私たちの食事を生み出すフードシステムは、地球の環境に多大な負担をかけているといわれる。2019年に研究者グループが世界的な科学誌「ランセット」で発表した「プラネタリーヘルスダイエット」は、私たち自身の健康に良い食事であると同時に、地球環境にとっても良い食事法として提案された。管理栄養士で、途上国の栄養改善事業などに取り組む手島祐子さんが、この「自然と調和した食の実践」について解説する。

私たちの毎日の食事。それは私たちの生活に欠かせないものですが、その食事が地球環境に与える影響を考えたことがありますか?

環境問題が議論される際、しばしば工業的な廃棄物や二酸化炭素などの排出がクローズアップされますが、実は私たちの食事を生み出すフードシステムが、地球環境破壊の主要な要因として浮上しています。実際、フードシステムは温室効果ガスの総排出量の約3分の1を占めているほか、生物多様性の損失など地球環境に大きな影響を与えています。

私たちが環境に良い取り組みをしたいと考えたとき、まずは日々の食事選びから見直してみることから始めてみませんか?

今回は、私たち人間と地球の双方を健康で幸せにすることができる食事法「プラネタリーヘルスダイエット」について、このプラネタリーヘルスダイエットの提案者の一人であるジェシカ・ファンゾ博士が書かれた本『食卓から地球を変える あなたと未来をつなぐフードシステム』(日本評論社、恩師である公益社団法人グローバルヘルス技術振興基金CEO國井修氏と手島が共訳)や私自身の経験から、読み解いていきたいと思います。

途上国の人々の健康づくりに貢献したい

私は、大学で栄養学を専攻し、卒業後は管理栄養士として日本の病院で勤務していました。病院での献立作成や患者さんへの栄養指導を行い、日々どうしたら目の前の患者さんの栄養状態が良くなり、健康になるかを考えてきました。

患者さんの多くは、生活習慣病などの「非感染性疾患」に罹患(りかん)していました。この非感染性疾患は、「食事由来の非感染性疾患(Diet-related noncommunicable diseases〈NCDs〉)」とも言われており、文字通り、食事が原因である病気です。

私は栄養バランスのとれた病院給食の献立を考え、食事と健康をつなぐ「栄養素」に注目していました。しかし病院で提供している食事の食材が、どこで誰がどのような方法で作っているのか、さらにはその背後にどのような思いが込められているのかについては、あまり意識することがありませんでした。

病院での勤務後、青年海外協力隊の栄養士隊員としてインドネシアの農村で2年間活動しました。そこでは、低栄養状態にある乳児や子どもたちの栄養管理や栄養教育、また小学校で学校保健の活動をしました。

明るい子どもたちの笑顔。しかし、慢性的な栄養不良状態に苦しむ子どもたちも多くいた=2015年10月、インドネシア・ロンボク島、筆者撮影

私が住んでいた地域は熱帯地域で、新鮮な野菜や果物がたくさんありましたが、子どもは慢性的な栄養不良状態に苦しんでいました。その背景には、栄養の知識が十分でないため栄養バランスの良くない食事をしていたり、たんぱく質となる食材の入手が厳しいということがあったりしました。

低中所得国での人々の健康づくりに貢献したいという思いから、現在私は、開発コンサルタントとしてアジア・アフリカの各国で農業を通じた栄養改善プロジェクトに従事しています。アフリカにも、インドネシアと同じように栄養状態の悪い子どもたちが多くいます。さらに、農業を続けるための資材を購入するお金がなかったり、水が十分に確保できなかったり、土地が痩せてしまったり、気候変動の影響を受けていたりと、非常に厳しい状況にありました。

「食事」が地球と私たちを傷つける仕組み

地球のある地域では、過食や栄養バランスの悪い食事が原因となり病気に苦しむ人がおり、地球の別の地域では栄養バランスの取れた食事が取れないために栄養不良で苦しんでいる人がいるーー。命を育むはずの食事なのに、バランスよく食べられないことにより、私たちは病気になり、死んでいます。地球には、私たち人間みんなを養うのに十分な食料が生産されているといわれているのに、どうしてこのようなことが起こっているのでしょうか。

そこには紛争や気候変動の影響もありますが、良質な食が公正に分配されていない、つまり、ある国(主に裕福な国々)では資源を過剰に使用して地球に負荷をかける食事をしていることにも原因があります。これはフードシステムが正常に機能していないということを意味します。

さらに、冒頭でも述べたように、食事を作る過程、つまりフードシステムにおいても多くの環境破壊が起こっています。フードシステムは温室効果ガスの主要な排出源といわれますが、それだけではありません。フードシステムは、地球全体の土地面積の約40%を農地として使用し、淡水の70%を使用し、窒素やリンを枯渇させたり、あるいは過密な工業的畜産により人獣共通感染症の広がりとも関係があったりします。

さらにフードシステムは生物多様性の損失の主な要因ともなっています。つまり、私たちの食事が地球を傷つけ、ひいては私たちの健康を損ない、私たち自身をも傷つけるという状況を引き起こしてしまっているとも言えるのです。

「プラネタリーヘルスダイエット」による食事の変革

この地球規模の課題に対して果敢に挑んだのがイート・ランセット委員会という研究者グループです。彼らは、2019年1月に世界五大医学雑誌の一つであるランセット誌において「プラネタリーヘルスダイエット」という食事方法を提案しました。

このプラネタリーヘルスダイエットは、2050年に地球の人口が100億人まで増加したと仮定して、その100億人に持続可能なフードシステムから健康的な食事を提供するために、私たちはどのような食事をしたら良いのか、ということを、科学的なエビデンスを基に検証した食事のことを言います。

具体的には、プラネタリーヘルスダイエットは、1日の必要エネルギー量が2500キロカロリーであった場合に(この必要エネルギー量は体格や年齢、性別や活動量などによって異なります)、どのような食品グループの食材をどれだけ食べればよいかをグラム単位で示しています。

プラネタリーヘルスダイエットを図示したプラネタリーヘルスプレートを見てみましょう。

プラネタリーヘルスダイエットを図示したプラネタリーヘルスプレート=「プラネタリーヘルスダイエットのサマリーレポート日本語版」より

プラネタリーヘルスプレートは、体積比で約半分を野菜と果物で構成し、残りの半分をカロリーへの寄与度で表示し、主に全粒穀物、植物性たんぱく質、不飽和植物油、(任意で)少量の動物性たんぱく質で構成するべきとされています。

図が示す通り、牛肉などの動物性食品(赤色部分)はほんの少し。グラム数で言うと、1日当たり14グラムが摂取量として示されています(必要エネルギー量が2500キロカロリーで、牛肉・ラム肉・豚肉を一つの食品グループとした場合)。献立を1週間単位で考えると、1週間当たりの牛肉などの摂取量は約100グラム。これは普段の皆さんの食事と比べるとかなり少ない量だと思います。例えば、ステーキ300グラムを食べたとしたら、もうそれは3週間分の牛肉を食べたことになってしまうのです。私も翻訳作業に参加した『プラネタリーヘルスダイエットのサマリーレポート日本語版』はこちらからダウンロードできます。

こちらの写真は、1日あたり2500kcalのエネルギー消費量としたときの1週間分の動物性食品の量を示した写真です。

プラネタリーヘルスダイエットで1週間に食べることができる動物性たんぱく質の量=2024年5月、筆者撮影

「お肉もお魚もこんなに少ないのは無理!」という声が聞こえてきそうですね。私も実際に「プラネタリーヘルスダイエット1週間チャレンジ」として実践してみて難しいなと感じる部分もありました。

しかしながら、イート・ランセット委員会は、現在のフードシステムの地球への影響は非常に深刻なもので、「食の大転換(Great Food Transformation)」、つまり食事の根本的な変革が必要と警告しています。

プラネタリーヘルスダイエットの二つの大切な目標とは?

ただし、ここで注意してもらいたいことは、プラネタリーヘルスダイエットは単に動物性食品を減らし、植物性食品を多く取ることを推奨するだけの食事ではないということです。プラネタリーヘルスダイエットのサマリーレポートにもあるように、イート・ランセット委員会は一つのゴール、二つの目標、五つの戦略を提示しています。

プラネタリーヘルスダイエットの実践(消費面)は一つの目標で、もう一つの目標である持続可能な食料生産(生産面)も、とても重要な要素です。

プラネタリーヘルスダイエットの一つのゴール、二つの目標、五つの戦略

◆一つのゴール:

2050年までに約100億人にプラネタリーヘルスダイエットを提供すること。

◆二つの目標:

①健康的な食事(プラネタリーヘルスダイエット)

②持続可能な食料生産

◆五つの戦略:

①健康的な食事への転換へのコミットメント

②大量生産ではなく健康的な食料生産への再構築

③持続可能な方法での食料生産

④陸地と海洋におけるガバナンスの確立

⑤フードロスの半減

持続可能な食料生産には、メタンガスを排出する畜産動物や水田についてだけではなく、野菜や果物の栽培方法においても環境に配慮することが含まれています。つまり植物性食品を多く取る食事といっても、どんな食材でも良いわけではないということです。慣行農業で使用される化学農薬や化学肥料は、それを作る過程でも、使用する過程でも温室効果ガスを発生させています。

さらに、化学肥料によって劣化した土壌は炭素を十分に吸収する能力を失ってしまいます。注目される環境保全型農業(有機農業)や、さらに栽培過程で環境にプラスの影響をもたらすことができる環境再生型農業(リジェネラティブ農業、不耕起栽培、自然栽培)が、これからますます必要であるといわれています。

できることから始めてみよう!

私はプラネタリーヘルスダイエットという食事方法を知ってから、「食事と健康」という分野を超えて、フードシステム全体において、持続可能でリジェネラティブな方法で生産された食材を使うなど、食事を楽しみながら実践する方法を模索しています。理想を掲げるだけではなく、実際に行動に移さなければ意味がありません。無理を強いる食事ではなく、そこには食事の楽しさとおいしさ、そして美しさ(「美しさ」は『スローフード宣言 食べることは生きること』〈海士の風〉の著者アリス・ウォータースさんの言葉)がなければ広がりません。

だから、私はまずは、「楽しさ、おいしさ、美しさ」に気づくことから始めています。ファーマーズマーケットや地元の農家さんから直接野菜や果物を購入し、対話を通じてその栽培過程や生産者の思いを知り、食材の魅力が増す体験を楽しんでいます。実際に野菜を育てたり、援農(農業ボランティア)をしたりして生産過程を体験すると、農作業で体はくたくたになりますが、野菜を購入するときには生産者の苦労が分かり、ありがたみが増します。

食材の魅力が増す体験の一つとして実践している援農のトマト摘み。不耕起栽培を実施しているSHO Farmさんで=2023年12月、神奈川県横須賀市、筆者撮影

また、仲間と一緒にプラネタリーヘルスダイエットに挑戦し、学びを共有し、楽しく継続できる方法を模索しています。さらに、それらの学びをワークショップや読書会を通じて広める活動を行っています。

このように、私自身もフードシステムをめぐる旅(自然と調和した食事を実践する旅)を始めたばかりです。このフードシステムにおける分野は非常に幅広く、多くの人々の知恵とつながり、協働することが大事だと考えています。ぜひ、あなたも一緒に毎日の食卓から、あなたの健康にも地球の健康にも良いポジティブな循環を作ってみませんか?

土壌保全のために不耕起栽培を実践しているSHO farmさんの野菜=2023年12月、筆者撮影