沖縄県の公立病院で主に感染症診療に従事する内科医で、海外では認定NPO法人ロシナンテスの理事として、貧困や紛争などの課題を持つ世界の国・地域で保健医療協力に取り組んでいる高山義浩さん。高山さんが、現場で見て、感じたリアルを伝えます。

息絶えた新生児とともに

ぐるぐる巻きにされた新生児と一緒に、女性が運ばれてきました。今朝、自宅で産んだばかりだそう。残念ながら新生児は、すでに息絶えていました。理由は分かりません。

ザンビアの農村にあるヘルスポスト(簡易的な診療所)。8千人ほどの住民の健康を守っています。私たち認定NPO法人ロシナンテスは、このヘルスポストを技術的に支援しています。この日は、村のヘルスワーカーが集まるミーティングのため、たまたま私も現地を訪れていました。

女性が運ばれてきた……と言っても、夫が押す自転車の荷台に座って、1時間半かけて揺られてきたのです。出血が続いていないこと(子宮の収縮は順調であること)を確認し、そのまま自宅へと帰っていきました。水子となった新生児も、小さな茶色いかばんに入れられて、ふたたび母親と一緒に揺られています。

出産後6時間は母児を医療施設で見守ることが、この国におけるルールとなっています。私たちも、そうするよう提案しましたが、夫婦は「7人の子どもたちが待っているので、家に帰らなければならない」と……。ルールを設けるのは簡単ですが、現実は厳しいのです。

ザンビアの新生児死亡率は、出生1千人あたりで24.6(日本は0.9)となっています。ただ、現場の感覚からすると、もっともっと高いのだろうと思います。今回、亡くなられた新生児についても死亡統計に加えられるかどうか、定かではありません。また、ザンビアの妊産婦死亡率は、出産10万例あたり286(日本は2.8)と極めて高くなっています。350例のお産のたびにお母さんが亡くなっているのです。

ザンビアにおける母子保健の主な指標=世界銀行のデータより筆者作成

母子保健に山積する課題

どうすれば、この国で、安全なお産を普及させていくことができるでしょうか?

医学的な管理ができる施設での出産を普及させればよい、という単純な話ではありません。妊婦健診により母子の健康状態を継続的に見守ること、ハイリスク分娩(ぶんべん)に早く気付けることが求められます。母子保健の知識を有するヘルスボランティアを増やし、健診結果を踏まえたケアを提供することも必要です。母親の栄養状態が良好に保たれるよう支援することが重要です。

インフラ整備も不可欠です。とくに、地方道路の舗装も母児の命を守ることにつながります。ザンビア農村部の現状では、雨が降れば道はぬかるみ、自転車ですら押せなくなります。そうなると、母親は陣痛を抱えながら、何時間も歩かなければなりません。これでは、母児ともに危険にさらされてしまいます。

このようなインフラでは、医療施設に来ることを前提とせず、たどり着けない人たちへの支援も考えるべきでしょう。実際、ザンビア政府の統計によると、いまだ出産の約2割が自宅で行なわれています。政府は、自宅での分娩を禁じていますが、現実との隔たりがあるのです。

政府が自宅分娩を禁じたことで、自宅分娩を支援する「産婆=伝統的助産」が違法となり、彼らへの支援と教育が手薄になっている可能性もあります。伝統的助産を切り捨てることなく、ヘルスポストとの連携をとること。彼らの経験知を生かしながら、周産期を安全に過ごせる地域づくりを進めることができたらと思います。

夫の押す自転車に揺られ、7人の子どもの待つ家へと帰っていく母親を見送りながら、そんな必要性を漠然と感じておりました。空は果てなく、道のりは遠い……。


〈たかやま・よしひろ〉

国内では、沖縄県の公立病院で主に感染症診療に従事する内科医。在宅緩和ケアにも取り組んでいる。海外では、認定NPO法人ロシナンテスの理事として、南部アフリカのザンビアにおいて保健医療協力に取り組んでいる。著書に『アジアスケッチ 目撃される文明・宗教・民族』(白馬社、2001年)、『地域医療と暮らしのゆくえ 超高齢社会をともに生きる』(医学書院、2016年)、『高齢者の暮らしを守る 在宅感染症診療』(日本医事新報社、2020年)など。