8割がアフリカと南アジア 慢性的な飢餓をなくす方法とは?
8億人近くが苦しむ飢餓と向き合う国連世界食糧計画。日本ではあまり知られていないその活動内容を、日本事務所の津村康博代表に伺いました。10月16日は世界食料デーです。

8億人近くが苦しむ飢餓と向き合う国連世界食糧計画。日本ではあまり知られていないその活動内容を、日本事務所の津村康博代表に伺いました。10月16日は世界食料デーです。
世界で飢えに苦しんでいる人は約7億5700万人で高止まりしている。コロナ禍による支援の停滞や、パレスチナ自治区ガザでの戦闘なども影を落とす。世界最大の人道支援機関、国連世界食糧計画(WFP)日本事務所の津村康博代表に、現状や課題について聞いた。10月16日は世界食料デー。
ーーWFPや国連食糧農業機関(FAO)などが7月に出した「世界の食料安全保障と栄養の現状」の年次報告書は、2023年に飢餓に直面した人は最大約7億5700万人と推計しています。11人に1人が該当し、3年連続で高止まりということですが、原因はどこにあるのでしょう。
20年前、私がこの日本事務所にいた頃、「8億人の飢餓」という数字を使っていました。昨年戻ってきて、「変わっていないじゃないか」と思いましたね。ただ、実は減った時期もあったんです。2010年は約6億人、2014年には約5億人程度まで減りました。その後、しばらく横ばいでしたが、急増したのが2020年。やはりコロナ禍の影響がありました。その後、ウクライナ紛争が勃発し、食料価格の高騰もありました。
飢餓の元々の要因は貧困、そして不平等ですが、近年は自然災害や気候変動の影響が大きくなっています。土地の生産性が低くなり、残念ながら紛争も頻度を増している。これらの要因が背景にあるとみています。
7億5700万人は慢性的な飢餓人口ですが、このうち80%がアフリカと南アジアになります。そこで飢餓が増えると、一挙に数字も増えてしまう。見方を変えると、地域に集中的に支援を続けることで、飢餓の数は減らすことができるということです。
持続可能な開発目標(SDGs)で「2030年までにゼロ」と言うと、「無理じゃないか」と見えるかも知れませんが、実際に減らしていくことはできる、ということはお伝えしたい。もちろん難しい目標です。もう少し時間が必要でしょう。コロナやウクライナでの戦争のような要因がなければよいですが、それも不透明です。
しかし、慢性的な飢餓をなくすことは可能です。よく言われることですが、地球上には十分な食料があります。世界のみんなを満たせるだけの十分な量がある。けれども、飢餓が起こっている。つまり「分配」の問題です。流通システムの不備や土地の生産性の低さ、食品ロスなどの課題を解決していくことで、減らしていくことが必ずできるのです。
ーー昨年10月7日以降、イスラム組織ハマスとイスラエルの戦闘が続いています。WFPはガザでどんな活動をしているのですか。
昨年10月7日以前も、ヨルダン川西岸とガザ地区両方で継続的に支援をしていました。現金支給、女性や若者に対する職業訓練、識字教育など、地域で自立して生計を立てられる、自分たちで食べ物をつくっていけるようにするための支援です。
ただ昨年10月7日以降、ご承知のように紛争が激化し、命を救うための支援に重点を移しました。もう現金による支援はできません。ガザの中にそもそも物が入っていかないので、お金を渡しても何も買うことができない。仮に物があっても高すぎて買えないですしね。
中心は食料支援で、缶詰やナツメヤシなど、加工せずに食べられるものをパックに詰めて配る。パンが主食ですので、パン製造所に小麦粉、砂糖やイースト、食用油、それに機械を動かすための燃料を配って、そこでパンを作ってもらう。出来ることは全てやっていくということなんですが、地域の中でも、人々は(攻撃が予想されるため)「南へ行け」「北へ行け」と言われ、あっちこっちに移動させられています。支援そのものがとても難しくなっている。
少し前には、WFPの車両が銃撃されるという事態が起きました。スタッフは危険を冒しながら、それでも今できることを懸命にやっているという状況です。
ーーガザの現状を変えるためには、何が必要でしょう。
一刻も早い人道的な停戦です。それがないと、対症療法にしかならない。停戦が無理であれば、せめてその人道支援のためのスペース、困っている人にたどり着くためのアクセスがほしい。私たち人道支援機関のスタッフに対する安全確保も必要です。それを保障してもらえないと仕事はできません。(編集部追記:ガザでの戦闘はイスラエルの隣国レバノンにも拡大している。イスラエル軍が激しい空爆と地上侵攻を進めており、WFPは影響を受ける最大100万人を対象に緊急食料支援を始めたという)
ーーWFPの組織や活動について教えて下さい。
日本では残念ながらあまり知られていないのですが、世界最大規模の人道支援機関です。職員は約2万3千人。世界120カ国に拠点を置き、80カ国超の国に支援を行っています。昨年は1億5千万人の人々に支援を届けました。
活動には四つの柱があります。まず命を救うための食料支援。災害や紛争の現場に駆けつけて食料を届けます。二つ目は、子どもたちの成長を支える食料支援。妊娠している女性や母乳を与えているお母さんに、栄養について学んでもらう。学校給食も含まれます。三つ目が、自立してもらうための支援。食料に困っている人たちが、食料を作り、それを流通させ、お金を得られるようにする。気候変動の影響が軽減するようなインフラの整備もします。最後の柱が、支援を受けている人たちを、その支援に依存させないよう、卒業できるようにすることです。
学校給食を例にとれば、給食を自分たちでできるように研修したり、ガイドブックを作ったり、施設を整備したり、システムを構築して、続けていけるようになってもらう。災害でも、WFPが出て行くのではなく、地元政府に、自分たちが対応できるようインフラやシステムを作っていってもらう。
もう一つ加えると、WFPは物流に強みを持っています。1日平均、5千台のトラック、150機の航空機、20隻の船舶をオペレーションしています。ですから、他の組織から頼られることも多い。食料以外の物資を配っているNGOの輸送を手伝う、といったこともしています。
ーー学校給食は日本にとってもイメージがわきやすいですが、支援の現場で印象に残っていることはありますか。
アフリカでの勤務が長かったので、そこでのお話になります。日本とは違いもあって、資金が潤沢なら、本当は2食提供したいんです。一日中授業がある場合は、朝10時ぐらいの時にちょっとしたおやつを出して、お昼に給食というのが本来の姿なんです。というのは、アフリカの場合、結構遠くから歩いて登校してきます。家で何も食べないで来る子が多いんですね。ちゃんと食べないと勉強に集中できないので、おやつを出してあげたいんですが、資金の問題もあって難しい。それでランチがほとんどです。本当に食べ物に困っている地域では、この給食が唯一の食事になってしまうこともあります。
給食は学校に来るインセンティブになるのですが、一つの学校だけで給食を始めると、その学校に来る子が増えてしまうこともあります。すると、他の学校から生徒を盗むことになるので、実施するときにはなるべく面的な広がりになるよう配慮します。それだけ切実ということです。
男女差別が強い国では、女の子を学校に通わせないというケースもあります。あえて女の子を対象として、月に80%以上の出席を達成したら、少し高価な食料、食用油が多いですが、それを自宅に持ち帰らせるというプログラムもやっていました。そうすると、親も学校に通わせようと考えを変えてくれるんですね。
給食に関しては、地産地消も進めています。以前は食材は輸入していたのですが、現地でとれるものは現地の農家から買うと、新鮮なものが届けられますし、給食はほぼ毎日あるので、農家にとっても良い収入になります。
もう一つ、アフリカにいて感じたのは、日本の支援はすごくリスペクトされているということです。アフリカでは日本による植民地支配の過去はありませんし、戦後、平和に徹して支援を続けてきたことが知られている。非常に重要なソフトパワーだと思います。
日本は有数の拠出国の一つで、WFPの活動を支えてもらっています。個人からの貴い寄付もあります。コンビニの箱に入れて下さるのも、すごくありがたいことです。
ガンビアではこんなことがありました。コロナで学校給食ができなくなっていたのですが、(WFPを支援する)国連WFP協会を通じての寄付で再開できたんです。協会は民間の寄付の窓口ですから、それはまさに日本の皆さんや民間企業からの寄付なんですね。現地に行くと、子どもたちが日の丸を描いた旗を手に、「ジャパンありがとう」と言ってくれて。久しぶりに学校給食を食べて笑顔になった子どもたちを見て、本当にうれしかったですし、学校給食って素晴らしいと改めて思いました。
ーーWFPの活動があまり日本では知られていないとおっしゃっていましたが。
設立が1961年と比較的新しいこともありますし、他の国連機関と比べると、残念ながら認知度が低いです。やはり食料を配ってなんぼの組織なので、広報にあまりお金をかけられないという事情もあります。ちょっと呼びにくいですしね。
しかし、成し遂げている仕事、その量は、国連のどの組織と比べても遜色ないと思っています。仕事は必ずきちんとこなす、キラリと光る国連機関として、WFPを皆さんに知っていただくことも、代表としての私の大切な仕事だと考えています。
つむら・やすひろ 横浜市出身。民間企業を経て、1998年から国連WFPに勤務。イタリア・ローマ本部、コソボ、中央アフリカ共和国、コンゴ民主共和国、モーリタニア、シエラレオネなどで活動。2023年7月から現職。WFPは2020年にノーベル平和賞を受賞している。