、ポイント紙の印刷室。廃墟となったこの建物は、今も民家の敷地内の裏庭に当時の面影を残してたたずんでいる=2025年2月、ガンビア・バカウ、筆者撮影
ポイント紙のオフィスで腰かけるポップ・セイン=2025年2月、ガンビア・セレクンダ、筆者撮影
ジャメ政権時代に、反体制派のジャーナリストや活動家らが拘束され、拷問、殺害などが行われた国家情報局=2025年2月、ガンビア・バンジュール、筆者撮影
ポイント紙のオフィスで記事を書く記者=2025年2月、ガンビア・セレクンダ、筆者撮影
新聞印刷の制作をするリトグラファーのジャロウ=2025年2月、ガンビア・バカウ、筆者撮影
サンピュー・ジャッタ。2009年からポイント紙の印刷技師として働いている=2025年2月、ガンビア・バカウ、筆者撮影
「メモリーハウス」は国内の村々で、ジャメ政権下の人権侵害を伝える巡回展示を続ける。同じ過ちを繰り返さないための啓発活動だ。代表のシラ・ンドゥがコミュニティーの人々の前で話をする=2025年2月、ガンビア・ファラトゥ、筆者撮影
ガンビア軍の中尉だった兄ラミン(写真向かって左側)と親戚の写真を手にするファトゥ・ジャメ。2人ともジャメ元大統領によって処刑された。「兄を家族の元に返して欲しい。せめてちゃんと埋葬をしてあげたい」=2025年2月、ガンビア・ファラトゥ、筆者撮影
ファトゥの兄ラミンが収容され処刑されたマイル2刑務所の収容棟の入り口。マイル2刑務所は劣悪な収容環境で知られる。政治犯や死刑囚に対する拷問や死刑執行が行われ国際的に批判を受けた=2025年2月、ガンビア・バンジュール、筆者撮影
自宅のベッドに腰かけるサイナブ・サネ=2025年2月、ガンビア・ジャンブール、筆者撮影
「魔女」「魔術師」とされたサイナブらジャンブールの人々が連行された民家=2025年2月、ガンビア・コトゥ、筆者撮影
ジャンブールの「魔術師・魔女狩り」の被害者、オマール・ボジャン=2025年2月、ガンビア・ジャンブール、筆者撮影
ジャメに命じられて来た者たちによって「魔術師」や「魔女」とされた村の人々62人は、連行される前にこの樹の下に集められた=2025年2月、ガンビア・ジャンブール、筆者撮影

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