地域にとって最も適正で持続的な開発はどのようにすれば実現するのでしょうか。途上国支援の現場をあちこち歩いている高山義浩さんはパキスタン北部の山岳地帯で、模範的なアプローチをとり続けるイスラム系非営利組織(NGO)と出会いました。連載コラムの3回目ではこの取り組みを紹介しながら、徹底した住民本位の姿勢は日本のNPOにも学ぶべき点があるのでは、と投げかけます。

自立と依存の間で揺らぐ「住民支援」

支援というと、住民に欠けているものを「直接供与」することだと勘違いされがちです。でも、しばしば一時的にながらえさせるばかりで、ときに依存体質が強化されゆくことは、支援の現場に立つ人ならば誰しも感じていることでしょう。

そこで、「地域開発」という考え方が注目されるようになりました。よりよい農法の紹介、協力しての井戸掘りなど、住民の自立的な行動を通じて解決しようとするわけです。しかし、プロジェクトの終了とともに効果は失われていき、自立とはかけ声ばかりだったことを痛感させられることも少なくありません。

こうした経緯から、「持続可能なシステム開発」という支援のあり方が模索されるようになりました。住民に関わるすべての構造を検討し、その歪みを変革する施策をつちかってゆくわけです。このような戦略は、「地域開発」がモノ不足の根本原因にまで目を向けていなかったことの反省に基づいています。

行政システムを補いながら、「持続可能なシステム開発」を追求

パキスタン北部山岳地域で活動するアガ・ハーン財団のアプローチは、行政システムの不完全さを補いつつも、まさに模範ともいえる「持続可能なシステム開発」を展開しているな、と……。そういう実感がありました。

アガ・ハーンとは、イスラム教イスマーイール派のイマーム(指導者)の名前です。アフガニスタンに接していることもあって、イスラム過激派が侵入するようになり、欧米の支援も届きにくくなっています。そうしたなかでも、イスラム系のローカルNGOが地道に活動を続けているのです。

たとえば、山深い地域にあるアルティット村……。中心部は雑然とした、しかし歴史ある伝統的集落を形成しています。中心部だけで187世帯。周辺部も合わせると484世帯の村です。で、驚くべきは、この雑然とした集落全体に上下水道の設備が敷設されているということ。

アルティット村中心部を高台から見渡す=筆者撮影

この地域を担当する財団のハヤットさんが、現地を訪れた私に教えてくれました。

「この歴史ある集落に上下水道を整備するにあたって、何を破壊してよくて、何を保存しなければならないかは、我々のような地元のNGOにしか調整できないんだよ。政府に任せるとね、伝統的な暮らしよりも、上下水道を整備することが目的化してしまって、住民を立ち退かせたり……なんてことも起きてしまうんだ」

たしかに本末転倒ですよね。暮らしを守るための制度のはずが、いつのまにか制度を守るために暮らしを壊していく……。ちょっと耳の痛い話であります。

伝統と開発の両立を可能にするために

「だから、我々NGOが長老たちとじっくり話をして、納得がゆくまで計画を練り上げていくんだ。衛生設備をとるか、伝統的な建築をとるかという二者択一が迫られる世帯もあった。伝統的な建築を選択したところもあるんだよ。だから、全世帯を上下水道はカバーできていない。技術的にはできるんだが、選択しなかったんだ」

アルティット村の集落の路地にある下水のマンホール。入りくんだ集落の路地を直線へと再開発することなく、下水道を整備したことが分かる。粗末な石壁であっても、長年暮らした住民にとっては大切なもの。そこへの敬意が開発を持続可能なものへと高めている=筆者撮影

とりわけ私が感動したのは、ハヤットさんが、この石を積み重ねただけの建物ひとつひとつを「伝統的な建築」と愛おしそうに呼んでいたことでした。ハヤットさん自身が、この集落に生まれ育ったからに違いありません。

「そして、集落の様式をほとんど変更することなく、上下水道の整備が完了したのですね」と私は確認しました。「上下水道の整備が完了したのであれば、財団の役割は終了ですか?」

ハヤットさんの回答は、極めて合理的かつ戦略的なものでした。

「いや、終わっていない。このまま地方政府に渡しても維持管理ができないんだ。大切なのは公正な財政。つまり、これを維持管理するための利用料を徴収するシステム構築をやっているところだ」

貧富の差を考慮し、洗面所の数で利用料徴収

ハヤットさんは、このまま地方政府に移管しても、不正な利用料の設定や徴収が発生することを怖れているようでした。なので、まず住民たちと話し合って、どのような利用料の配分が適正なのかを決めたそうです。

「世帯あたりの利用料はいくらに設定しましたか?」と私は聞きました。

「世帯あたりにしなかった。洗面所一つあたり月に40ルピーだ。豊かな世帯には、洗面所がいくつかあるからね」

「なるほど。とはいえ、貧しい世帯では払えないところもあるでしょうね。免除する仕組みも作りましたか?」

「いや、あえて作らなかったよ。衛生設備の費用すら出せない世帯には、もっと大きな問題がある。免除して問題にふたをするよりは、未納が積み重なっている現実を地域で直視した方がいい。そして、継続的に利用料が払えるようになるまで、必要な支援をするべきなんだ」

アガ・ハーン財団の活動から見えてくるのは、徹底した住民本位の姿勢です。ちなみに、というか結構大事な点なんですが、かつてイスマーイール派は過激な活動を行っていたことで知られています。政府要人などを次々に暗殺しながら、イスラム思想に基づく社会正義の実現をめざしたため、世界を恐怖に陥れたこともありました。

イスラム思想に基づいた「社会開発」から学ぶ

暗殺者のことを「アサシン」と呼ぶことがありますが、これはイスマーイール派のアサシン教団に由来します。もちろん、これは昔の話。いまは穏健であり、イスラム思想に基づきながらも、進歩的な社会開発を行っているのです。この教団が、こうした転換を果たしたことは極めて重要であり、そのプロセスから世界は学ぶべきでしょう。

私がアガ・ハーン財団というローカルNGOを訪れたのも、このような歴史があり、そしてイスラム思想を大切にしながら社会開発を続けているからでした。世界は不安定になり、テロや過激派の存在に震えています。その一方で、政治的意図をはらんだ支援があからさまになっています。アガ・ハーン財団のような、宗教的指導者が率いる民衆に根差した社会開発が、さらに重要になってくるのではないかと思います。

開発よりも住民の暮らしを優先し、納得できる落としどころを見つける専門性を獲得すること。地域社会のニーズに応える事業を模索し、これを実現する力を住民自身から引き出してゆくこと。現実的な観点から維持管理できる仕組みを構築し、徐々に地方行政へと移管していくこと。

大きな変革を求められている日本においても、こうしたNPOによる取り組みが求められているんじゃないでしょうか。まあ、あえて言わせていただきますと、「こんな胸躍ること、役所にやらせるのはもったいない」ですからね。