ビーバー家族がダム建設 2億円「節約」 修繕も

チェコからこの春、あるニュースが世界をにぎわせた。

主役はビーバー。かつては同国でも姿を消したこの動物は、今大きな期待を集めている。

5月に、ニュースの発信源となった「ブルディ景観保護区」を訪れた。チェコの首都プラハから西に車で1時間半のところにある。野原を歩くと、時折胴長をはいた足が沈む。周囲にはビーバーがつくったダムが30カ所ほどある。

周囲はかつて軍事基地だったが、10年ほど前に一般に公開され保護区になった。それを機に、地元自治体が人工のダムをつくり、湿地として再生しようとしていた。だが、交渉に時間がかかっていた。

そんな中、どこからかやってきたビーバー一家が、まさに人工ダム計画地となっていた場所にさっさとダムをつくってしまった。もともとの人工ダム計画の3倍ほどの面積で、人工的につくろうとすると約3千万チェココルナ(約2億円)が必要になったという。

ビーバーがつくったブルディ景観保護区のダム=チェコ自然保護庁提供

チェコ自然保護庁で野生動物の保護管理にかかわるイトカ・ウリコバさん(50)が説明してくれた。

「彼らは200万年前から(ダムづくりを)やっていますからね。人間よりよくやり方を知っているのです」。コンクリートの人工ダムに比べて、ビーバーのダムはいくつもの利点があるという。

ビーバーのダムが生み出す湿地には、植物や藻類、微生物がすみつく。水は完全にはせき止められず、ゆったり、でも滞ることなく流れ、その間に浄化される。水温が高くなりすぎないので遡上(そじょう)する魚への影響も小さい。大雨を受け止め、ダムがない場合に比べてずっと穏やかに下流に水を送り出すことで、災害対策にもなることが研究でわかっている。

ビーバーが倒した木=2025年5月13日、チェコ・ブルディ景観保護区、杉浦奈実撮影

「人工のダムは水をためるけれど、それだけです。水をきれいにしてくれたりはしない。ビーバーのダムは豊かな生態系をつくり、植物にも、他の動物にも、人にも、すべてにとってずっといいのです」

チェコ自然保護庁のブルディ景観保護区長、ボフミル・フィッシャーさん(48)も「すばらしいと思いましたよ、お金を節約してくれましたから。管理も、人がやることは何もありません。ここにすみ続けてくれる限り、修繕もやってくれるんです」と語る。

ビーバーが倒した木を指し示すボフミル・フィッシャーさん=2025年5月13日、チェコ・ブルディ景観保護区、杉浦奈実撮影

かつてチェコを含めて欧州の多くの場所から姿を消したビーバーが、今人の手で運ばれたり、自ら国境を越えたりして欧州中に再び広がりつつある。チェコ国内だけでも今や1万千5千匹にのぼるとみられる。「水の都」プラハを流れるブルタバ(モルダウ)川にもくらす。

チェコ・プラハ中心部=2025年5月14日、杉浦奈実撮影

欧州では極端な気候によって、洪水、渇水ともリスクが上がると予測されている。ビーバーのダムがつくる湿地が、水を蓄えたり、洪水被害を和らげたりする機能の価値は、これからさらに高まるかもしれない。ビーバーたちが行き来しやすくすみやすい環境を整えていくことが求められている。

「各国にアプローチの違い」政府間の話し合いがカギ

4カ国と国境を接するチェコ環境省で種の保全担当部長を務めるジャン・シマさんに、隣国などと連携した保全や管理の取り組みを聞いた。

チェコ環境省で種の保全に携わるジャン・シマ氏=2025年5月12日、チェコ・プラハ、杉浦奈実撮影

──チェコは日本と異なり、陸地で国境を接していますね。希少種の保全、外来種対策などについて、隣り合う国々とどう協力していますか。

チェコは欧州の中心に位置していて、スロバキア、ポーランド、ドイツ、オーストリアと国境を接しています。全ての国と協力していますが、その度合いは各国の行政システムによって異なります。ポーランドは中央集権的なので、ワルシャワの環境省と連絡を取っています。

一方で、ドイツは連邦制です。なので、連邦政府よりは国境のすぐ隣の二つの州、ザクセンとバイエルンの行政とより密に協力しています。例えば、ザクセンとはクロライチョウという森林性の鳥の保護に関して協力しています。重要な個体群がザクセンとの境にあるからです。

中央ヨーロッパで増えているオオカミの監視もしています。チェコにいるオオカミは主に北部、ポーランドとドイツ(ザクセン東部)の国境の個体群からやってきています。ザクセンのオオカミ監視システムを使い、群れのデータや遺伝情報などを共有しています。

きれいな川にすむ絶滅危惧種の淡水真珠貝の保護についても協力関係にあります。バイエルンとオーストリアと一緒に全流域を保護し、土壌侵食を防止し、若い貝の半自然繁殖や適切な食料源の回復などの対策をとっています。欧州連合(EU)の資金を使った国際協力プロジェクトのもとでの取り組みです。

──外来種への対応は。

もちろん大きな問題です。侵略的外来種(IAS)は生物多様性、在来種、自然生息地に重大な脅威をもたらします。EUでは2014年からIASの予防と管理に関する新しい規制が施行されています。ただ、正直に言うと、各国にはアプローチの違いがあります。例えば、ドイツはIASに関する規制をより受け入れる傾向にある。だから、議論が必要になります。

例えば、ある国立公園では川がドイツからチェコへと流れていて、川に沿って侵略的な外来植物が生えているので両国で規制についての対処を議論しなければなりませんでした。とはいえ、国立公園の管理当局の間で良い協力関係があり、問題についての科学委員会も設立されています。IASに関する研究は両国で高いレベルにあり、多くの専門知識が共有されています。

──科学データをどう生かすべきでしょうか。

科学データは重要です。生き物に関わるプロジェクトでは、個体群サイズや遺伝的な情報など、科学的根拠をもって進めるようにしています。

ただ、それだけでなく、個人的に会って、コミュニケーションと協力を続けることも重要です。

例えば、クマの狩猟をめぐっては、スロバキアとは長い間同じ国だったこともあり、話し合い協力する関係が続いています。政治的な決定の影響はあったものの、よいコミュニケーションが保たれています。