気候変動が影響、対策に新たな課題 マラリア・ノーモアCEOに聞く
毎年2億人以上が新規感染するマラリア。気候変動により媒介する蚊の生息域が変わるなど変化が起きています。撲滅を目指す国際NGOのCEOに、闘いの現状を聞きました。

毎年2億人以上が新規感染するマラリア。気候変動により媒介する蚊の生息域が変わるなど変化が起きています。撲滅を目指す国際NGOのCEOに、闘いの現状を聞きました。
私たちは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックを通して、感染症が国境を越えて一気に広がり、社会的な弱者などの命を奪う現実を目の当たりにしました。いま世界には様々な感染症があり、その多くは途上国で発生・流行し、子どもや妊産婦、貧困層などが犠牲になっています。HIV/エイズ、結核とともに、「三大感染症」と呼ばれるマラリアもその一つです。2030年までにマラリアの撲滅を目指す国際NGO「マラリア・ノーモア」(本部・米国)のCEO、マーティン・エドルンドさんに「マラリアとの闘い」の現状や課題を聞きました。
ーーこれまで世界はマラリアにどのように向き合ってきましたか。
2000年に開かれたG8九州・沖縄サミットを契機に感染症への取り組みが本格化しました。三大感染症対策に取り組む国際機関「世界エイズ・結核・マラリア対策基金」(グローバルファンド、本部・ジュネーブ)が2002年に発足したほか、2005年には米国のブッシュ大統領によって「大統領マラリアイニシアチブ」が始まりました。私たちの団体も後者に合わせて、2006年に立ち上がりました。その結果、マラリアの蔓延(まんえん)国だった21カ国が撲滅に成功し、世界では100万人以上の命が治療により救われ、20億人以上が予防策により感染を回避することができました。
しかし現在は、足踏み状態が続いています。今でも世界では、毎年2億1千万人以上が新たに感染し、年間60万人以上が死亡しています。そしてその多くは5歳未満の子どもと妊婦です。
ーーマラリア対策はこれまで目覚ましい成果を上げてきたのに、おっしゃる通り「足踏み状態」になっているのはなぜですか。
新しい課題に直面しているからです。これまで殺虫剤を繊維に染み込ませて作られた蚊帳が、予防に大きな効果を発揮してきました。しかしそれが蚊に効かなくなったという耐性の問題があります。治療薬に対する耐性も生まれ、治療が難しくなる事例も出ています。
さらに気候変動の影響も影を落としています。温暖化の結果、蚊の生息地域が広がっています。最近では米国国内で、海外から持ち込まれたものではないマラリア感染の事例も報告されました。
降雨パターンの変化にも懸念があります。雨季がこれまでよりも長くなっているのです。感染症シーズンが長くなり、つまり対策が必要な期間も延びることになります。また異常気象による洪水が多発しており、感染リスクが高まっています。実際、パキスタンやマラウイ、モザンビークなどではマラリア感染の増加が報告されています。マラリアは気候の影響を受けやすいのです。
サイクロンの直撃を受けたマラウイからの報告はこちら。
ーー貧しい国ほど、より大きな被害が出ています。
世界銀行は、1億3200万人もの人々が極度の貧困に陥る可能性があると見積もっています。気候変動の影響により、2030年までに1日1ドル90セント以下で暮らす人がそれだけいるということを意味しています。そしてこの数字が何に起因しているのかを詳細に調べたところ、そのうちの3分の1にあたる4400万人が、気候が健康に及ぼす影響、特にマラリアやデング熱などが主な原因となって、極度の貧困に追い込まれる可能性があると指摘しています。
そしてもう一つ、特筆すべき現象が起きています。これまでマラリアは「農村部の貧しい人々の病気」と言われてきました。感染地域の多くが農村部で、夕方から明け方まで、屋内で活動するハマダラ蚊に刺されることで罹患(りかん)していたからです。ですから、薄暮の時間に蚊帳の中にいれば安心でした。しかし最近は、ハマダラ蚊が昼間に屋外で活動し、刺すことが報告されています。「アフリカの角」と呼ばれるジブチで最初に確認され、最近では、アフリカ最大の人口を抱えるナイジェリアをはじめ、中央アフリカ全域に広がっています。この結果、蚊帳という非常に効果的な予防手段だけに頼ることができなくなりました。
ーーCOVID-19はマラリア対策にどのような影響を及ぼしましたか。
COVID-19の爆発的流行が始まってから最初の2年間は、大きな混乱をもたらしました。世界保健機関(WHO)は、COVID-19に関連し、6万3千人の死者と1300万人の感染者が出たと推定しています。分かりやすい話ですが、例えば、ロックダウンになれば、マラリアの検査や治療をタイムリーに受けられなくなります。マラリアは発熱から24時間以内に死に至らしめる可能性があることが分かっています。しかし、コロナ禍で人々は家を出たがりませんでした。その結果、死者が急増したのです。地域医療従事者のリスクも高まりました。
とりわけ大変だったのは、予防用の蚊帳の配布を続けることでした。しかし政府、コミュニティーヘルスワーカー、援助国・機関の献身的な努力によって、目標の85%から90%が最終的に配布されました。
一方、財政的な面でも大きな負担が生じました。COVID-19対策のためすでに債務危機に瀕していた国々は、さらなる財政支出を強いられました。国際社会は保健支援に関する対外援助を増やしましたが、必ずしも十分ではありませんでした。また検査薬や治療薬、ワクチンなどのツールのコストが上昇し、マラリア撲滅のキャンペーンを進めるための障害になりつつあります。
ーーCOVID-19対策をめぐっては、「ワープスピード」と呼ばれるほど、きわめて短期間にワクチンの開発が進んだことが印象的でした。
WHOが最初のマラリアワクチンを承認するまでに40年近くが必要でした。COVID-19とはとても対照的です。ただコロナワクチンの開発によって、より迅速な技術革新やツールの改良が行われ、マラリア対策の様々な手段にとって大きなプラスになっています。人類史上初めて、有望なマラリア対策のツールが開発される素地が生まれていると断言できます。予防、治療、ワクチン、蚊をコントロールする新しい技術など、あらゆる面で革新が進んでいます。これらのツールの多くは、今後2〜5年のうちに、実験室から人命を救える現場へと移行し始めるでしょう。
ーーマラリアのワクチン開発の現状について教えてください。
WHOは2021年にRTS,Sワクチンを初めて承認しました。マラリア原虫のうち、世界的に最も死者が多く、アフリカで最も蔓延している熱帯熱マラリア原虫に対して効果を示します。マラリア原虫に対するワクチンはこれまでになく、子どものマラリア感染を予防する画期的なものです。ただその有効性は30〜35%とされ、ワクチンの基準としては決して高くありません。最近の研究では、季節性マラリア薬との併用によって有効性が60%程度まで改善されることが分かっています。来年からアフリカの12カ国に1800万回分が割り当てられることがすでに決まっています。
一方で、課題もあります。一つは費用です。ワクチンは現段階では4回の接種が必要で、1回あたりの費用は9〜10ドルです。つまり子ども1人につき、35ドルから40ドル程度が必要となり、私たちが希望するよりも高額となっています。またワクチンの効果を高めるために併用される物質(アジュバント)の供給量が非常に限られている点も懸念されています。実際、このアジュバントは、結核ワクチンなど、他の医薬品にも使われているため、需要を満たすのに必要な量を製造することはきわめて難しいのです。
いま最も期待されているのが、まもなくWHOによる承認が見込まれているR21というワクチンです。(編集部注:WHOは10月2日に承認を発表しました。インタビューは発表前に行われました)
ブルキナファソで実施された臨床試験では、ワクチンの有効性が70〜80%と高いことが示されました。現在実施されているフェーズ3の臨床試験は、ブルキナファソ、ケニア、マリ、タンザニアで実施され、5千人近い子どもたちが参加しています。また費用面において、R21ワクチンは1回あたり4ドル程度と見積もられており、必要とされる3回の接種で合計12ドルで、比較的安価で提供できます。アジュバントは入手しやすく、大量生産も可能との見通しです。
このほか予防接種や、蚊の遺伝子組み換えなどでも大きな進展が見込まれています。マラリア撲滅に向けて、歩みが加速されると信じています。
with Planetは、10月9日(月・祝)~12日(木)の予定で開催される国際シンポジウム「朝日地球会議」に参加します。with Planetのセッション「プラネタリーヘルス最前線 気候変動と感染症のいま」は、マラリア・ノーモアの日本支部である「マラリア・ノーモア・ジャパン」の特別共催によって、12日12:00~13:00にオンライン配信されます。視聴申し込みはこちらからできます。登録は無料です。