人道援助を支えるには? SNS時代に私たちができることを考えた
戦争や気候変動により危機的な状況が頻発しています。「人道援助コングレス東京2023」プレイベントでは、人道援助のために一人ひとりができることを考えました。

戦争や気候変動により危機的な状況が頻発しています。「人道援助コングレス東京2023」プレイベントでは、人道援助のために一人ひとりができることを考えました。
日本で人道援助をめぐる諸問題を共に考える場をつくるため、国境なき医師団(MSF)と赤十字国際委員会(ICRC)が共催する「人道援助コングレス東京」。そのキックオフとして4月6日に開催されたプレイベントでは、SNS時代において私たち一人ひとりが人を助けるために何ができるかについて、学生を交えて話し合いました。
戦争、地震、コロナ禍、気候変動、物価上昇──。今この時代を生きる私たちは、様々な問題に直面している。世界がボーダーレスになり、人やモノ、インターネットやSNSなどを通じて情報が飛び交う中、こうした問題に私たちはどう向き合い、行動を起こせるのか。そんな問題意識のもと、「人道援助を支えるのは私たち──SNS時代に一人ひとりができること」というテーマで、人道援助コングレス東京2023プレイベントが4月6日に開催された。
タレント/コラムニストの小原ブラスさん、with Planet編集長の竹下由佳さん、ICRC広報制作/デジタルコンテンツ担当官の里脩三さん、MSFプロジェクト・コーディネーターの末藤千翔さんがパネリストとして登壇した。ファシリテーターを務めたのはタレントのパックンマックン。マックン(吉田眞さん)の「難しい話題になると思いますが、明るい雰囲気でお伝えできたらいいと思います」という言葉どおり、若者代表として5人の学生も招いて、一人ひとりができることを考えていこうというメッセージが冒頭に伝えられた。当日は、チャット機能を通してコメントを寄せたりクイズに回答したりし、オンラインでも200人以上が参加した。
最初のセッションのテーマは、「人道援助の現場でSNSがもたらす影響について」。
ICRCの里さんは、2022年12月から3カ月間ウクライナに赴任。当地では、ICRCが「中立、独立、公平」という原則に基づき、国籍に関係なく支援を必要とする人々を助けた行動に対し、SNS上でICRCに対するネガティブキャンペーンが展開されたという。「なぜ侵略しているロシア人を助けるのか」という批判だ。その結果、人道援助の現場で人々に寄り添う上で欠かせない信用や信頼性に疑問符が付き、活動やセキュリティー面で悪影響が出ている。里さんは「正当性や政治に関係なく、支援が必要な人がいれば助けるのが人道支援の意義であり、ICRCは国ではなく人こそ大切だと考えている」と訴えた。
MSFの末藤さんも、同様の例を提示。ロシア側でも活動すると発表したMSFをTwitter上で批判したジャーナリストの投稿について触れ、一般からMSFのスタンスに対して「それこそ中立だ」と擁護する意見が寄せられた、というエピソードを紹介した。末藤さんは「戦争や紛争は国と国など組織の戦いだが、その間には私たちと同じような人が常にいて、平等に医療や水などのライフラインを求めている」と話した。
竹下さんは、ロシア政府自身がフェイクニュースを流したことの重大性について触れた。フェイクニュースがあふれ、誰もがSNSで情報発信できる現在の社会で、私たち一人ひとりはどんなことを意識すべきなのだろう。竹下さんは、自分がSNSで情報発信するときに気をつけていることを五つ挙げた。
・投稿を目にしたときに情報源を確認する
・誰かの投稿をコピーしたものか、本人の投稿なのか確認する
・画像はGoogleイメージなどを使ってフェイクでないか確認する
・投稿者が普段どんな投稿をしているか、どんな人をフォローしているか確認する
・自分がお酒を飲んでいるときは投稿しない
小原さんはタレントとして、情報発信の影響力が大きい一人。ロシア生まれの小原さんは、ウクライナ紛争のことをSNSで発信するたびに、「売名行為だ」などと数え切れない批判を受けたという。そんな経験から、「他人の意見に左右されるのではなく、自分が心から正しいと思えることだけを発信している」という。
パネリストたちの経験を通して語られた、SNSが人道援助に影響を与えている問題に対し、教育は何ができるのだろう。学生代表として登壇した、東京学芸大学大学院で教育学を専攻する工藤大さんは、多面的にものごとを考えることの大切さについて述べた。「学校教育を通して、多面的な視点とは何か考える機会を子どもたちに繰り返し与えることが、未知の出来事に直面したとき冷静な視点を持つ市民を育てることにつながる」と話した。
次のセッションのテーマは、「人道援助が直面する課題とは」。
冒頭で、「戦争や紛争にルールはあるか」というクイズが出題された。正解は「戦争や紛争にルールはある」。ただ、末藤さんは「ルールがあっても守られているわけではない現実がある」と語り、2020年5月にアフガニスタンでMSFが支援する病院の産科病棟が武装集団により襲撃され、24人の母子やスタッフが命を落とした事件について触れた。これまで多くの困難な出産をサポートしてきた病院は、残念ながら事件後に閉鎖されることになったという。
紛争地域では人道援助団体の関係者も命の危険にさらされるという課題に直面している。末藤さんは「MSFは、活動地にいる様々な関係者と対話し、コミュニティーの一員になることで安全を確保できるようにしている」と話した。それがMSFの活動原則にのっとっていて、現地の人々の安全にも寄与するという考えに、50年の活動を通してたどりついたという。「コミュニティーのリーダー、現地の情報を多く持つ仕事をしている人、子どもなど、様々な人と連携することがお互いのためになる」と末藤さんは強調する。
次に、ロシアに対して経済制裁が科されるべきかという質問が投げかけられた。里さんは、「答えがあるわけではないが、経済制裁のつけは多くの無辜(むこ)の市民が払っていることを忘れてはならない」と話した。アフガニスタンでは経済制裁の結果、子どもを含めた数百万人が命の危険にさらされている。また、「例えばロシアへの経済制裁は、食料価格の高騰を招いて世界中の人々に悪い影響を与えているのに、権力者に対する有効な制裁には必ずしもなっていない点も注意が必要だ」と述べた。
人道援助団体が「テロリスト」と接点を持ったという理由で、現地政府に拘束され、逮捕されることがあるというテーマについても話し合われた。例えば、シリアではイスラム国(IS)の支配地域に住んでいた住民やISの家族がキャンプ施設に収容され、劣悪な環境での生活を強いられている。5万人を超える収容者の3分の2は子どもだという。MSFは、医療を受ける権利は基本的人権で、すべての人が尊厳を持って生きるために必要だと考えているとし、「『対テロ法』が権力者に都合よく使われ、人道援助団体が支援を必要としている人々へ近づくことを妨げることがある」と末藤さんは語った。
会場やオンラインの参加者からの質問も相次いだ。
MSFの緊急援助体制についての質問に対しては、70カ国以上におよぶMSFの活動のために日頃から緊急支援物資が備蓄されていることや、医療従事者や非医療従事者が緊急支援に対応できる人材リソースの仕組みがあることが説明された。支援では、様々な人がそれぞれの得意なことを生かしているという。
最後に、登壇者から本日のプレイベントに対する感想が述べられた。
上智大学の水野葉月さんは、学生にできることとして、一人ひとりがSNSを使って情報発信することを挙げた。「まずは本日のイベントで感じたことを身近な友人たちに共有することから始めたい」と語った。
里さんは「SNSで何でも知ることができる時代だからこそ、例えばウクライナの人など、会ったことがない人、遠いところにいる人を想像することが大切だ」と述べた。
末藤さんは、フィリピンやナイジェリアでISの侵攻があったことを取り上げ、「グローバル化やデジタル化が進む中で、情報を有効活用して学び続けることが大切だが、同時に情報に翻弄(ほんろう)されない努力も必要だ」とメッセージを送った。
竹下さんは、「with Planetを通して、何が起きているか伝えることにとどまらず、それを解決するために何ができるか考えていきたい」と述べた。そして、政治家がSNSで世論をチェックしている事例について触れ、大きな力を持つ政府を動かすために「国民一人ひとりの思いを届けることも身近にできる人道援助の一つだ」と訴えた。
小原さんは、「戦争を起こさないために一人ひとりが意見を持ち、発信し、それをきっかけに自分が変わっていくことも人道支援につながるのではないか」という言葉でプレイベントを締めくくった。