2023年も「地球の健康」をむしばむ出来事が絶えませんでした。干ばつや大雨、ハリケーンなどの異常気象や自然災害、そして紛争――。これらは、低中所得国の、とりわけ脆弱(ぜいじゃく)な人々やコミュニティーに、時には生死にかかわる大きな痛みを強います。いま現場では何が起きているのか。国連やNGOで30年以上、アフリカ各地の開発・人道支援に携わり、現在は、国際NGO「プラン・インターナショナル」(本部・イギリス)で、中東と東・南アフリカ地域の責任者を務めるロジャー・イェーツさんにオンラインで話を聞きました。 

オンラインで取材に答える 国際NGO「プラン・インターナショナル」中東・東アフリカ・南部アフリカ地域ディレクター兼CEO特別代表のロジャー・イェーツさん

戦争、紛争 人道支援活動に影響

ーー2022年2月のロシアのウクライナ侵攻に続き、2023年10月にはイスラエルとイスラム組織ハマスの戦闘が始まりました。またイエメンやスーダン、シリアで内戦や武力衝突が起きています。アフリカや中東での人道支援活動にはどのような影響が出ていますか。

長引く紛争や度重なる異常気象が、支援を必要としている人たちに大きな打撃を与えています。憂慮すべきなのは、その深刻さが日ごとに増していることです。なぜなら、この地域での人道危機が次々と拡大しているからです。しかし関心はウクライナやガザに向かい、国際社会の支援は減っているのが現状です。

エチオピアやスーダン、コンゴ民主共和国の紛争は、社会が不安定な周辺地域を巻き込み、さらに広がることが懸念されています。スーダンの軍事衝突だけでも、600万人以上が国内外に避難を強いられています。和平プロセスも見えていません。

シリアは、大半の地域で戦闘が減っていますが、まだ人々が安全に暮らすことができる状態には程遠いですし、復興はほとんど進んでいません。国内外に多くの難民・避難民がいますが、隣国のレバノンやヨルダンは難民の帰還に向けた圧力を強めています。背景には、食料価格の上昇で自国民の不満が募る一方、国際社会の関心が低くなっていることがあります。新型コロナウイルス感染症のパンデミック(爆発的流行)は、すでに疲弊している人々の暮らしを悪化させ、回復を妨げています。各国政府は国民を支えるための財源や方策を十分に持ち合わせていません。

ーーウクライナ紛争は長引き、終わりが見えません。小麦の輸出が滞り、指摘にあったように市場価格が高騰しています。異常気象による農産物価格への影響も伝えられています。

中東・アフリカ地域において、「紛争や気候変動による人道危機は日ごとに増している」と語るロジャー・イェーツさん=プラン・インターナショナル提供

とりわけ中東諸国は、ウクライナ産の小麦への依存度が高いため、大きな影響が出ています。例えば、レバノンでは主食である小麦の60%がウクライナからの輸入です。またアフリカ大陸全体は長期にわたる干ばつに見舞われました。すでに主食となるトウモロコシの値段は40%上がり、他の穀類や牛乳なども軒並み高くなっています。

私はいまケニアの沿岸部に住んでいますが、観光業が新型コロナのパンデミックで打撃を受けたこともあり、貧困層のみならず、中間所得者層にも影響が及んでいます。多くの家庭では、1日に2食以上をとることすら難しくなっています。そしていまは東アフリカ、とりわけ「アフリカの角」と呼ばれる地域のソマリアやケニアで大雨が続いています。その結果、数カ月以内に食料不足や飢餓の発生が懸念されています。この地域の人道状況は極めて危機的と言わざるを得ません。

私たちの団体は、エチオピアでは国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)から資金を得て教育や子ども・女性の保護といった活動をしていますが、最近、予算の40%が削減されました。同じサービスの提供を求められていますが、かなり難しいと言わざるを得ません。南スーダンやマラウイでは、国連世界食糧計画(WFP)からの予算がカットされました。難民キャンプの住民の間に怒りが広がり、治安の問題からスタッフが一時的に退避しました。予算削減の理由は、ロシアが主要拠出国だったからです。こうした決定は現場から遠いところで無機質的になされますが、そのしわ寄せは常に最前線に行くのです。

ーーそしてイスラエルとイスラム主義組織ハマスとの衝突は、イスラエルのガザ地区侵攻によって新たな人道危機を生んでいます。

エジプトやヨルダンなど隣国から支援をしようとする動きは活発です。しかし最大の妨げになっているのが、ガザへのアクセスです。支援を現地にどのように届けるか、関係者は日夜尽力しています。一方で、この紛争は極めて政治的な背景があるため、私たち民間のNGOは傍らに追いやられている感は否めません。

重要なことは、いま起きている、あるいは悪化し続ける人道状況を広く世界に知らしめることです。うまくいった事例と思われるのは、かつてエチオピアで起きた飢饉(ききん)でした。世界中のメディアで大きく報じられ、国際社会の関心が集まり、多くの支援が寄せられました。ガザで今起きていることも、メディアで大きく取り上げられています。そしてその結果、残念なことに、メディアには多くは取り上げられないシリアやイエメン、エチオピア、スーダンなど「忘れられた人道危機」への支援が先細りとなっています。例えば、私の出身国であるイギリスですが、新型コロナ対策によって、開発援助予算が大きく削減されました。援助資金が減る一方、支援はウクライナやパレスチナに向かっています。

「重要なことは、いま起きている、あるいは悪化し続ける人道状況を広く世界に知らしめることです」と、筆者(下)に語るロジャー・イェーツさん(上)

新型コロナ、奪われた子どもたちの「機会」

ーー3年以上、世界を揺るがしてきたコロナ禍がほぼ収束しました。アフリカや中東地域にとって、新型コロナのパンデミックはどのような影響がありましたか。

欧米などと比べ、報告された感染者は少なかったです。理由は、検査体制が十分でなかったことや、欧米と比べて開放的な空間に暮らしていることなどが考えられます。高齢者が亡くなっても新型コロナとの関係がはっきりせず、統計に含まれていないことが多いかもしれません。一方、社会や経済への負の影響は甚大なものがありました。先ほど触れましたが、私が住んでいるケニアの沿岸地域は観光業に依存しているため、経済は壊滅的な打撃を受けました。高所得国とは異なり、政府からの支援も非常に限定的でした。

より深刻な影響として強調したいのは、子どもたちが、教育の機会や安心して成長する機会を奪われたという事実です。多くの国で、子どもたちが学校に行けず、またオンライン授業にも参加できませんでした。オンライン授業にラジオやテレビを活用したモザンビークは数少ない例外でした。また子どもは、生まれてから3年の間に栄養失調に陥ると、認知機能の発達に影響が出ることが分かっています。そうした子どもたちも多かったと思われます。もうひとつの影響は、女性に対する暴力、家庭内暴力、そして私たちの地域では児童婚が非常に増えていることです。つまり、親が、自身や子どもたちの生存戦略あるいは保護戦略として、少女たちを結婚させているのです。こうした負の影響は次世代まで長期に及ぶ可能性があります。

ーープラン・インターナショナルは、人道支援や緊急支援だけでなく、開発支援にも長年携わっています。その活動について教えてください。

女性の児童婚と、女性器切除といった有害な伝統的慣習への対処という主に二つの活動に取り組んでいます。現在、東・南アフリカの活動地域がある16カ国すべてで実施していますが、それぞれの社会規範に深く根ざしているだけでなく、貧困などを背景に、生きていくためにやむを得ない状況があるため、とても複雑な問題となっています。

私たちは政府に働きかけ、児童婚回避に関する法整備を進めています。南アフリカやボツワナ、ジンバブエなどからなる南部アフリカ開発共同体(SADC)では比較的うまくいっている取り組みがあり、それを域内に広げていこうとしています。ただ法律があるだけでは十分でないことも認識しており、伝統的指導者たちとの協力を重視しています。特に南部アフリカでは、伝統的指導者は現地での信頼が厚く、その地域での結婚を阻止する力が非常に強いからです。また学校や少女たち自身、親たちなど、あらゆる関係者に対して活動をする必要があります。当事者が関与することがとても大切だからです。

その結果、貧困や紛争など多くの困難があるにも関わらず、多くの国で児童婚の数値が目に見えて減っています。マラウイでは児童婚が減少傾向にあります。この国には、国内だけでなく地域全体をリードしてきた伝統的指導者である素晴らしい女性がいます。彼女は議会レベルでも児童婚の解消を推し進め、政府もこれを後押ししています。罰金を科すこともできるようになり、地方でも実際に両親ともに罰金を科される事例がありました。また伝統的な権威によって結婚自体が破棄され、女の子が学校に戻るということが実際に起きています。これは政治的な意志、そして社会の意志があるからこそ実現したことです。今後、5年から10年、あるいは20年以上かかるかもしれませんが、少しずつ変化し始めていることを実感します。

一方で、依然として結婚の40%が18歳未満というモザンビークのような国もあります。

こうした活動を続ける中、改めて教育の重要性に気付かされます。児童婚よりも良い選択肢があることを学ぶということが大切なのです。また在学中に妊娠、出産しても、学校に戻って教育を受けられるような環境を整えるようにしています。さらに若者が収入を得る機会を増やすことが問題解決につながると考えており、起業に関する活動も多く行っています。とりわけ女性が職業訓練などを通じてスキルを身につけることで、就労する可能性を広げる取り組みを行っています。

「ブルーエコノミー」の起業を支援

ーー起業支援では、どのような事例がありますか。

私たちがケニアの沿岸部で始めたばかりのプロジェクトは、ブルーエコノミーに関連するものです。(筆者注:世界銀行は、ブルーエコノミーを「海洋生態系の健全性を維持しながら、経済成長、生活向上、雇用のために海洋資源を持続的に利用すること」と定義している) 

この地域の人々は伝統的に漁業で生計を立ててきましたが、漁に出るのは男性の役割で、女性は細々と海藻を採っていました。しかし海藻を浜辺で乾燥させるため、砂が混じって品質が低くなってしまったそうです。

また現金収入を得るため、マングローブを伐採し、炭にしたり、建築材にしたりして売っていました。しかし、この地域では海面上昇が起きており、海岸線を守るためにマングローブを健全な状態に保つことが必要です。それには、地域社会がマングローブを保護し、そこから何か価値を見出すことが重要となってきます。

そこで研究機関や海外の商社などの協力を得て、新たな種の選定や生産技術の改善など、付加価値を生む海藻栽培に取り組み始めたのです。乾燥させた海藻は加工され、輸出向けの石鹸やボディーローションなどの原材料に使われます。マングローブは、二酸化炭素の吸収量が普通の森林の約2倍といわれているほか、魚の生息にとっても大切な役割を果たしています。私たちはこの機会を利用して、地域の人々に気候変動や環境問題を理解してもらうための意識向上にも努めています。