カンボジアの主要産業である縫製業。大手アパレルの製品などカンボジアの輸出額の8割を占め、国内で約30万人が従事しているといわれます。かつては低賃金ゆえに待遇改善を求めて死傷者が出るストライキや抗議活動もありましたが、今は毎年、最低賃金をめぐる政府・労働組合・雇用者団体の協議が実施され、賃金が引き上げられています。そのカンボジアで、アパレルブランドを立ち上げた浅野佑介さん。世界のサプライチェーンの最先端にいる縫製工場や町の工房の人々との出会いから垣間見たモノづくりの現場の「リアル」、そしてブランド発信の思いをつづります。 

僕は2012年、カンボジアの首都プノンペンで、モノづくりブランド「SuiJoh(スイジョー)」を立ち上げました。テーラーメイドのシャツやカバンなどを企画し、生地の調達から生産、販売までを主にカンボジア国内で行っています。

カンボジアへ渡航したのは2010年。脱サラして「プノンペンで大学院に入学する」ということだけを決めて移住しました。実際、プノンペン市内のノートン大学開発学部の大学院に入学し、在学中に仕事を通じて縫製業の方々と出会いました。縫製業はカンボジアの主要産業の一つです。アジア各国の縫製業者が工場を作っています。僕は縫製業の皆さんの仕事にかかわるうちに、シャツ作りを教わり始め、それがSuiJohの創業へとつながりました。

SuiJohのオリジナルシャツ。カンボジアの伝統的なスカーフ「クローマー」をえりもとや袖口に使っている=浅野さん提供

SuiJohが目指すのは、カンボジアから世界に通用する商品を送り出すことです。途上国の製品だからと、同情で買ってもらうのではなく、純粋に「欲しいから」「誰かにプレゼントしたいから」という気持ちで買ってもらい、心をつなぐモノづくりを目指しています。

そんな僕が見た、カンボジアのモノづくりの現場をお伝えしたいと思います。町の小さな工房から、経済特別区内にある大手ブランドの衣類を生産する大規模工場まで、サプライチェーンの最先端を、日常の仕事や調査研究の同行で訪れました。お伝えするのは僕自身が見て、経験した新興国のサプライチェーンの「リアル」です。

電気もあるし、WAGYUもある

さて、本題に入る前に、カンボジアというとどんなことを思い浮かべるでしょうか。

僕は、「先進国」から見える途上国のイメージや労働者のイメージと実態との差を感じることがしばしばあります。

まず、僕らがカンボジアやカンボジア人に対して、先入観を持っていないか、ということです。「途上国は不幸でかわいそうで、経済発展が遅れている」という見方から抜け出していないのではないでしょうか。

今年7月に帰国した際、ある学生さんと出会いました。僕がカンボジアに住んでいると知ると、「カンボジアって電気あるんですか?」と真顔で聞いてきました。昨年、カンボジアにインターンとして来た学生さんは、親御さんから「地雷に気をつけなさいよ」と忠告された、とも聞きました。多くはカンボジアに対し、このようなイメージを持っているのかもしれないな、と思いました。

もちろん、農村部へ行けば、まだ停電が頻発したり、井戸の水や雨水を必要としたり、地雷の撤去が必要な地域があります。都市部でも、停電が発生することがあります。でも、僕が関わったカンボジア人たちは、決して「不幸」でも「かわいそう」でもなく、今の生活を楽しんでいるように見えます。欲しいものや願いを聞けば、多くの言葉が出てきますが、今の暮らしを嘆くことはなく、生きることに前向きです。彼らの笑顔を見ていると、国内総生産ならぬ「国内笑顔総量」なんてランキングがあれば、カンボジアは上位なのかな、なんて思ったりもします。町中で見知らぬ人と目があって、ニコッとほほ笑む、つられて自分もほほ笑む。カンボジアを訪れた人なら、きっとそんな経験をしたことがあると思います。

それに、「貧しくない」場所もあります。都市部では1人分300ドルを超えるすし屋や和牛を提供する高級和食店がカンボジア人客で連日満席です。スターバックスが立ち並び、大学生がスマホを片手にコーヒーを飲む、という景色があるのも、今のカンボジアです。

首都中心部にある独立記念塔とその周辺を走る高級車。この5、6年で高級輸入車のショールームが相次いでオープンしている=浅野さん提供

僕が見た縫製工場

さてカンボジア、途上国、労働者という言葉を聞いて、皆さんはどのようなイメージを抱くでしょうか。

文章生成AIで「途上国の労働者」について聞いてみました。

「一般的には、低賃金、長時間労働、劣悪な労働環境に置かれていることが多いです。特に、サプライチェーンの最先端にいる労働者は、劣悪な労働環境に置かれていることが多いです。例えば、衣料品産業では、低賃金で長時間労働を強いられ、有害物質にさらされている労働者も少なくありません」

特に、労働集約型の縫製工場と聞くと、この文章のような劣悪な環境を思い描くかもしれません。

確かに、こうした問題を抱える工場もあり、国際的な人権団体などに人権侵害を指摘されています。ただ、それがすべてではありません。

僕が見てきた縫製工場は、労働者の環境に配慮したものが多くありました。大規模な工場では、ミストで工場内を冷却する巨大ウォータークーラーを備えている工場も少なくなく、日系工場では、文字の読み書きができないスタッフのためにクメール語の授業を行ったり、図書室を作ったりしているところもあります。

プノンペン経済特区内の日系縫製工場、JAPAN ROCKS S.E.A(Phnom Penh)CO.,LTD。社員が利用できるように図書室を作っている=浅野さん提供

しかし、従業員がトイレに行く回数や、その時間までも制限している工場もあるのも事実でした。そのルールができた理由を工場側に調査すると、スタッフがトイレに何回も行き、トイレ内で電話をしたり、SNSをいじったりして、30分も帰ってこなかったことでライン作業が滞る事象が何回も起きたから、ということでした。責任感をもって働くための教育も必要ですし、人権侵害になり得るルールの押し付けをしないことも必要です。

志さえあれば

カンボジアの縫製工場で働く工員さんの多くは、まだ若く、農村部出身です。給与の何分の一かを故郷の親に仕送りし、自分はその残りで生活しています。ささやかな収入だけでは、自分自身の人生の充実や自己実現は難しいのではないか、と僕は思っていました。

しかしある出会いによって、その考えは大きく変わりました。ホテルのレセプションで働いていた若い女性は、かつて縫製工場で働きながら仕送りをしていました。手元に残ったわずかなお金をためて安いスマートフォンを買い、YouTubeで英語を学び、ゲストハウスのレセプションへ転職。次は、エクセルの使い方をYouTubeで学び、もっと大きなホテルに転職した、と話してくれました。

工場で工員さんへインタビューすると、多くの人が「今の環境を変えたいけれど、時間が無い。お金が無い」と言います。しかし同じ状況下でも意志がある人は、こうやってステップアップをするのだと感銘を受けました。そして、僕自身も言い訳ばかりしていないか、と振り返りました。彼女の生き方から、そんな強烈なメッセージを受け取ったのです。

ドリアン売りと縫製工場

カンボジアの社会の中で、縫製工場はどんな役割を果たしているのだろう、と考えることがあります。

僕が通う「ドリアン屋さん」のおばちゃんの話です。カンボジアでは、旬の果物を露店や路上で販売しています。彼女も、ドリアンの季節になると、田舎から仕入れて露店で販売しています。でもドリアンの季節は1年のうちほんの1、2カ月。それ以外の季節の収入はどうしているのか気になりました。

旬になると軒を連ねるドリアン屋さん。シーズン以外は縫製工場で働くのだ、とおばちゃんは言う=プノンペン、浅野さん提供

それを尋ねると彼女は「実家近くの縫製工場で働くのよ。月々残業込みで250ドル(約3万7千円)は稼げるから安心よ」と教えてくれました。そして「工場の採用で断られたことはないし、辞めるのも簡単よ」とも言いました。こうした雇用形態を、不安定とみるか、伸縮自在とみるか。雇用保険のような国が用意するセーフティーネットが少ないカンボジアでは、「セーフティーネット」になっている側面があるのではないのか、とも思います。

小規模な下請けの工場では、大規模工場とは違った問題が内在していることも見てきました。例えばそこには、未成年/最低雇用年齢以下の就労問題があります。2018年の調査時には、家庭の事情で現金収入を得るために15歳未満の子が雇用されていることもありました(カンボジアは最低雇用年齢15歳以上です)。

また、カンボジアとベトナム二国間の歴史の狭間(はざま)で翻弄(ほんろう)される人々がいます。「カンプチア・クロム」と呼ばれる人々で、カンボジア人ですがベトナムで生まれ育ちました。ベトナムではマイノリティーで差別などを受けることもあるため、カンボジアへ不法入国せざるを得ず、身分証明書が無くても働ける場所として、小規模な下請け工場で働いている実態も垣間見ました(現在はカンプチア・クロムの人にカンボジア人としての国籍を付与するなどの救済措置も行われ始めたと聞きます)。

大手ブランドの衣類を製造する工場の労働環境や労働者への権利の改善を求める声は聞くことはあっても、カンプチア・クロムの問題やゴミ拾いで生計を立てる人々で国籍を持たない人々への救済措置や対策を訴える声を聞くことは少ないように感じます。見えていない問題がまだあるのだ、ということでしょう。

社会に染み込んだ自然な助け合い

SuiJohの提携先の一つに、ポリオなどによる障害があるカンボジア人を雇用している工房があります。ただ、彼らは職人であり、アーティストです。障害者だから雇われているわけではありません。僕の知る限り、SDGsやフェアトレードなどの考え方を意識して社会的弱者を雇用している工房は、ごくわずかです。こうしたスローガンがなくても、目の前の「弱者」とされる人々を雇うのは、純粋に地域の「助け合い」であり、彼らは自然にそうしたことを行っています。

SuiJohはさまざまな地元の工房と提携している。織物や布製品を製造するArtisan Villageも障害のある人を雇っている。こうした地域の工房はSDGsなどを掲げなくても自然に「助け合い」の機能を果たしているという=浅野さん提供

カンボジアの社会をみていると、SDGsが世に広まり始めた2016年以前に、すでにこのような助け合いが存在していました。僕自身、SuiJohの事業を紹介すると、「フェアトレードですね」と言われたりもしますが、そんな看板は掲げなくても、カンボジアの社会の中に居ればごく当たり前のことをしているのであり、どう返答すればよいのか苦慮しています。

「カンボジアの人たちはかわいそう」。そんなイメージを変えたいというのが、僕のモチベーションの一つでもありました。だからこそ、SDGsやフェアトレードだと説明しなくても、ビジネスとして切磋琢磨(せっさたくま)してきましたし、これからもそうしていきたいと思っています。多少の根気は必要かもしれませんが、同情は不要です。


〈あさの・ゆうすけ〉

アパレルブランドSuiJoh代表。2010年に脱サラしプノンペン市内大学院へ留学。2012年にカンボジアの伝統的なスカーフ“クロマー”に注目したアパレルブランドSuiJohを創業。プノンペン、シェムリアップと最大6店舗まで増やすも、コロナ禍を経て現在はプノンペン2店舗にて営業中。現在はカンボジアのシルク再興プロジェクトに参画するなど活動の幅を広げている。また2023年4月には日本法人株式会社SuiJoh Japanを設立し新しい展開を模索している。1981年生まれ。