オランダが作った「川のための部屋」 3分の1が海抜以下の国の知恵
土地を川に返し、「湿地に戻す」ことは人々にも様々なメリットをもたらします。オランダの取り組みには、水の豊かな日本も学ぶところがありそうです。

土地を川に返し、「湿地に戻す」ことは人々にも様々なメリットをもたらします。オランダの取り組みには、水の豊かな日本も学ぶところがありそうです。
気候変動の影響で年々洪水被害が増えるなか、暴れる川とどう付き合っていけばいいのか。
国土の3分の1が海抜以下にあり、3分の1が堤防決壊時には被害を受けるオランダでは、川を堤防などで閉じ込めず、むしろ流れるための土地を川に返す取り組みを進めている。
オランダ南西部・ノールトワールト地区。古都・ドルドレヒトからフェリーに乗って川を渡ると、見渡す限りの湿原が広がっていた。
グワッガッガ、チュイチュイチュー。
ヨシやヤナギに縁取られた水面や茂みではハクチョウやカモ、小鳥がにぎやかだ。トンボや、群れをなして泳ぐ小魚も見られた。
ここでは、2009年に干拓地(ポルダー)を撤去し、土地を「水に戻し」始めた。5年間でサッカー場約6千個分にあたる4450ヘクタールを改変し、川が十分にあふれられるようにした。その分、元あった干拓地周辺の水位は低くなり、安全性が増すことになる。
オランダ政府による「川のための部屋(Ruimte voor de Rivier、RvdR)」というプロジェクトだ。
政府と協力してRvdRに関わった独立研究機関「デルタレス」で働く、洪水対策の専門家ナタリー・アッセルマンさん(56)によると、元々は何軒かの農家があったが、今は全て洪水時でも浸水しない土手の上に移転しているという。「今では多くの渡り鳥が訪れるようになり、湿地の再生に成功しています」
川に浮かぶ島にある博物館の展示は、この地域の人たちがかつてヨシの収穫や漁業などで生計を立ててきたことや、歴史に残るような洪水を度々経験してきたことを伝える。洪水時の水位を示すというポンプ場施設のれんが色の濃い部分は、地上から2.5メートル付近を示していた。
洪水のリスクは、気候変動の影響で年々高まっている。
RvdRは、水災害リスクを低くするとともに、水辺のレクリエーションの充実や、自然環境の再生も併せてめざす。堤防の改良だけでなく、堤防の移設や、新しい河道づくりなどによって、川の水があふれてもよい空間を広げることを主眼にする。
オランダでは1990年代、大雨と雪解け水によって堤防の決壊の恐れが高まる事態が立て続けに起こり、多くの人が避難を強いられた。その経験から2000年代にRvdRが立ち上がり、2019年までに完工した。オランダ水路公社によると、主要河川沿いの34カ所が対象になり、総費用は23億ユーロ(約3700億円)にのぼる。
ドイツとの国境にほど近いオランダ南東部ナイメーヘン市。ここでも、RvdRのプロジェクトが実施された。
市街地の横をワール川がゆったりと流れる。上流はライン川で、隣国との物流を担う大河川だ。数分ごとに旅客船や、石炭を積んだ巨大な船が行き交う傍ら、ワール川の北側にある中州の砂浜では、多くの人がのんびり日光浴を楽しんでいた。
この中州はかつてワール川の堤防があったところだ。RvdRによって、人工的に掘ったバイパス水路で川を二つに分け、川と水路の間が中州となった。今の堤防は、バイパス水路の北側、中州から350メートルほど内陸にある。
川に空間を与えると、防災以外にも人の暮らしにメリットがある。大きな船が通らないバイパス水路では、泳いだり、ボート遊びに興じたりする人の姿があった。
川は現在、市民の憩いの場となっている。同じ場所を、普段はレクリエーションに人が、洪水の際には川が、と分け合って使う。
完工後の2018年、市はその年の「欧州グリーン首都賞」に輝いた。都市部の環境改善と経済成長の両立を実現し、人々の生活の質も向上させた地域の取り組みをたたえる欧州委員会の賞で、オランダからは唯一の受賞だ。
この国のほとんどの場所は、数千年前には湿地だったとみられるが、その面積は減り続けてきた。人々が水辺で暮らしを営み、それに伴う堤防建設を進めたためだ。特にここ150年は顕著だという。
アッセルマンさんは言う。
「私たちは川に空間を与えようとしている。それは湿地を再生するということだが、それでも過去に奪われた分に比べてはるかに少ない。でも、だからこそ今つくられている場所はとても重要だと考えています」