パンデミックをいかに防ぐか 専門家に聞く新型コロナの反省と展望
「次なるパンデミック」をいかに防ぐか。グローバルファンド前事務局長で、ジョージタウン大教授のマーク・ダイブルさんに、GHITファンドの國井修CEOが聞きました。

「次なるパンデミック」をいかに防ぐか。グローバルファンド前事務局長で、ジョージタウン大教授のマーク・ダイブルさんに、GHITファンドの國井修CEOが聞きました。
公益社団法人グローバルヘルス技術振興基金(GHITファンド)のCEO(最高経営責任者)、國井修さんが、グローバルヘルスの第一線で活躍するキーパーソンにインタビューするシリーズの第1弾。登場をお願いしたのは、グローバルファンド(世界エイズ・結核・マラリア対策基金)の前事務局長で、ジョージタウン大教授のマーク・ダイブルさんです。対談を通して浮かび上がったのは、「次なるパンデミック(世界的な大流行)」を防ぐ対策が遅々として進まない現状への強い危機感でした。自分たちの世代で解決できなかった問題を、将来世代に託す期待についても語りました。
マーク・ダイブル(Mark Dybul)さん
1963年生まれ。ジョージタウン大医学部を卒業後、アメリカ国立アレルギー感染症研究所でアンソニー・ファウチ博士のもとでエイズの研究に従事。米国大統領エイズ救済緊急計画(PEPFAR)長官(2006~2009年)、グローバルファンド事務局長(2013~2017年)を経て現職。コロナ対策では、世界保健機関(WHO)の事務局長が設置した、パンデミック予防・対策・対応独立パネル(IPPR=Independent Panel for Pandemic Preparedness and Response)の構成メンバーを務めた。
――WHOが新型コロナの緊急事態の終了を宣言しましたが、現状をどうとらえていますか。
「ウイルスの変異を監視しているが、次のパンデミックが3~5年後にやってきてもおかしくない。リスクは、指数関数的に増大している。発生が常態化し、生きている間に3~4回経験することを覚悟しなくてはならない。パンデミックは『一世紀に一度』のことではなくなっている」
――なぜ、リスクは高まっているのでしょうか。
「パンデミックや健康の問題が、気候変動や食糧供給の問題と交錯するようになっているからだ」
「エイズが始まったのは、人間がゴム栽培のためにジャングルに入り込み、サルと接触するようになったからだ。農地の拡大など人間が活動領域を広げるにつれ、コウモリなどとの接触の機会も増える。何千ものニワトリを大規模な鶏舎で飼えば、鳥インフルエンザのリスクも高まる。気候変動によって、マラリアが、以前なら生息できなかった地域でも流行している」
「AI(人工知能)の発達もあって、意図的もしくは偶発的にパンデミックが発生するリスクもある。研究のため、ウイルスのゲノム操作は必要だが、リスクを理解して十分な防御策を講じなければならない」
――どうすればいいでしょうか。
「局地的なアウトブレーク(感染爆発)が、パンデミックになるのを防ぐための準備をする必要がある。各国政府や機関、団体が事前に交渉してシステムを構築すべきだ。パンデミックの最中にはできない。我々には時間がない。今が行動を起こすときだ」
「しかし、パンデミック初期の3年半前と比べて、準備に取り組む機運は後退している。我々はすでに、古い政治的なアプローチに逆戻りしてしまっている」
「高度に政治的かつ経済的な問題であり、グローバルに物事を進めるには、主要7カ国首脳会議(G7サミット)レベルの支持が必要だ」
――具体的に、どんな準備が必要でしょうか。
「今回のパンデミックでは、ワクチン開発ばかりに関心が集まったが、診断と治療についての備えも急ぐべきだ」
「既存の抗ウイルス薬の中には、適応外処方で効果があるものがある。また、いくつかの感染症に対して40~50%の効果があるユニバーサルワクチンもある。そうした治療薬やワクチンをストックしておけば、局地的流行(アウトブレーク)から世界的流行(パンデミック)になるのを防げるだろう」
「1年半もあれば、幅広い病原体に対応する抗ウイルス薬のストックを持つことができる。そのためには、民間企業と事前に交渉し、適正な利益で製品供給を約束させ、分権的な形で開発や治験、生産を行わせればよい。なぜ、それができないのか。その問いを発することこそ重要だ」
――急ぐべきは、将来のパンデミック時に必要な診断・治療・ワクチンなどの「感染症危機対応医薬品等(Medical Countermeasures、MCM)」を迅速に開発して現場に届けるための戦略づくりとその実践ですね。その計画が、2021年にイギリスが主催したコーンウォールG7サミットで提案された「100日ミッション計画(100 Days Mission、100DM)」です。将来パンデミックが発生した際にMCMを100日以内に開発しようとの野心的な計画です。
「問題は、薬やワクチンの治験だ。グローバルな治験能力を形成する必要がある。世界のどこで感染が拡大しようとも、迅速に治験ができるようにしたい。今回のパンデミックでは、潜在的な治療薬への治験を完遂できなかった」
「厳格なRCT(ランダム化比較試験)に固執すれば、そうした研究インフラの整った国に病気が入ってくるまで待たないといけなくなる。入院患者しか被験者になれない、などという条件を満たそうとすれば、遅きに失してしまう。複数のワクチンや治療薬を同時に治験できるようにすべきだ」
――グローバルに治験を実施するとなると、各国の様々な医療機関の動きをコーディネート(調整)する必要がありますね。新型コロナのワクチン開発では、通常であれば時間がかかり、手続きが煩雑な臨床試験や承認審査などのプロセスを効率化そして迅速化しました。世界中で長期に多くの感染者が発生したことで、世界各地で臨床試験を大規模に実施できたという面もありました。
「コーディネーションは、治験でなく基礎研究も含めて必要になる。有効成分の開発から、治験、規制、ガイダンス、生産、分配に至るまで、一貫した調整が必要だ。たとえば、データ収集も、方法を統一しておかないとムダが生じる」
「今回のパンデミック初期には、かなりうまくコーディネートできていたが、今はまた各国ばらばらになってしまっている」
――新型コロナのワクチンと治療薬の開発・製造・調達を実現するための計画では、官民連携を含む国際連携が加速しました。これによって、感染症のみならず、がんやアレルギーなど様々な分野の専門家や研究者が参画し、政府、大学、企業など様々なセクター間、またベンチャー企業と巨大製薬企業との間のコラボも進みました。
「民間を巻き込んだ取り組みを進める必要があるが、十分ではない。いま、WHOの加盟国間で協議されているパンデミック条約は何らかの助けにはなるだろうが、様々なセクター間のコーディネートをセットするわけではない」
――G7の議長国となった日本政府に対して、私たちは、G7グローバルヘルスタスクフォースを作って「100日ミッションプラス」を提唱しました。「プラス」の意味は、治療薬やワクチンの開発から公平なアクセスと配送まで一貫したコーディネート(end to end coordination)です。
「グローバルな統治メカニズム(global governance mechanism)が必要だろう。ただし、コーディネートをする体制が官僚的になってしまえば、イノベーションを圧殺してしまいかねず、注意が必要だ」
――あなたは、若くして米国のエイズ対策の責任者になるなどリーダーとして活躍してきました。最後に、グローバルヘルスに関心のある日本の若者へのアドバイスを。
「若い世代が、積極的に参画してイノベーションを起こして欲しい。我々の世代は、パンデミックや気候変動の問題を解決できなかった。いまの若い世代が優れているのは、そうした問題に加え、食糧供給や水資源といった世界の持続可能性に関する問題を結びつけるリンクを見いだしていることだ」
「問題解決に世界中の若者を巻き込むには、分権的で迅速で柔軟な枠組みを用意する必要がある。第2次世界大戦後にできた既存の組織は地域主義的で、本来なら協調すべきところを対立し、別々に行動しようとする」
「すべての人が問題解決に参画し、役割を果たさなければならない。分権的にイノベーションに取り組み、オープンに協調しよう。そんな枠組みを用意すれば、若者は羽ばたける」