忘れられた紛争 「人道砂漠」スーダンの現状と平和構築への道とは
スーダンで続く紛争では多くの人々が人道的な危機に直面しています。国境なき医師団などが開催したセッションで現状が話し合われました。

スーダンで続く紛争では多くの人々が人道的な危機に直面しています。国境なき医師団などが開催したセッションで現状が話し合われました。
スーダンで2023年から続くスーダン国軍(SAF)と準軍事組織「即応支援部隊」(RSF)の武力衝突。これまでに860万人以上の避難民・難民が発生し、飢餓の危機にある人は1770万人に上る。スーダン全土で人道危機が深刻化し、今も犠牲者は増え続けている。しかし、国際社会での関心は低く「忘れられた紛争」になりつつある。 スーダンで今、何が起きているのか。国境なき医師団(MSF)と赤十字国際委員会(ICRC)が共催し、4月23~25日に開かれた「人道援助コングレス東京2024」において、現地で人道支援にあたってきた国連やNGO、地元政府関係者らが報告した。現場の人々が語るスーダンの現状とは。
スーダンに入国するビザを取得するのは容易ではない。さらに、国内でも各勢力による移動制限が加わるため、各国から報道陣が入って自由に取材し、状況を伝えることは難しい。人道援助団体員の入国も自由にはできない。そんな背景もあり、日本に届く情報は乏しい。
それでも、いくつかの証言をつなぎ合わせると、その人道状況が極めて危機的だということが浮かびあがってくる。
「全てのものが略奪された」
壁がはがれ落ち、がれきが床に広がる病院の写真を見せながら語ったのは、スーダン国民健康保険基金(NHIF)のファールーグ・ N・O・ムハンマド総裁だ。医療現場での物資調達や医療財政を専門とし、現在もスーダンで医療活動を続けている。
ムハンマド氏は、こう続けた。
「支援を必要とする人々は、国民の3人に1人にあたる1470万人。このうち、15%にあたる230万人にしか支援が届かず、必要とする資金27億ドルのうち、5%しか調達できていない。NHIFが医療を提供する施設は、3555カ所から245カ所に減った」
首都ハルツームのほか、西部ダルフールや中部コルドファンなどで、医療施設の多くが攻撃を受け、損壊している。医療機器や薬品だけでなく、車両も略奪されている。インフラも脆弱(ぜいじゃく)で、電子システムも停止しているという。
その結果、人々はどのような状況に置かれているのか。
1970年代末からスーダンで活動をはじめ、現在も11州に拠点を維持するMSFの緊急対応セル副マネージャー、クレア・ニコレット氏は次のように伝える。
「空爆や砲撃による負傷者はもちろん多い。ただ、もっと深刻なのは栄養失調だ」
ニコレット氏によると、北ダルフール州のザムザムキャンプでは、5歳未満の子どもの4人に1人が急性の栄養失調だという。妊娠中もしくは授乳中の女性は40%が栄養失調。子どもが2時間に1人、命を落としている状況だという。
民族間暴力が激化し、市民を対象にした略奪、性暴力、殺害も蔓延(まんえん)。西ダルフール州からチャドにかけては、殺害された人のうち男性が8割を占めた。チャドにある、MSFが支援する保健省の病院では2023年6月、スーダンから逃れてきた銃撃による負傷者を1千人以上、受け入れた。
他の地域の状況はどうか。
日本国際ボランティアセンター(JVC)スーダン事務所の現地代表で、北部ポートスーダンを拠点に活動する今中航氏は、JVCの活動地域の一つである南コルドファン州で「死傷者も避難民も多数発生している」と証言する。
同州では、SAF、RSFに加えて、スーダン人民解放運動北部(SPLM-N)という武装組織が入り乱れて衝突が起きている。
亡くなった戦闘員の葬儀が毎日のように行われている状態で、不発弾に接触して亡くなる子どもや、保護者を亡くして孤児となる子どもも増加しているという。学校は1年以上休校状態で、居場所のない子どもたちの心理的なストレスが増大している。
なぜ、このような惨状になっているのか。
ニコレット氏によると、スーダンで現在も機能する医療機関は全体の20~30%とみられる。しかし機能しているとされる現場でも、医療物資、スタッフともに足りていない。
最大の問題は、組織的な移動制限による医療アクセスの遮断だ。
ニコレット氏は「ワドメダニや、ハルツーム、特に南ハルツームやジャジーラ州といったRSFが支配する地域への(政府からの)移動許可が下りない」と話す。現在、ハルツームで活動する国際的な人道援助団体はMSFを含め二つのみだ。しかも、南ハルツームにある病院には、政府の許可が下りないために、医療物資もスタッフも送ることができない状況が半年以上続いているという。ダルフールへの支援に関してもチャドから物資や人員を送るのが最善策だが、政府側による制限がかかっている。
これらは昨年5月にSAFとRSFがサウジアラビア・ジッダで合意した、国際人道法を順守して市民を保護し、人道援助活動を支えるという「ジッダ宣言」に反するだけでなく、市民から医療を奪うことになっている。
国際人道法に基づき、いかなる状況でも尊重されるべき医療や人道援助が行き届かず、救えるはずの命が失われている。これが、スーダンの現状だ。
ニコレット氏はこの状況を「人道砂漠」と表現する。
紛争勃発から1年が過ぎたが、解決の兆しは見られない。
今年2月まで国連スーダン統合移行支援ミッション(UNITAMS)カドグリ地域事務所長を務めていた窪田朋子氏は「外部からSAF、RSFへ武器が流入し、複雑化している」と、その要因を指摘する。
UNITAMSはスーダンの民主化統治への移行を支援するために2020年に立ち上げられた国連の特別政治ミッションだ。今年2月に安保理決議によって閉鎖が決まるまで、軍部や市民社会など様々な立場の人々による対話を促してきた。
昨年4月からの紛争は、ある日突然始まったわけではない。
スーダンはアフリカ大陸で、サハラ以北のアラブ文化圏と、サハラ以南の文化圏が混ざり合う場所に位置する。
アラブ系とアフリカ系、農耕民と遊牧民、イスラム教とキリスト教、土着信仰など、民族、宗教いずれにおいても多様性に富む。その多様性が社会構造を複雑にし、2度にわたる「アフリカ最長の内戦」や、30年以上続いた独裁政権につながったという背景がある。
2019年、市民の民主化要求デモの下で、政権を維持し続けてきた当時のバシール大統領が失脚。UNITAMSも仲介に入って民政移管を進めることになり、人々も希望を見いだしていた。
しかし、民主化移行プロセス下で軍部による政変が発生、さらに治安組織の一元化を巡りSAFと、RSFの対立が表面化。紛争勃発につながった。利権をめぐる争いは国内勢力のみならず、混乱に乗じて自国に有利なかたちの次期政権樹立を狙う周辺国まで入り込み、「代理戦争」の様相も呈している。
加えて窪田氏は、SAF、RSFの周辺に存在する複数の武装勢力の存在も指摘する。
「SAF、RSFの対抗軸が中心にありながら、統率のとれていない複数の武装集団が紛争に加わっている。仮に将来、SAF、RSFの両当事者が停戦に合意したとしても、周辺の武装集団がその決定に従わないのではないかという懸念もあります」
紛争勃発からこれまで、前述の「ジッダ宣言」を基に米国とサウジアラビアが主導するジッダプロセスを皮切りに、各国による仲介努力が行われてきた。今年1月にも、バーレーンでSAF、RSFの副官及びエジプトやアラブ首長国連邦など紛争当事者に影響力のある周辺国の代表者による会合が開かれた。しかし、いずれも停戦合意は実現できていない。窪田氏は「仲介努力が乱立することで、結果的に効果が限定的になってしまっている」と指摘する。
窪田氏はSAFが攻勢をみせる現状を踏まえ、今後の交渉について「戦況が自派に有利な状況にしたうえで交渉の席につくまで、戦闘を続けるのではないか」とみる。今後、人道状況が更に悪化する可能性も十分にありそうだという。
混迷を極めるスーダンで、平和への道筋はどのように描くことができるのか。
外務省でアフリカの角地域関連担当の特命全権大使を務める清水信介氏は、
・人道アクセスの確保
・調停努力
・政治対話の活性化
の3点が重要だと指摘する。
ニコレット氏が「人道砂漠」と表現した状況で、まずは人道支援機関が物資の輸送経路を確保したうえで適切な医療や支援を提供し、また人道援助を必要とする人々もこうした支援につながることができるような人道アクセスを確保することで、人々の命を守ることが急務だ。
清水氏は、この点について「特に、(西隣の)チャドから国境を超えた支援、戦線(支配する勢力が変わるライン)を超えた支援の確保について、スーダン政府への働きかけが重要だ。日本政府も働きかけを続けている」と語る。
調停努力については、清水氏は今一番可能性が高いプラットフォームは、ジッダプロセスだと話す。
スーダンを含む東アフリカ周辺8カ国で構成する準地域機構である「政府間開発機構(IGAD)」が今後、このジッダプロセスの協議に参加することが決まっている。エジプト、アラブ首長国連邦など紛争当事者に影響力のある国も参加する方向で調整が行われているという。日本政府もIGADを支援する姿勢を打ち出し、50万ドルの拠出を決定している。国際社会が協調し、暴力の停止に向けた姿勢を打ち出すことが重要となってくる。
最後に忘れてはならないのが、民政移管に向けた政治対話の活性化だ。
清水氏は「紛争下であろうと、並行して包括的な対話を促す取り組みをしていかなければならない」と強調する。スーダンでは市民らが、民政移管を求め声を上げて立ち上がってきた歴史がある。窪田氏もこうした背景にも触れ、「スーダンの人々の希望が押しつぶされさしまわないよう、見守っていく必要がある」と話した。
スーダンは2003年から2020年まで、「世界最悪の人道危機」と呼ばれたダルフール紛争を経験した。しかし、米国など地域外大国の関与が薄いスーダンでの紛争の存在は、大国が直接関与する他の紛争の陰に隠れ、国際社会の対応が遅れてきたのも事実だ。
ダルフール紛争は、ほぼ同じ時期に米国が仕掛けて混乱が広がったイラク戦争の陰に隠れ、国際社会やメディアの関心は低いままだった。
現在続くスーダンでの紛争も、ロシアが侵攻したウクライナでの戦争や、イスラエルを支える米国の動向が注目を集めるパレスチナ・ガザ地区での紛争の激化の陰に隠れるかたちとなっており、国際社会とメディアの強い関心を集めるに至っていない。
これ以上スーダンから目を背けることなく、スーダン社会の再構築に向けて日本社会、そして国際社会が協働して平和への道筋を作っていくことが求められている。
(配信後にご指摘を受け、記事中の一部表現を修正しています)