グローバルヘルスなどの地球規模の課題に取り組む若い世代の活動を支援する「Reach Out Project」を立ち上げた「PoliPoli」。政策提言プラットフォームを提供するPoliPoliが、なぜ今グローバルヘルスに取り組むのか。自身は「医学の知識もなければ、数カ月前までグローバルヘルスという言葉も知らなかった」というPoliPoliの松井亜里香さんが、活動を通じて見つけたその「答え」をつづります。

グローバルな課題は「票にならない」?

若者の政治参画の重要性が叫ばれて久しい。PoliPoliでも、この若者の政治参画の意識の低さの問題に何度も向き合ってきました。

政策提言のデジタルプラットフォームを提供していても、そもそも政策提言をしたい若者がなかなかいないという課題を抱えていたのです。

総務省によると、2021年10月の衆院選では、全体の投票率は55.93%ですが、10代は43.21%、20代は36.50%で、30代未満の投票率は他の年代と比べて低いという結果でした。

しかし、この投票率を年齢という属性で区切り、若者の投票数のみにフォーカスして「投票しろ」と呼びかけても具体的な解決策にはならないのではないでしょうか。

なぜなら、日本の年齢別の人口比を考えれば、仮に「若者」世代が100%投票したとしても他の世代より投票数が上回ることはないからです。日本の若者は自分たちの声は政治の中でマイノリティーだと自覚しています。同時に、自分の投票行動が実際の政策の意思決定に結びつく成功体験を持つ若者は少ないのです。

それゆえに、「どうせ政治は変わらない」という閉塞(へいそく)感の中をさまよっているのが実情ではないでしょうか。少子高齢化は進んでいるので、この傾向は今後さらに加速すると思います。

一方で、グローバルヘルスをはじめとする地球規模の社会課題は少なくともこの地球上で他の世代よりも長く生き、これからの未来を創っていく若者こそ、実はその多くが当事者性を持って取り組んでいくべきだと感じているのも事実です。

政策決定によるインパクトも非常に大きい分野です。例えば、新型コロナウイルスの感染拡大による行動制限や莫大(ばくだい)な経済損失などによる影響を特に受けたのは若者ではないでしょうか。グローバル化が進むほど、グローバルなビジネス展開による経済的恩恵や、パンデミックによる損失など、途上国からの影響をじかに受けるのも働く世代である若者です。

投票における若者の存在感が低い国内政治では、グローバルな課題への対策は、現在の小選挙区制による選挙・政治の枠組みでは「票にならない政策」とみなされていると感じています。

私自身も大学卒業後、国会議員の秘書をしていたとき、小選挙区の地元の有権者からこんなお叱りをもらったことがあります。

「そんな外国にお金をあげるなんてよう分からん。そこらに道路を1本通してくれた方が分かりやすいんじゃ。そしたら票を入れてやる」

しかし、だからといってグローバルな課題は軽視すると結論づけるべきではありません。

実は、政治家の中にも選挙のマニフェストには盛り込みにくいけれど、中長期的に未来を考えた時にグローバルヘルスの優先度は高くなると考えている人は少なくないと感じています。

国際政治の観点から考えても、拠出金額の大小や「ワクチン外交」などの言葉で分かるように、国際的な保健医療分野の支援は、ほぼ完全に政治的なものとなり、各国の「自国優先主義」の色合いは濃くなっていると感じています。そんな中で、短期的な利益を追求する重荷が少なく、利害関係から一定の距離を置いて、本当に重要な政策を提言できるのは、「若者」ではないでしょうか。そして、国際社会におけるその役割は大きいものであるはずです。

「イケてる」若者を増やして変革を

では、どうすれば若者の声は、グローバルな社会課題に優先的に取り組むよう、政策の意思決定に影響を与えられるのか?

私たちの答えは、「新しいルールメイキングのスキームづくり」でした。

ジェンダーや気候変動などのほかのグローバルな課題に比べて、グローバルヘルスの分野はアクティブな活動家が不足していました。だから、「いないのなら育てよう」という発想から生まれたものでした。

PoliPoliはこれまでの活動を通じ、政治家とのネットワークや政策提言のノウハウを培ってきました。この資産を大いに生かして、グローバルな社会課題に対する政策提言と、ビジネスでソリューションを見いだす社会的起業家を育成し、「イケてる」若者を増やす。それによって、変革が起こせるのではないかと考えたのです。

「ミレニアル世代」や「Z世代」という言葉が台頭してきたように、政治に対しても、若者は個人としては発言力が増しているようにも感じています。

だからこそ、若者からのアクションを、政治家や企業が「一部の若者の意見を聞いている」という単なるパフォーマンスにとどまらせず、実際の政策的・社会的インパクトを出すところまで落とし込むのが「Reach Out Project」に期待されている役割だと認識しています。

私たちは、国会議員や省庁幹部と勉強会を開催したり、提言の場や発言の機会をつくったりし、プロジェクトの参加者に提供しています。

顧みられない熱帯病(NTDs)の根絶を目指す議員連盟の松本剛明会長(中央)に提言を提出する筆者(右)

社会にインパクトを生み出すために

「Reach Out Project」を始めたのは今年2月。この間に、取り組みを通じて私たちは多くの成果や知見を得ることができました。

多くのグローバルヘルスの有識者、学者、企業の意思決定者、NGOの代表などから協力を得て、ネットワークを構築し、国会議員の賛同を増やすことで、政策提言でも成功を重ね、参加者はメディアでも発信しています。

例えば、3月には、途上国のグローバルヘルスの現場を視察するためにプロジェクトの参加者とインドを訪れました。参加者にアンケートをとったところ、ほぼ100%が現地の人々との交流で得た知識や原体験が、ビジョンやキャリア設計、今後の活動に影響を与えると回答しました。若者たちがこのような教育や経験をすることで、その後の開発協力や途上国との関係に対する考え方も変わるのだと推測できる再現性の高いデータが得られたのです。

プロジェクトは多方面で想像以上の効果をもたらしていますが、困難な課題も山積しています。

社会にインパクトを与えることを最終目標とすると、「グローバルヘルスは大事だ」というメッセージを伝えるだけでは不十分です。実際に具体的な名目で国の予算を動かしたり、多くの国民を巻き込んで我々のイニシアチブに賛同してもらい、自分ごととして行動につなげてもらったりする必要があります。

今年5月、外務省の担当官とディスカッションする機会がありましたが、日本政府も共通の課題認識を持っていることが分かりました。

海外への投資に対してSNS上では「声の大きな少数派」による批判が目立ちますが、実は一人ひとりと直接コミュニケーションをとると、日本の人道的なODAやグローバルヘルス政策を支持して誇りに思っている人々、とりわけグローバルに活躍する若い世代は少なくないと感じています。

この政策への支持をいかに可視化していくかが今後私たちがクリアしていかなければならない課題です。開発協力や国際保健は国益に資する外交戦略だと信じ、引き続き対話や意見交換を続けていきたいと考えています。

若者が考えるODA開発大綱の改定におけるグローバルヘルスの重要性についての意見交換会。外務省から、国際協力局審議官の日下部英紀氏、地球規模課題審議官組織の国際保健戦略官・江副聡氏が参加した

「新参者」だからこそ創出できるもの

「Reach Out Project」は、単なる人材育成のためのアクセラレータープログラムの枠を超えたプロジェクトになりつつあります。

今後数年間、このプロジェクトを続けることで、政策提言の視点を持ち合わせた社会的起業家が集まる「グローバルユースルールメイカーズ」のコミュニティーが構築できると考えています。

すでに企業やメディア、国際機関からコラボレーションのオファーも寄せられつつあり、世の中のニーズを感じています。

「イケてる」人材が集まることでコミュニティー自体が魅力的なものになり、イノベーションの可能性が広がる。そこからまたグローバルな社会課題にソリューションを提供する新たなプロジェクトやキャンペーンが絶えず創出されていくことが理想だと、私たちは考えています。

Reach Out Projectを進めていく中で、社会的意義はもちろん、今後の事業展開も見えてきました。

一部の事業を一般社団法人化することで、私たち自身も政策提言や情報発信を積極的に行ったり、蓄積された専門知識を可能な限りオープンソース化することでプログラムに参加できない人たちも含めた「拡大プラットフォーム」を強化したりすることを検討しています。

また、今後さらに起業や事業創出をサポートする「インキュベーター」としての機能を充実させたいと考えています。具体的には、政策提言や社会的起業のコンサルティング、組織やプロジェクトをブラッシュアップするためのマッチング、社会的インパクトのリサーチ・分析や数値化、広報・PRサポート――といったサービスを確立させる計画を立てています。

今後、社会的起業や社会政策起業家のニーズは高まることが予想されます。持続可能なビジネスとして、事業成長とともに、グローバルな社会課題に取り組むアクターを増やし、より多くの人々を巻き込むことで、より大きなインパクトを創出できると考えています。

グローバルヘルスの分野では、PoliPoliは「新参者」です。だからこそ、若者、政治、社会的起業など、新しい視点を持ち込むことができるのではないかと信じています。私たちはこれからも新しい政治の仕組みづくりを通じて、地球規模課題の解決を目指していきます。