地球温暖化を食い止めようと、各地で再生可能エネルギーや電気自動車(EV)の活用などが進められています。そこで注目を集めているのが「銅」。対策が進めば進むほど、銅が必要となり、これから数年で足りなくなるとの懸念が高まっています。「人類が初めて使った金属」とも呼ばれるほど身近な銅をめぐる動きを朝日新聞科学みらい部の市野塊記者が報告します。

「一刻の猶予もない」温暖化 脱炭素へ転換できるか

9月6日、世界気象機関と欧州連合の気象情報機関「コペルニクス気候変動サービス」が、今年6~8月の世界の平均気温が観測史上最も高くなったと発表した。8月は海面の平均水温も過去最高だった。南極の海氷の面積はこの時期としては記録的に小さく、平年を12%下回っているという。

国連のグテーレス事務総長はこの日、声明で「私たちの気候は、地球のあらゆる場所で起きている異常気象に私たちが対応できる速度を超えて、崩壊しつつある」と指摘。「最悪の混乱を避けることはできる。ただし、一刻の猶予もない」と訴えた。

国際社会は取り組みを続けてはいる。温暖化対策の国際ルール「パリ協定」の下、気温上昇を産業革命前の1.5度に抑えることを目標とする。今年11~12月にアラブ首長国連邦(UAE)で開かれる国連の気候変動会議(COP28)でも、より具体的な方策について議論される見通しだ。

その中心となるのが、石油や石炭などの化石燃料を燃やさない「脱炭素社会」への転換だ。

再エネとEVに欠かせない「銅」

英シンクタンク「エンバー」は、2022年に世界の電力の12%が太陽光と風力発電だったと報告。化石燃料由来の電力は2022年をピークとし、翌年から減少に転じると試算している。エンバーの上級電力アナリスト、マルゴザータ・ウィアトロス・モツカ氏は、再エネの主力として太陽光と風力が今後も伸びるとし、「想定されているよりも成長率はもっと高くなるだろう」と話す。

広大な畑の中にそびえる風力発電施設=2023年7月21日、カナダ・ウルフ島、市野塊撮影

国際エネルギー機関(IEA)によると、「1.5度」の目標を達成するためには、2050年に世界の電力の9割を二酸化炭素(CO2)が出ない再エネなどの電源に置き換える必要があるという。COP28で議長を務めるUAEのスルタン・ジャベル産業・先端技術相は7月、ベルギーでCOPの議題を話し合う中、「2030年までに再エネを3倍にすることで合意すべきだ」と発言した。

また、IEAは2030年までに世界の新車販売の6割をEVにし、2035年までにガソリンなどで走るエンジン車の新車販売を停止する必要があるとも指摘している。

再エネとEV、その両方に欠かせないのが銅だという。

1メガワット規模の発電をする設備に必要な銅は、太陽光で2.45~7トン。タービンを内蔵する風力発電設備にも多く使われ、陸上で5トン、洋上だと15トンに及ぶとされる。電気をためる蓄電池や送電網にも銅が使われる。

EV1台に用いられる銅は、モーターやバッテリー、ケーブルなど80~90キログラムで、エンジン車の4倍ほど。EVの充電器は通常タイプで1基あたり0.7キロ、急速タイプではケーブルを太くする必要があるため、さらに多い8キロの銅を使う。充電時間を短縮するために出力を上げるほど、1基あたりの使用量が増えていく見込みだ。

三菱自動車で、世界初の量産電気自動車「アイミーブ」の開発担当などを務めた、日本電動化研究所の和田憲一郎代表取締役は「コバルトやニッケルなどの希少金属(レアメタル)とともに、銅も需要が高まっていく」と話す。

「不足感、2050年ごろにピーク」

世界の銅関連企業が参加する国際銅協会(本部・ワシントン)によると現在、世界で使用されている銅は毎年2500万トンほど。それが2050年には5千万トンまで必要になるという。そこに脱炭素に向けた需要を合わせると、計5700万トンにまで増えるという。市場調査会社S&Pグローバルの報告書は、現在の銅の産出量のペースでは、2030年ごろから需要に追いつかなくなると指摘する。

銅の価格も高騰している。

1980~2000年代前半までは1トンあたり1500~2500ドル程度を行き来していたが、中国の急速な経済発展にIT化需要の高まりなどがあり上昇。そこに脱炭素社会に向けた需要も重なり、2020年以降は6千~9千ドルほどと2~6倍になった。

「ドレ・カッパー・マイニング」の銅鉱山に落ちていた鉱石。以前の運営会社が掘り出し、鉱山にうち捨てられていた=2023年7月18日、カナダ・シブーガモ、市野塊撮影

日本銅センターの中山宏明事務局長は「新たな鉱山を開発するには時間がかかる。先進国はすでに社会にある銅をリサイクルできるが、これから発展して電化する途上国には新たな銅を持ってくるしかない。不足感は2050年ごろに最も大きくなる」と説明する。

こうした事情が各国に銅の確保を急がせている。米国は7月末に「重要鉱物」のリストを公表。コバルトやリチウムなどの希少金属に加え、手に入りやすいはずの銅も、資源確保のための資金援助の対象に含めた。

また、日本の主要な銅輸入先の一つでもあるインドネシアでは、将来的に銅を鉱石のまま輸出すること禁じ、国内で不要な部分を取り除く精鉱を実施したものしか輸出できなくすることを示唆。銅に関連する国内産業への投資を促進するためとされる。

銅需要の高まりに対し、世界がとるべき道はなにか。英シンクタンクE3Gの上級政策顧問、マリア・パスツコバ氏は、

・銅採掘量の増加

・銅のリサイクル量の倍増

・銅の供給元を一部の国・地域に集中させすぎない

・エネルギー効率を倍増させ、エネルギー機器そのものの需要を減らす

――の四つが必要だと指摘。「持続可能で信頼できる銅の供給を確保することは、クリーンエネルギーへの移行を維持し、不必要なコスト高騰を防ぐためにも重要だ」と話す。

鉱山の再開発、カナダ政府も後押し

米地質調査所などによると、世界の主要な銅生産国はチリやペルー、コンゴ民主共和国など開発途上国が多い。だが、世界的な銅需要の高まりを背景に、先進国で銅山開発を再開する動きも出始めた。

カナダ北部にあるケベック州シブーガモ。豊かな森林と美しい湖に囲まれた小さな街を車で後にし、細い砂利道を30分ほど走ると、大きな工場が現れた。さらに進むと、湖のほとりにぽっかりと巨大な穴が口を開けていた。のぞき込んでも奥までは見えないが、アリの巣のように深くまで延びているという。

「ここをもう一度掘るんだ。銅山で働けばマクドナルドの給料の3倍にはなる。とてもうれしいね」

銅採掘をするスタートアップ企業「ドレ・カッパー・マイニング」の現地責任者、ジャン・タンガイさんが、そう話してくれた。

「ドレ・カッパー・マイニング」がカナダ・シブーガモで再開発している銅採掘工場=同社提供

あたりを見渡すと地下をドリルで掘った跡が無数にあり、銅鉱石がいたるところに転がっていた。ここは約50年間、別の会社が採掘していた場所。2008年に閉山したが、2017年にドレ社が買い取り、再開発に取り組んでいる。

鉱山を設備や道路など丸ごと買い取ったのは、銅価格の高騰で採算が取れるようになったとの判断からだ。カナダ政府が銅採掘にかかる費用の税制を優遇したり、採掘許可の迅速化を進めたりしていることも後押しした。

「ドレ・カッパー・マイニング」社の銅鉱山にある採掘工場=2023年7月18日、カナダ・シブーガモ、市野塊撮影

再開発では、複数の場所から採掘したサンプルを使って、地下の鉱物の状況を3Dでマッピング。パソコンのモニターを使い、様々な角度から地下の鉱脈を見られるようにした。こうした最新の探査技術を用い、過去に掘られた穴より数百メートル深い、地下1500メートル付近に新たな鉱脈を確認。ディーゼルではなく電動のトラックを使うことで、坑内の換気作業を減らすなどし、低コストで効率良く、これまで以上に深く掘れるようになったという。

エルネスト・マスト社長は「カナダやアメリカでは、過去の鉱山を再開発しようとするプロジェクトが他にもある」と説明。同社は2026年に年間2万3千トンの銅生産を目指すといい、日本を含めて世界中に輸出するつもりだ。「私たちの銅は世界に届けられ、グリーンな社会への転換に貢献するだろう」と成功への自信をのぞかせる。

カナダで銅採掘に取り組む「ドレ・カッパー・マイニング」のエルネスト・マスト社長=2023年7月20日、カナダ・トロント、市野塊撮影

ペルーの銅鉱山で続くデモ

銅の需要が高まる中、採掘企業から製品を使う私たちまでが忘れてはいけないのが、銅をはじめとする鉱山開発の負の側面だ。

鉱石には硫黄、ヒ素、カドミウムなどが含まれていることが多く、こうした有害成分による環境破壊が問題となってきた。日本でも栃木県の足尾銅山=1973年に閉山=で、鉱石から銅を取り出す際に発生した亜硫酸ガスによって森林が枯れたり、有害成分が川や土壌を汚染したりするなどの鉱毒被害が起きた。

足尾銅山の製錬で出た煙によって荒れ果てた山々=2010年3月、栃木県日光市、朝日新聞社

南米・ペルーでは最近も環境問題に端を発した争議が鉱山会社と地元住民の間で起きている。

ペルーは世界の銅採掘量の10%を占め、チリに次いで世界第2位の産出国。銅輸出が貿易額の3割を占めるなど国の経済を支えている。銅の採掘現場は標高4千メートルを超える高地が多いが、周辺に村落があり、牧畜や農業を営む人が暮らしている。

世界最大級の銅山の一つで、中国の企業が保有するラスバンバス銅鉱山では、周辺住民によるデモが絶えない。

現地NGOによると、現場を往来するトラックの騒音や農作物への粉じん被害に抗議。2016年の操業開始以降、現在まで住民による道路封鎖などの活動が繰り返されているという。

また、開発企業が得た利益が還元されないという不満も住民の間に根強い。2021年の大統領選では、資源の国有化も争点の一つとなった。

利益の一部を地元に還元する制度はあるものの、ペルーの市民オンブズマンは、行政機関の汚職などによって、十分に地元に資金が渡っていないと主張。「残念ながら、何千もの家族の生活の質を向上させる効果は限られている」とする。

「資源の呪い」を繰り返すな

こうした鉱山を有する国や地域がしわ寄せを受ける構図の問題は他の鉱物資源をめぐっても起きている。フィリピンやインドネシアのニッケルを中心とした鉱山開発現場の問題を訴えている国際環境NGO「FoE Japan」の波多江秀枝さんは「脱炭素社会に向けた、鉱山の拡張圧力の高まりが現場ですさまじい問題を起こしている」と指摘する。

天然資源による利益が地元に還元されず、経済発展が遅れたり貧困が深刻化したりする課題は「資源の呪い」とも呼ばれ、ダイヤモンドや石油などでも指摘されてきた。

BMWやフォードなど一部の自動車メーカーは、EV向けの資源調達で、環境や人権などへの配慮を証明する国際基準「責任ある鉱業保証のためのイニシアチブ」(IRMA)で認定された鉱山から鉱物を購入すると表明している。人々の関心が集まれば、こうした動きが広がる可能性もある。

波多江さんは言う。「大量生産大量消費の考えのままで脱炭素社会への取り組みを進めようとすれば、鉱物資源採掘の現場は破壊され続ける。本当に生活に必要な分はどの程度なのか、その鉱物がどこから来ているのかよく考えていくべきではないか」