日本政府は2023年6月、途上国援助(ODA)の基本方針となる「開発協力大綱」を改定しました。新しい大綱は、ODAを「外交の最重要ツールの一つ」と位置づけ、エネルギーや食料をめぐる危機、気候変動、保健といった、途上国が直面する課題への関与の強化を打ち出しています。また新たに導入される、日本の強みを生かした協力を途上国からの要請を待たずに積極的に提案する「オファー型」をめぐっては、賛否両論があります。いま途上国で、日本による援助協力がどのようになされているのでしょうか。3月に訪ねた西アフリカのセネガルで現場を歩きました。シニアエディターの藤谷健が3回に分けて報告します。 

生まれ来る命を守る支援

首都ダカールの喧騒(けんそう)を離れ、東に車を走らせること1時間余り。ティエス州の州都ティエス市に入った。同州の人口は、首都のあるダカール州(約390万人)に次いで、2番目に多い約220万人。だが公立病院の数は、ダカール州に14カ所あるのに対して、ティエス州にはわずか3カ所しかない。そのうち最も高次の医療を提供するのが、町の中心部にあるティエス州病院だ。東西南北の幹線道路が交差する要衝に立地するため、州内のみならず、他の州や隣国のガンビアやギニアビサウ、ギニアなどからも患者が訪れる。診療件数は増える傾向にあり、2019年は年間12万件近くにのぼった。

この病院は、日本の国際協力機構(JICA)がセネガルで展開する、母子保健サービスの改善や看護師・助産師の質向上を目指すプロジェクトの対象となっている。

病院の分娩(ぶんべん)施設を訪ねると、ピンク色の布にくるまった女の赤ちゃんが母親に抱かれていた。アラム・チュウンさん(36)は長女を4日前に出産したばかりだという。助産師のザフィ・アーンジュ・バさん(49)から、産後ケアなどについて助言をもらっていた。チュウンさんの手には母子健康手帳が握られている。「初めての出産だったので最初は不安もありました。設備が整っていて、助産師さんの経験も豊富だったので委ねようと思いました」。産後の肥立ちは順調だという。

助産師のバさんは、この仕事を始めて23年になるベテランだ。現在、病院に所属する44人の助産師チームの責任者を務める。バさんは3年前、JICAがセネガルで進める「母子保健サービス改善プロジェクト」の研修に、同僚の3人の助産師とともに参加した。バさんやJICAセネガル事務所の担当者によると、6日間の研修は、世界保健機関(WHO)の分娩のケアガイドや医学的根拠に基づいた医療、できるだけ自然に近い形での分娩や産後ケアなどについて、必要な知識や技術などを、座学やグループワーク、演習を通じて学ぶという。

母子ケアに欠かせない「人権」の視点

プロジェクトを担当するJICA専門家で、医師の本田真梨さんによると、プロジェクトの目標の一つが、「妊産婦・新生児が尊重されたケア」の普及だ。「助産による分娩を基本として、科学的な根拠に基づかない慣習などによる誤った方法を正したり、不要な医療介入をなくしたりすることを目指している」と狙いを話す。本田さんは「母子のケアには、人権の視点が欠かせない」と指摘し、保健社会活動省と二人三脚で、こうした「哲学」を役所や病院、地域の保健施設などの関係者に普及させ、包括的な仕組みづくりに結びつけるための取り組みを進めている。

JICA専門家の本田真梨さん=2023年3月9日、ダカール市内の保健社会活動省母子保健局、中野智明氏撮影


セネガルでは、妊産婦死亡率や新生児死亡率が、国連の持続可能な開発目標(SDGs)の目標値と比較すると、それぞれ3倍以上、2倍以上も高い。このため現在、国を挙げて、母子保健の改善に取り組んでいる。JICAは2009年からセネガルでプロジェクトを始め、2019年からは国家計画に歩調を合わせる形で、第3フェーズに入った。

ティエス大学准教授で、州病院の産婦人科の責任者、マリエトゥ・チャム医師(46)は「母子の持つ自然な『産む力』や『生まれる力』を尊重し、できうる限り人間的なお産を目指すという考え方はとても大切だ。そのために必要な知識や技術を研修を通じてアップデートし、彼女たちがリーダーとなって現場の助産師に広げていくとともに、施設などの改良も進めていきたい」と話す。

マリエトゥ・チャム医師=2023年3月13日、セネガル・ティエス市のティエス州病院、中野智明氏撮影

本田さんは「現場では理想の環境に整えるための物資が十分とは言えず、とりわけ村落レベルでは資格を持つ助産の担い手が不足している」と課題を指摘しつつ、新型コロナウイルス感染症のパンデミックで止まっていた研修や連携強化の取り組みを今後加速させていきたいと意気込む。

点から線、面へ 制度化が課題

日本は戦後、保健所を中心とした行政や民間、地域社会が一体となって母子保健や結核対策などに取り組み、課題を克服したという歴史がある。こうした経験や知見を生かした母子保健サービスの援助協力は、日本のODAが得意としてきた分野だ。

このうち「人間的なお産」を掲げたプロジェクトは、1996年のブラジルを皮切りに、これまでボリビアやマダガスカル、カンボジア、セネガルなど計8カ国に広がる。「人間的なお産」の考え方は、その後、国連人口基金(UNFPA)やWHOなどでも「最も望ましい母子ケア」(respectful maternity care)として提唱されるようになった。

セネガルで2009年に始まったフェーズ1は南東部の辺境2州で、2012年からのフェーズ2では全14州で、それぞれ助産の現場を中心とするパイロットプロジェクトを展開した。「これまで『点』だった支援を『線』、そして『面』に広げようとする」(JICA幹部)取り組みが現在のフェーズ3になる。ティエスなど四つの州に絞り込み、医師や助産師の養成を担う州の拠点病院や大学、当局にモデルを普及していくことで、より多くの人材育成や組織間の連携強化を目指している。

今後、いかにセネガル政府がこうした取り組みを制度化し、自らがより一層、主体的に広げていくことができるかが課題になる。

(中編では、セネガルでの「国民皆保険制度」導入の取り組みを紹介します)