USAIDの閉鎖方針、「国益中心」「米中対抗」で弱者切り捨ても
トランプ米大統領が打ち出した米国国際開発局(USAID)の閉鎖方針は、開発支援の現場にどのような影響をもたらすのか。明治大学の笹岡雄一教授が解説します。

トランプ米大統領が打ち出した米国国際開発局(USAID)の閉鎖方針は、開発支援の現場にどのような影響をもたらすのか。明治大学の笹岡雄一教授が解説します。
トランプ米大統領は1月、同国政府の国外援助を90日間停止して見直す大統領令に署名しました。これに伴い、国務省の傘下にある米国国際開発局(USAID)の閉鎖方針が示されています。USAIDは1961年に設立され、世界60カ国以上に拠点を持ち、人道支援や開発援助などに取り組んできました。援助資金の凍結やUSAIDの機能停止がもたらす影響について、明治大学ガバナンス研究科教授の笹岡雄一さんが解説します。
米トランプ政権の政府効率化省(DOGE)のトップを務めるイーロン・マスク氏は、「米国国際開発局(USAID)は犯罪組織であり、閉鎖すべきである」とし、トランプ大統領もこれに同意し、2月7日付で全世界の同庁職員に対して休職が発令された。
USAID長官代行を兼務するルビオ国務長官も一部の機能は国務省に吸い上げ、USAIDは独立した機関としては廃止される可能性があると議会に伝えた。1万人の組織が消える理由としてルビオ氏は、USAIDが実施する開発援助が米国民に恩恵をもたらしてこなかったと述べた。これは不正を強調したマスク氏とは違う事業評価の視点であったが、否定的であることに変わりはなかった。
また、マスク氏の言う政府機関の完全な廃止は大統領令では行えず、議会承認マターであるので、ルビオ氏は「再編成」という言葉を用いている。民主党内部にはつなぎ予算のもとでさまざまな意見があり、議会、裁判、公共の討論の場のどこを主戦場とするのかが決まっていない。
トランプ政権になってUSAIDに逆風が吹くことは予想されていた。
共和党はUSAIDの活動内容や人脈が民主党寄りだと解釈し、厳しいスタンスで接する傾向があった。今から30年ほど前に印象深い出来事があった。1994年の中間選挙で上下院ともに共和党が多数を占めると、米国の対外援助に対する批判が議会でわき起こった。
議論のなかには昨年上院院内総務を退任した穏健派のマコネル議員(共和党)も入っていた。民主党のクリントン政権は劣勢となった。ゴア副大統領の行政改革の指示に応じ、クリストファー国務長官は国務省がUSAID、米国情報局(USIA)、軍備管理・軍縮局(ACDA)の3機関を吸収する案を提出したが、ゴア氏はその案を受諾しなかった。
共和党は当時、冷戦が終わったのだから国家予算を国内問題に回すべきだ、援助は米国の安全保障や経済の利益になっていない、これらの観点からUSAIDは存在意義がないと批判した。人道援助など核となる部分は国務省に移管し、開発援助はNGOや事業実施機関に委託して援助の効率化を図るべきだとした。
クリントン政権は、米国には世界の新しい情勢変化に対応した役割があり、対外援助は長期的には経済的利益になるので、USAIDは合理化の努力をしながらも存続すべきであると反論した。共和党はUSAIDの国務省への統合を狙っていたが、クリントン政権は拒否権の発動で対抗した。共和党がはね返すには、両院で3分の2の支持を得る必要があった。共和党、民主党ともに党内にさまざまな議論があり、決して一枚岩ではなく、党派を超える議論もあった。
2025年の場合はどうだろう。民主党には議会で徹底抗戦すれば勝てるという意見もあるが、党内部に混乱がある。政府系労組は裁判所に提訴している。共和党議員はマスク氏にひきずられていたが、そもそも民主党とUSAIDの重点政策が似ているという疑念は拭えない。30年が経過して米国議会のキャパシティーや議員の行動パターンには明らかな劣化がみられないか。
トランプ氏とマスク氏は世界の貧困問題や人権などには基本的に関心はなく、さらにUSAIDや国連人口基金(UNFPA)、国連開発計画(UNDP)などが掲げるセクシュアル・リプロダクティブ・ライツ(性と生殖に関する権利)やジェンダーギャップの解消などには否定的である。この2人は、とりあえず彼らには目障りであって、現在の米国市民の関心が薄そうな海外援助機関USAIDをぶった切ってみせたのである。
世界のトップドナーである米国で国外援助の大枠を占める機関が圧縮される影響は甚大なものがある。特に人道援助と保健セクター、人権・ガバナンスと開発がリンクした領域では、国外援助のボリュームが急減する可能性がある。ドナーには得意領域があり、途上国ではドナーの援助調整ないしはすみ分けのようなものがあって、ドナーがセクターや地域を割り振っているという経験的な認識があるが、USAIDが抜けると大きな穴が生じるのは間違いない。
米国の援助は、日独のように中央政府を窓口とすることにあまりこだわらない。援助ニーズの高い地方においては、政府だけでなく市民、住民、企業を重視する。筆者は東アフリカ・ウガンダのムコノ県にある小学校を訪問したことがあったが、軒先に置かれた訪問者台帳の数ページ前にクリントン大統領の署名があった。
USAIDの縮小が国際的な援助体制に与える影響を考えてみたい。
まず、今回のこの決定の前から、開発援助は一般的に「国益中心型」や「米中対抗型」に変貌しつつあった。「国益中心型」では実質的に契約段階ではタイド援助、つまり自国の企業に発注するひも付き援助が増加していた。この傾向は東欧諸国が援助を開始するようになって強まり、かつ新興国が悠然とタイド援助をするのを見て、伝統的ドナーの方でもアンタイド化が止まった。次に、経済協力開発機構(OECD)の下部機関である開発援助委員会(DAC)における援助協調や政策対話の動きが、2010年代になって急速に低下した。
「米中対抗型」とは、中国の一帯一路構想(BRI)のインフラ支援に対し、米日豪印がインド太平洋構想(FOIP)を提示したような、中国との競争ないし対抗軸を明確にした援助である。特に日本には円借款スキームというローン型の援助があり、インフラ分野などで大きな融資を行うことができたので、中国のインフラ支援と真正面から競争する展開となった。よく知られている例は、インドネシアに対する新幹線の日中売り込み合戦である。
こうした二つの動きが既にあったところに今回のUSAIDの閉鎖事件が勃発した。スタッフや予算の激減が予想され、米国の援助ひいては国際援助に大きな変化が生じる可能性がある。米国の援助は日本などと比べて現地事務所の裁量権限が大きいこともあり、スタッフがいなくなれば、よい援助ができるわけがないだろう。
最も懸念されるのは、東アフリカで治安の悪いエチオピア、ソマリア、スーダン、南スーダンあたりである。また、中東のイラクやシリア、イエメンも同様である。これらの地域では、原因が環境問題にせよ紛争にせよ、難民や避難民が発生する確率が非常に高く、USAIDの人道・保健分野の支援が減ることで栄養不足が生じ、例えば深刻な飢餓が発生する懸念がある。
米国が対外援助の総額を減らさない場合、これらの地域への資源はどこに向かうのか。短・中期的にはガザ地域の再建であるが、ほかに予想されるのはルビオ国務長官の対中外交を支える対抗的な開発援助の利用であろう。そのためにUSAIDの予算を国務省にシフトしようとしている可能性もある。
エチオピアなどは既に中国に寄り過ぎたと思われたかもしれない。ケニアには副大統領をトランプ氏の就任式に招聘(しょうへい)して圧力をかけている。ただし、これまで保健セクターや人道系の援助が多かった米国が、急に中国と対抗するようなインフラ系の援助スキームを運用できるとは思えない。
USAIDの圧縮で米国は従来の二つの国際開発援助の望ましくない潮流である「国益中心型」「米中対抗型」をさらに強めることが予想される。「国益中心型」の場合、考え方によっては援助量を削減することになり、マスク氏の発想はそちらの方であろう。
他方、国務省のルビオ氏はその資源を米中対抗型に使いたいと考えている。この転換は、既に衰えているOECD-DAC内部や米欧諸国の援助協調の機運を弱めるであろう。米国が抜けた地域やセクターの援助を代わりに担えるアクターは、一部のNGOを除いてすぐには考えられない。この状況は中国には有利かもしれないが、中国もインフラやエネルギー分野に対する融資が多いので、米国の代わりを担えるわけではない。
また、米国が米中対抗の一環として、USAIDの予算を新興国グループ「BRICS」参加表明国などに使うのであれば、援助は貧しい国から中進国や豊かな国の方に配分されてしまうことになる。いずれにしても、米中対立の傾向が戦略外交の面で増していけば、国際開発援助はより弱者切り捨ての方向に向かうことになるだろう。
この文脈で米国はかつての冷戦思考に立つのか、北米・中南米の米州ゾーンの孤立主義をベースにするのか、今のところ前者に近いようである。日本が開発援助をより戦略化し、安易にトランプ政権と共同歩調を取るようなことになれば、国際社会のなかで弱者切り捨ての傾向を助長することになりかねないだろう。