Health for All – すべての人に健康を

目を覆いたくなる紛争や人道危機の惨状の一方で、世界では予防可能な病気で人知れず亡くなる子どもたちが年間500万人以上にのぼる。

健康であることは、すべての人々が持つ人権だ。1978年に採択された「アルマ・アタ宣言」では健康を基本的人権とし、地域住民が主体となり自己決定することで、人々のニーズを平等に解決することを目指す「プライマリーヘルスケア」の概念が明確にされた。また、国連子どもの権利条約は、すべての子どもの権利として、生命・生存・発達への権利、そして健康・医療への権利を定めている。

子どもの死亡率を下げることは、これまで国際社会が目指す重要な目標として掲げられてきた。2001~2015年の「ミレニアム開発目標(MDGs)」では、「5歳未満児の死亡率を3分の2引き下げる」という目標が設定された。15年間で死亡率は大幅に下がったものの、弱い立場に置かれた子どもたちは取り残され、2016~2030年の「持続可能な開発目標(SDGs)」に引き継がれた。SDGsではさらに意欲的に、新生児や5歳未満児の「予防可能な死亡」を根絶することが目標とされている。

「すべての人の健康」を実現するために、ここ10年ほど、国際保健分野の共通目標とされているのが「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)」だ。これは、「すべての人が、必要とする保健医療サービスを経済的困難に直面することなく受けることができる状態」と定義され、SDGsでは目標3のターゲット3.8として設定されている。

子どもの死亡率にみる命の格差

アルマ・アタ宣言から45年、またSDGsはすでに折り返し地点に入ったが、世界人口の約半分はいまだに基本的な保健医療サービスを受けられておらず、UHCからは程遠い状況だ。新型コロナウイルス感染症の長期にわたる影響に加え、人道危機や気候変動の影響などの複合的な危機の増大により、地域や経済的状況、人種や民族、ジェンダーなどによって健康や医療の質の格差は拡大し、ここ数十年の成果を後戻りさせている。

こうした不平等は、世界の子どもたちにも負の影響を及ぼしている。1990年から2020年までの30年間に多くの進展はあったものの、今も年間500万人以上の子どもが、5歳の誕生日を迎える前に、予防や治療可能な原因で亡くなっている。また、死亡率が低下する速度は遅くなっている。

「所得グループ別の5歳未満児死亡率の推移」=国連の子どもの死亡率推計に関する機関間グループのデータより筆者作成

子どもが命を落とす割合は、国によって著しい格差が見られる。たとえば、ナイジェリア、ソマリア、シエラレオネなどの国々では、9人に1人の子どもが5歳未満で亡くなっているのに対し、日本は500人に1人だ。また、国と国の間のみならず、同じ国の中でも、地域や所得層によって大きな格差がある。

死亡する子どもは、生後1カ月までの新生児が46%と最も多い。これは早産や分娩(ぶんべん)中の合併症、先天性疾患、肺炎などによるもので、多くの母親が出産時に適切な保健医療サービスを受けられていないことを示している。生後1カ月以降の死亡原因は、肺炎、下痢、マラリア、けが、はしかなどで、これらは基礎的な保健医療サービスが受けられれば、予防や治療が可能な病気である。また、死亡する子どものうち、約半分は栄養不良が影響しており、栄養不良による免疫低下で感染症などの疾患にかかりやすくなることが隠れた原因となっている。

プライマリーヘルスケアの強化

新型コロナウイルス感染症の世界的な大流行(パンデミック)は、保健医療サービス利用における格差を浮き彫りにした。弱い立場に置かれた子どもや母親をはじめ、不平等や差別の影響を受けている人々が必要とする良質な保健サービスへのアクセスを確保し、UHCを達成するためには、コミュニティーレベルのプライマリーヘルスケアの強化が不可欠だ。

特に、低・中所得国における子どもの死亡の主な原因への対処は、地域の保健ワーカーを含むコミュニティーレベルで可能である。資源が限られた環境では、保健医療施設までの移動費や、医療費の自己負担が、貧しい人々の保健医療の利用を大きく制限する。地域の保健ワーカーへの支援を強化し、母乳育児や予防接種の促進、性と生殖に関する保健サービス、肺炎、マラリア、下痢、急性栄養不良の発見と治療など、地域の必須保健・栄養サービスのコミュニティーレベルでのサービス提供を拡大し、必要な時にはより高度な医療施設に紹介し、適切なケアにつなげられるようにすることで、毎年数百万人の子どもの死亡を回避できる可能性がある。

保健ワーカーによる健康状態の確認=ソマリア・国内避難民キャンプで

プライマリーヘルスケアの強化は、保健システムのレジリエンス(回復力)の強化にも寄与し、パンデミックなどの健康危機に対する予防、備え、対応の改善のためにも不可欠となる。新型コロナウイルス感染症が拡大した初期に、多くの国では備えと対応の計画に、平時の保健医療サービスを維持するための活動を含めていなかった。医療従事者の研修、在宅サービス、コミュニティーへのコミュニケーションなど、プライマリーヘルスケアのアプローチを含める戦略が、緊急時の対応として見直されている。

コミュニティーや人々の参加

コミュニティーや人々の参加を確保し、そのニーズを重視することは、「すべての人の健康」およびプライマリーヘルスケアにおいて最も大切な原則だ。子どもや若者を含む市民社会の参加は、保健ニーズの特定のみならず、適切な解決策を見いだす上でも、また説明責任を求める上でも不可欠となる。人々の積極的な関与によって、政府への信頼そして公共政策への支持は高まり、これがより良い健康上の成果にもつながると考えられる。特に健康危機が発生した際には、人々の政府への信頼が、公衆衛生対策にも大きく影響する。

2014年から2016年にかけて西アフリカで発生したエボラ出血熱の初期段階の対応では、地域のリーダーや女性、若者のグループ、NGOなどがスクリーニングや予防措置の普及に関与した。また地域の保健ワーカーが保健・栄養サービスの維持に中心的な役割を果たし、健康危機の予防・備え・対応計画におけるコミュニティーの関与がいかに重要であるかを示した。新型コロナウイルス感染症の対応では、残念ながらこの経験は十分に生かされなかった。

G7広島サミットと国連ハイレベル会合への期待

日本が議長国である5月のG7広島サミットでは、UHCの達成と世界的な健康危機に対する予防・備え・対応の強化が、重要な議題とされている。また9月には国連総会でUHCおよびパンデミックに関するハイレベル会合が開かれ、「すべての人の健康」に向けた世界的な進展が期待される。

日本を含む世界の豊かな国々のリーダーには、UHCを達成し、健康危機に対する予防・備え・対応能力を強化するために、衡平(偏りがないこと)で持続可能かつ強靭(きょうじん)な保健システムを各国で構築できるようにするための支援を約束することが求められる

プライマリーヘルスケアを中核とした質の高い保健医療サービスに誰もがアクセスできるよう、保健システムの構築のために税収を増やして資金を確保することや、医療費の自己負担の撤廃を支援し、資源の乏しい国々に対しては、補完的な資金提供や債務救済を行うなど、幅広い支援を提供することが必要だ。さらに、子どもや若者を含む人々との対話を行い、コミュニティーや市民社会があらゆるレベルの保健ガバナンス(統治)や意思決定に参加できるよう、資金提供や能力強化などの支援を行うことも求められる。

世界のどこに生まれても、生きる・育つことはすべての人の権利だ。かつてない複合的な危機は、貧しく周縁化された人々に最も大きな打撃を与えている。取り残された子どもたちや人々の命を救う取り組みの強化が、今こそ必要とされている。

〈ほりえ・ゆみこ〉

公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン アドボカシー部部長。共同通信社に勤務後、英国大学院で農村開発修士課程修了。1999年から(特活)国際ボランティアセンター山形の駐在員としてカンボジア農村開発事業に従事し、2002年にセーブ・ザ・チルドレン・ジャパンに入局。海外事業部、法人連携部を経て、2010年からアドボカシーを担当。開発援助政策、SDGsをはじめとして、国内外の子どもの権利の実現に向けて、幅広い分野の政策提言に関わる。