「空」が運ぶ健康な未来。世界の課題解決に挑む36歳が目指すもの
ドローン技術で途上国の課題に取り組むスタートアップ企業「SORA Technology」。なぜ立ち上げ、何を目指すのか。創業者でCEOの金子洋介さんに聞きました。

ドローン技術で途上国の課題に取り組むスタートアップ企業「SORA Technology」。なぜ立ち上げ、何を目指すのか。創業者でCEOの金子洋介さんに聞きました。
地球規模の課題解決に最前線で取り組む人たちに、with Planetの竹下由佳編集長がその思いに向き合います。今回は、ドローンでマラリア撲滅を目指す金子洋介さんに聞きました。
2021年、全世界で61万9千人が死亡――。世界保健機関(WHO)のこの推計は、新型コロナ感染症ではなく、マラリアによるものだ。死者の96%をアフリカ地域の人々が占めている。
アフリカ西部・大西洋に面する小国、シエラレオネも例外ではない。国全体が熱帯雨林に覆われ、最も悪性とされる「熱帯熱マラリア」の危険性が高いとされる。このシエラレオネで、マラリアの原因となる蚊の幼虫、ボウフラが生息する水たまりをドローンを使って予測し、殺虫剤をまく量を最小化する事業に挑戦しようとしているのが、日本のスタートアップ企業「SORA Technology」だ。なぜ、ドローン技術で社会課題に取り組むのか。創業者でCEOの金子洋介さん(36)に思いを聞いた。
――SORA Technologyをコロナ禍の2020年6月に設立しました。なぜ立ち上げようと思ったのでしょうか。
きっかけは二つあります。
一つは、ドローンを使った空撮やデータ分析、運航管理などのサービスを提供しているベンチャー企業で働いていた2018年、ビジネス開拓のためにアフリカの国々を訪れたことです。
セネガルを訪れた際、ダカール・パスツール研究所の研究者から「子どもが生まれてから24時間以内に届けなくてはいけない、B型肝炎の母子感染を防ぐためのワクチンをドローンで運ぶことはできないか」という問い合わせをいただきました。残念ながら当時は実現できませんでしたが、ドローンの現地ニーズをめちゃくちゃ感じたんです。
もう一つは、その後、宇宙航空研究開発機構(JAXA)に転職し、航空技術部門で主任研究開発員としてドローンやヘリコプター、そして開発が進められているいわゆる「空飛ぶクルマ」などが飛ぶ空域を管理するシステムの開発に携わったことです。
同じ高さの空域を飛ぶため、ぶつからないように運航管理をすることが目的です。ただ、システムを作ったのはよかったのですが、日本では社会実装がめちゃくちゃ遅いんです。
開発した空域管理システムが想定している「空飛ぶクルマ」も、2025年の大阪・関西万博でのデモ輸送を目指しているような段階で、僕が生きている間に社会実装されるのかもわかりません。
そんなとき、「アフリカでめちゃくちゃ求められていたな」と思い出し、より社会的ニーズの高い場所で、先行的に社会実装した方がいいんじゃないかと感じるようになりました。
日本では道路など交通網が十分に整備されていて、別にドローンじゃなくても輸送はできる。だけどインフラ整備が追いついていないような、ニーズのある途上国なら、先行的に導入できると感じました。
JAXA在職中にSORA Technologyを立ち上げ、2022年4月にJAXAを退職。そこから本格的に事業を進め始めました。
――ドローンの空域管理システムの開発に携わった経験は、途上国での事業にどう生きるのでしょうか?
途上国ではニーズが高い一方、ルール自体がないことも多いんです。だから、「ルールも作ってよ」と言われるんです。
一緒にルールも作って、ゼロから立ち上げることができるのが、我々の強みでもあります。
――新型コロナの感染拡大は、ビジネスの方向性に影響を与えたのでしょうか?
新型コロナの影響で、地球規模の医療・健康にまつわる課題の解決をめざす「グローバルヘルス(国際保健)」の領域での社会的ニーズは高まりました。
また、これまでは単に「ワクチンをドローンで運びたい」といった一つひとつのニーズにソリューションを提供するような「点」で考えられていたものが、もっと「グローバルな規模でパッケージで考えよう」という意識に変わってきたと思います。
たとえば、蚊の発生を防ぐために効率的に殺虫剤をまくだけではなく、データを元に蚊の生息域分布や発熱した人のサーベイランス(調査・監視)をまとめてデジタルで効率化する。新型コロナの感染拡大を踏まえて、いかに情報を早く吸い上げて、早く解析するか、というスピード感も重視されるようになってきたと感じています。
――シエラレオネでのマラリア対策の事業はどこまで進んでいるのでしょうか?
シエラレオネでは2021年末、現地の科学技術イノベーション局、ンジャラ大学と、医療物資配送を主な目的としたドローンインフラ構築に関する基本合意書(MOU)を締結しました。
それに基づき、2022年春ごろに現地の関係者を回っていたところ、「医薬品を配送したいんだけれども配送する物資がない。マラリア対策を先にやってほしい」という要望がありました。
その場で「ボウフラが発生する水たまりをドローンで把握し、データをAIで解析すればいいのでは」と提案したところ、現地政府の担当者が「それはいい!」と乗ってくれて。夏には、実際にドローンを飛ばして映像を撮って水たまりを把握し、リスクの高い場所を検出する実証実験をしました。
全部で数十カ所の水たまりで水を採取し、ボウフラがいるかどうかを確認したところ、3割ほどの水たまりにしかいないことが分かりました。マラリア対策のための薬剤の配布は、水たまりすべてにまくのが現状。リスクの高いものだけにまくことができれば、薬剤の量を減らせます。僕らの現時点の試算では、ドローンを使って分析することで約4割ほどコストを減らすことができます。
国際的なドナーの支援が決まれば、2023年の夏ごろから実際に事業を開始できる状況です。
――もちろんマラリアは撲滅されるべきですが、極端に言うと、撲滅されたらこの事業自体必要がなくなりますよね。国際機関やNGOなどではなく、企業の持続性という観点からグローバルヘルスに取り組む意義はどういうところにあるとお考えですか?
もちろん、僕らも「2030年までにマラリアを撲滅する」という目標に向かってやっています。撲滅されるのが一番ハッピーなケースなので。
でも、だからといって僕らのビジネスがなくなるかというと、それは「ノー」だと思っています。なぜなら、さまざまな感染症の「検知」という点に関しては、なくなることがないからです。
新しい感染症が出てきているのか、出てきていないのか。もしくはまだ撲滅されていない既存の感染症の状況はどうなっているのか。そのためのデータを収集するという作業がなくなることはありません。「対策」は永久にあるべきではありませんが、「検知」するシステムは恒常的にあるべきです。
それに、たとえばマラリア対策の事業では、確かにアフリカの現地の方々が一番の受益者になる可能性が高い。けれども、そこで得られたデータをグローバルで活用し、たとえばワクチンを作ったり、製薬、殺虫剤の開発をしたりできるかもしれない。先進国側も受益者になりうるんです。ビジネスにならないわけがないと思っています。
――世界の保健・医療分野の課題の解決のために、日本の政策決定者に望むことはどんなことでしょうか?
もちろん保健医療分野の政府の途上国援助(ODA)を増やすこともそうですが、その「中身」についてもっと関与できるといいと思います。
日本では途上国への拠出は単なる「支援」で、「費用」として受け止められがちです。たとえば、どんなエリアに注力し、どんなテクノロジーを使っていくのか、そしてそれがどう日本の未来につながるのか。日本では実証できないことを実証できたり、日本では取れないデータを取得できたりするかもしれない。これは「支援」ではなくて「投資」と考えるべきなんです。
それに、新型コロナでわかりましたよね。感染症から日本だけを守るなんて絶対無理です。だからこそ、世界の情報網や検知するシステムに積極的に関わり、国民の命を守るために、この分野に先行投資するのは当然のことだと思います。グローバルヘルスのデータを持つ国になることは「安全保障」の観点からも重要なことだと思っています。
〈かねこ・ようすけ〉
1986年、神奈川県生まれ。慶応義塾大学経済学部を卒業後、アクセンチュアでストラテジーマネジャーを務め、ドローンを活用するベンチャー企業「テラドローン」最高戦略責任者に。JAXA航空技術部門の主任研究開発員を経て、2020年6月にSORA Technologyを設立。2022年4月には、「グローバルヘルスを応援するビジネスリーダー有志一同」のメンバーとして、岸田文雄首相に国際保健の取り組み強化などを求める要望書を手渡した。