SDGsの進展を検証する:Visionary Voices
今回の筆者は、いずれも米ブルッキングス研究所持続可能な開発センターの、シニアフェロー、ホミ・カラス氏とシニアフェロー兼ディレクター、ジョン・W・マッカーサー氏です

今回の筆者は、いずれも米ブルッキングス研究所持続可能な開発センターの、シニアフェロー、ホミ・カラス氏とシニアフェロー兼ディレクター、ジョン・W・マッカーサー氏です
「Visionary Voices」は、論説記事を配信するプロジェクト・シンジケートが、発展途上国の直面する課題に関する専門家の論考を提供するシリーズです。with Planetでは、配信記事の中から選りすぐりを抄訳し、掲載します。
毎日ニュース記事に目を通す人なら、世界は衰退していると考えても致し方ないところだろう。数多くの紛争や社会不安のさなかにあって、国連は、2015年に加盟国が全会一致で設定した経済、社会、環境の目標である「持続可能な開発目標(SDGs)」のうち、2030年までに合意どおり達成できそうなものは17%しかないと、繰り返し警告している。
そのため、このような目標が今も何かの役に立っているのかと、多くの人が疑問に思っている。それでも、悲観的な見方に陥るのでなく、世界が健全な進歩を遂げているのはどこか、自動操縦で立ち往生しているかに見えるのはどこか、逆に物事が後退していたり、悪い方向へと向かう転換点に近づいていたりするのはどこかを検証したほうが賢明ではないか。
筆者は、米ブルッキングス研究所持続可能な開発センターのシニアフェロー、ホミ・カラス氏と、同センターのシニアフェロー兼ディレクター、ジョン・W・マッカーサー氏。
私たちはそんな目標を胸に、同僚のオデラ・オニェチとともに行った最近の研究で、国別の進展状況の推定に乗り出した。主要な発見のひとつは、「代わり映えしない」という表現が2015年以降の多くの傾向を適切に言い表していることだ。それでも、SDGsを評価するとき、その志の本質を忘れてはならない。
SDGsはより豊かな、包摂的で、持続可能な社会に向けた長期的な進展のパターンを永続させるためだけに設定されたわけではない。むしろSDGsは、そうした進歩の劇的な加速を目指していた。例えば、SDGsの5番目の目標が目指すのは、何世紀にもわたって歩んできたジェンダー平等達成への道のりを単に継続していくことだけではない。それは2030年までに完全なジェンダー平等を達成できるよう、急速な変革を求めているし、当然そうあるべきだ。
現在の進展速度が加盟193カ国の約束した成果を達成するに十分でないとしても、これはすべてが悪化していることを意味するものではない。私たちの研究は、SDGsに関連する24の指標を国別に調べ、まずは基本的な問いから始めた――2015年以降、状況は改善したのか? その結果、海洋保護区の拡大から水と公衆衛生の利用機会の拡大まで、18の指標で人類全体での改善が見られた。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックが健康面や教育面にもたらした恐ろしい結果はもちろん、残る六つの指標、特に飢餓と食糧安全保障に関連する指標が後退したことの痛みは、上記の進展で軽減できるものではない。しかし、そこにこそSDGsの目標達成に向けた進展状況をより体系的に区別しなければならない理由がある。
2015年のSDGs合意以来、どのような傾向に変化したかを調べてみると、目立った結果はさらに少ない。最も明確に進展が加速したのは、HIV感染の発生率、エイズ治療のための抗レトロウイルス薬の普及率、電気の利用可能性だ。エイズ治療のデータには、シエラレオネ共和国やコンゴ民主共和国といった、インフラの限られた低所得国での驚異的な躍進も含まれている。2000年代の初頭に体系的な政策対応を欠いていた地球規模の問題に対して人類が遂げた、目覚ましい進歩を示すものだ。
しかしながら、八つの指標については長期的な進歩速度に変化が見られず、九つの指標では減速の兆しが見られた(四つの指標については、長期的変化を評価できるだけの2015年以前のデータがなかった)。ここから読み取れるのは、SDGsについては、ひとつの物語だけで全体は語り尽くせないということだ。ほとんどの国々がある問題では前進し、ある問題では後退していて、今の世界には、成功と失敗を分類するためのもっとバランスの良いスコアカードが必要なことを示唆している。
そのうえ、減速は必ずしも驚きではない。パンデミックが極度の貧困にあえぐ人々の数を短期的に増加させたのは明らかだが、今では、その影響のほとんどは薄れている。この数年で大きな世界的ショックがいくつもあったのに、同じ核心的課題が今も根強く残っていることに人は気がつくーー極度の貧困が、貧困の削減に以前から悪戦苦闘していた国々に集中したままなのだ。
いくつかの指標では、見かけの進捗(しんちょく)率が正しい物語を語っているとは限らない。例えば、環境に関しては、環境保護区や温室効果ガス排出量の年次変化は、壊滅的な転換点を迎えるリスクについて多くを語るものではない。断崖の端へ突き進もうとしている車内に閉じこめられているとしたら、スピードメーターの数字にこだわっている場合ではない。時間切れになる前にブレーキをかけることに集中すべきなのだ。
転換点を正確に予測することはできないが、「プラネタリー・バウンダリー(地球の限界)」(地球上で人間が安全に生存できる活動範囲や限界点=訳注)の多くですでに限界値を超えているという証拠が増えてきている。地球温暖化を産業革命前の水準から1.5度までに抑えるという目標や、大量絶滅のリスクを食い止められるよう自然を十分に保護するという目標の道筋から、世界は大きく外れている。
SDGsに関連する個々の問題の中には、相反する物語が語られるものもある。小児死亡率の課題を考えてみよう。2015年から2022年にかけて、5歳未満の子どもの年間死亡数は610万人から490万人へと100万人以上減少した。その流れをつくっている要因は、国によってまちまちだ。20の発展途上国が早い改善を記録した一方で、40カ国以上が改善の遅れを示している。現在の傾向が続けば、2030年までに5歳未満児の死亡率を1千件中25件以下に減らすというSDGsの目標を、60カ国が達成できなくなる。これらの目標未達によって、2030年までに1千万人以上の死亡者が加わることになるだろう。
進展に心が浮き立つこともあれば、困難な課題について不安に駆られることもある。驚くべきことに、10年後にはナイジェリア、パキスタン、コンゴ民主共和国のわずか3カ国で、「子どもの超過死亡」の半分以上が発生する可能性がある。逆に言えば、国際的な協調努力を結集すれば、現地の指導者たちが世界全体の状況を根本的に変えるような飛躍的前進に寄与できる可能性もある、ということだ。
全体として、SDGsのニュアンスに富んだ評価は、現在の状況が求める冷静な現実主義と同時に励ましを与えることができる。先駆的な公衆衛生的な介入から、世界で最も過酷な環境で生きる人々の手にも届く「デジタルキャッシュ・セーフティーネット」(編注:デジタル技術を活用して提供される経済支援の仕組み)まで、科学技術の飛躍的進歩は、新しい形の進歩を推進し続けている。制度、資金調達、透明性の高い統治体制が同時に整った時、進歩はさらに加速する。
世界は警告のサインに満ちていて、途方もない重荷を背負わされたままの人が多すぎる。しかし、2020年代に入って世界的大混乱も起きているが、私たちは共通の成功基準に向けてーーたとえ蝸牛(かぎゅう)の歩みであってもーー全体的に進歩を続けている。希望を捨てる理由はどこにもない。問題は、すべてが悪化していることではなく、以前に比べて多くの物事の改善速度が上がっていないことなのだ。(翻訳:棚橋志行)