だれもが使えるフィンテックを:Visionary Voices
今回の筆者は、ともにクレジットカードブランドのVisaでインクルーシブ、持続性、国際的効果測定などを担うカール・マンラン氏と、アダナ・チュクウマ氏です。

今回の筆者は、ともにクレジットカードブランドのVisaでインクルーシブ、持続性、国際的効果測定などを担うカール・マンラン氏と、アダナ・チュクウマ氏です。
「Visionary Voices」は、論説記事を配信するプロジェクト・シンジケートが、発展途上国の直面する課題に関する専門家の論考を提供するシリーズです。with Planetでは、配信記事の中から選りすぐりを抄訳し、掲載します。
近年、世界は金融包摂の進歩に目覚ましい進展を遂げてきた。2011年からの10年間で、金融サービスを利用できる成人の割合はなんと50%も上昇し、4分の3を超えた。しかし、真に包摂的(インクルーシブ)な金融システムを構築するには、まだ長い道のりがある。金融商品と金融サービスの利用が可能な状況を拡大するだけでなく、これらの商品やサービスが世界に12億人いる障害者を含めた万人の役に立つようにしなければならない。
金融テクノロジー(フィンテック)の第1世代は、銀行口座を持たない人々の利用を容易にすることで、伝統的な銀行業務を揺るがした(モバイルマネーや少額融資〈マイクロローン〉を思い浮かべていただきたい)。イノベーションの次の波はさらにそれを進めて、「ユニバーサル・インクルージョン」を基本的な設計原則として採用しなければならない。ユニバーサル・インクルージョン(万人の包摂)とは、自分のニーズを確実に満たして幸福感を高めてくれる金融ツールを、万人が利用できてしかるべき、という考え方だ。
これがどんなものかを示す例は、すでに存在する。
業者が支払い端末を用意する必要なしに、スマートフォンを使って支払いを受けられるようにする「タッチ決済」技術を考えてみよう。利便性から安全性まで、売り手と買い手の全員にとって、この機能に利点があるのは明らかだ。また、現金を数えるのに苦労している目の不自由な人々も、より完全なかたちでデジタル経済に参加できるようになる。関節炎、多発性硬化症、パーキンソン病、脳性麻痺など、体の動きに問題を抱える人々も、タッチ決済技術の恩恵を受けられるかもしれない。
音声ベース決済も同様だ。万人にとって便利なシステムだが、視覚障害や運動制限、識字能力に困難を抱える個人にとっては欠かせない技術だろう。万人を包摂できる最高レベルの設計であり、障害の有無に関係なく誰もが利用できる実用的なシステムだ。つまり、このような技術が広く採用されることで、障害を持つ人々にとっての利便性がいっそう高まる。障害の62%は周囲から見えないため、便宜を図ってもらうことが非常に難しい場合もあるだろう。しかし、自分がすでに使っている「利用しやすい」ツールなら、誰も煩わしい思いはしないはずだ。
しかしその一方、一部の成功例はあるものの、金融商品開発への一般的な取り組みが包摂性に十分な重点を置いているとは言えない。これは道徳的な失敗であるだけでなく、経済的な「機会の損失」でもある。障害者はその友人や家族を含めれば、13兆ドルもの可処分所得を抱えている。寿命が延びるにつれてこの集団の数と消費力は上昇するだろう。
ユニバーサル・インクルージョンを追求する金融サービス会社は、この大規模な未開拓市場を開拓することから直接的な利益を得るにとどまらず、ほかの顧客、特に、若い世代にとって魅力的な存在にもなるだろう。
2018年の調査では、1980年から1994年に生まれたミレニアル世代の91%が、通常購入する商品を「目的主導型の」(社会におけるみずからの使命や存在意義を軸に事業を展開する=訳注)企業が提供する代替品に置き換える、と回答している。1990年代半ばから2010年代前半に生まれたZ世代も、社会的価値を重視するブランドに強く傾倒している。
ユニバーサル・インクルージョンを最大限に活用するため、金融機関は三つの柱に基づく新たなイノベーションの枠組みを採用すべきだ。
一つ目は「万人包摂的な」設計への取り組みで、そこではアクセシビリティ(利用しやすさ)への配慮が最初から解決策を形作ることになる。これは、最低限のアクセシビリティ基準を満たすよう事後的に調整が行われることの多い今日の「コンプライアンスに基づく取り組み」からの大きな転換を意味する。その成功は、設計過程のあらゆる段階にかならず障害者が参加できるかどうかにかかっている。
フィンテックの新たな枠組みの第2の柱は、データだ。全般的な金融包摂の進捗(しんちょく)状況を測定することは大事だが、グループやセグメントを区別して詳細なデータを集めることも大切だ。そのようなデータは、利用のしやすさだけでなく、サービスの質や、金融商品が利用者にもたらす金融面での幸福度の変化まで網羅すべきだろう。
最後に、明確な説明責任と報告基準が不可欠になる。規制の枠組みには、金融サービス機関がユニバーサル・インクルージョンの指標についての進捗状況を開示したくなるようなインセンティブを盛り込んで、それらの結果を従来的な財務指標と同じく報告書の基本と位置づける必要がある。
ユニバーサル・インクルージョンの恩恵は利益を超えて拡大する。万人が経済に余すことなく参加できるようになれば、経済はいっそう弾力と活力を備えたものになる。
また、十分なサービスを受けていない集団のニーズを満たす努力は、万人に利益をもたらすイノベーションとなる可能性がある。「カーブカット効果」(特定の問題で困っている人々を助ける支援が社会のより広い人々に好ましい効果を与えること=訳注)と呼ばれる現象がそれで、車いす利用者のために設計された歩道のスロープが、ベビーカーを押す親から配達員まで、多くの人々の生活を改善することにつながるのがその好例だ。
私たちはアクセシビリティを克服すべき障壁と見るのでなく、イノベーションと成長の触媒となる可能性がそこにひそんでいることを認識しなければいけない。金融サービスにおけるユニバーサル・インクルージョンで大切なのは、単に良いことをするだけではない。大切なのは良いビジネスをすることなのだ。(翻訳:棚橋志行)