国の成長に不可欠な学校給食:Visionary Voices
今回の筆者は、ゴードン・ブラウン元英首相と、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのフィロズ・ラルジ・アフリカ研究所客員教授を務めるケビン・ワトキンス氏です。

今回の筆者は、ゴードン・ブラウン元英首相と、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのフィロズ・ラルジ・アフリカ研究所客員教授を務めるケビン・ワトキンス氏です。
「Visionary Voices」は、論説記事を配信するプロジェクト・シンジケートが、発展途上国の直面する課題に関する専門家の論考を提供するシリーズです。with Planetでは、配信記事の中から選りすぐりを抄訳し、掲載します。
2015年に国連の持続可能な開発目標(SDGs)を採択した際、各国政府は飢餓と貧困の撲滅を誓った。しかし、SDGs達成期限の2030年が近づいてきた今、当初の野心と現状には隔たりが生じている。2020年代は持続可能性の発展にとっての「失われた10年」になりかけていて、この減速の影響をもろに受けようとしているのが、世界で最も弱い立場にある子どもたちだ。
SDGsが描く未来は、手の届かないところまで遠ざかろうとしている。2030年には、およそ6億2千万人が「極度の貧困」(世界銀行の定義では、1日あたりの所得が2.15ドル未満)に陥ると予測されている。飢餓撲滅に向けた前進は10年以上前に行き詰まった。現在のペースでいくと、2030年には5億8200万人が慢性的な栄養不足に陥ることになる。これはSDGsが採択された10年前と同じ数字だ。
大きな目標と達成の間に広がってきているこのギャップは、18歳未満の若者に偏ったかたちで悪影響を及ぼしている。子どもたちの数は世界人口の約3分の1なのに、世界の貧困層の半分以上を子どもたちが占めているのだ。現在、極度の貧困レベルで暮らす3億3300万人の子どもたちのうち、2億3700万人が、サハラ以南のアフリカにいる。国連と世界銀行の予測に基づく私たちの推計によれば、2030年までにこの数は3億2600万人へ増大するだろう。
栄養不足が壊滅的な被害をもたらしている。世界最貧の国々で、およそ2億5800万人の子どもたちが飢えに苦しんでいる。2015年に比べて5600万人増えている計算だ。こうした子どもたちにとって、飢餓はときおりのストレス要因ではなく、日常的に彼らを苦しめる過酷な現実なのだ。慢性的な栄養不足で何百万人もの子どもたちが発育阻害の影響を受けている。発育阻害は脳の発達を低下させる主要な危険因子のひとつだ。発育阻害の子どもたちの割合は減少しつつあるが、SDGsの目標達成に必要な数字の4分の1に過ぎず、南アジアとサハラ以南のアフリカでは依然として30%を超えている。現在の進捗(しんちょく)率では、飢餓に関するSDGsの目標が達成された場合よりも3600万人多い子どもたちが、発育阻害にさらされることになる。
貧困と飢餓は、教育の成果や社会的流動性に壊滅的な影響をもたらす。2030年の目標達成期限までに約8400万人の子どもたちが教育を受けられなくなる恐れがあり、「質の高い教育をみんなに」という目標への前進が損なわれている。教育を受けられない思春期の若者たちはしばしば労働や早婚を余儀なくされ、より良い未来への希望を打ち砕かれる。また、教室での空腹は集中力と学習の大きな妨げになる。
SDGsをめぐる議論は、期待はずれの進捗状況に対する不毛な嘆きに終始することがあまりに多い。しかし、貧困と飢餓に苦しむ子どもたちに、不毛な心配をしている余裕はない。彼らには2030年までに、暮らしを明確に改善できる現実的な政策が必要なのだ。その目標に向けて、私たちは最貧の国々ですべての子どもに学校給食を提供すべく、国際的な新しい資金調達の仕組みに支えられた大規模なイニシアチブ(取り組み)を提唱している。
インドやブラジルなど多くの国のプログラムが示してきたのは、学校給食の提供は栄養状態を改善し、子どもたちが飢餓による発育阻害にさらされることなく学習できるようにするものであり、子どもの貧困を減らす最も費用対効果の高い方法であることだ。最貧困家庭にとって、学校給食は、家計の圧迫を和らげて子どもたちの教育継続を可能にしてくれる現物支援なのだ。その結果、就学率が高まり、特に最貧困層の子どもたちの中退率が下がる。学校給食はまた、子どもたちの学習意欲を高めてもくれる。ガーナの大規模な学校給食プログラムは、就学年数が1年延びたのと同等の学習成果をもたらした。
学校給食の調達には、最貧困層のおよそ80%が暮らす農村地域に経済的な好機をもたらすという利点もある。ブラジルでは学校給食の予算の3分の1を小規模農家に充てることで、子どもたちの健康的な食生活と、より弾力的で持続可能な生活手段を結びつけている。
「無料学校給食アライアンス」の「持続可能な金融イニシアチブ」が行った調査によれば、世界最貧の国々であと2億3600万人の子どもたちに無料の学校給食を届けようとすると、2030年まで毎年36億ドルの費用がかかる。その資金の多くは開発途上国政府から調達できるが、それ以外に外部から年間12億ドルの援助を取りつける必要がある。
現在の開発援助はこの額をはるかに下回り、しかも絶望的なくらいまとまりに欠けている。ドナー(資金提供者)たちは国家プログラムの開発に投資するのでなく、紙吹雪のように援助をばらまいている。永続的な成果が得られないことが多い、小規模で連結性のないプロジェクトに資金提供しているのだ。学校給食に充てられる援助はおよそ年間2億8千万ドルとごくわずかで、そのほとんどは米国による食糧援助の形でやってくるが、これは地元の農家から食べ物を購入するより効率が悪く、効果もはるかに小さい。
ほかにも選択肢はある。世界的な保健基金(特に注目すべきは、低中所得国に低価格でワクチンを提供する国際組織「Gaviワクチンアライアンス」)は、共通の目的の下でドナーの財源をプールし、各国の開発計画を支援して、3年ごとの資金補充と革新的な資金調達の仕組みで歳入を増やしている。
こうした行動規範は、学校給食のための新しい世界的な取り組みを下支えしてしかるべきだ。変革の機運はすでに高まっている。ブラジルのルイス・イナシオ・ルラ・ダシルバ大統領が率いる「飢餓と貧困に対抗するグローバル・アライアンス」は学校給食を優先課題とし、世界銀行は、世界の社会的セーフティーネットを強化するためのより広範な戦略の中心に学校給食を据えると誓約した。2030年までにすべての子どもに学校給食を提供するという目標の達成を目指す「学校給食コアリション(連合)」には100を超える政府が参加し、インドネシア、ネパール、エチオピア、ケニア、ホンジュラスなど、独自の野心的な計画を策定している国もある。
ロックフェラー財団はラジブ・シャーのリーダーシップの下、プログラムの規模を拡大しようとしている国々に技術支援を提供する「学校給食インパクト・アクセラレーター」に多額の投資を行ってきた。同アクセラレーターの当初の目標は、2030年までに1億5千万人の子どもたちに学校給食を届けることだ。この数字は、いま低所得国や低中所得国で学校給食を受け取っている人数の2倍以上に相当する。
現在の課題は、こうしたイニシアチブをひとつにまとめて学校給食を届ける対象を拡大し、それぞれの総和を超えるようにすることだ。その第一歩として好ましいのは、各国政府が学校給食に関する提案を提出でき、ドナーたちが資金をプールして調整し合えるような「クリアリングハウス(情報交換所)」を設立することだろう。
SDGsの目標達成期限である2030年に向けて最後のカウントダウンが始まる中、私たちが開発しなければならないのは、政治的な二極化を乗り越えて、どんなことが可能かを世界に思い出させるような結果を生み出すことができる、現実的で達成可能でコスト的に手頃なイニシアチブだ。すべての子どもに無料で提供される学校給食は、まさしくそれを可能にする。(翻訳:棚橋志行)