インド洋に面した、東アフリカの国・ケニア。日本の約1.5倍の国土には、多様な野生動物が生息する保護区があることでも知られる。人口はおよそ5400万人だが、その半数以上は35歳未満だといい、経済成長が見込まれる国の一つだ。一方で、世界銀行によると、「極度の貧困」状態で暮らす人々は人口のおよそ40%に及ぶとされる。そんなケニアで、様々な社会課題の解決につながるビジネスに挑戦する20~30代の日本人がいる。それぞれの取り組みと思いを、シリーズでお伝えする。 

小規模農家の収入向上が課題

ケニアの首都ナイロビから西へ車を走らせ、およそ7時間。南西部にあるミゴリ郡に近づくにつれ、茶畑やトウモロコシ畑など、農地が広がっていった。

ケニアは農業が国内総生産(GDP)のおよそ3割を占める農業国だ。ミゴリ郡でもサトウキビや白トウモロコシ、大豆などの栽培が盛んで、農業従事者は多い。特に家族で農業を営むような小規模農家の収入向上は地域の課題の一つになっている。

このミゴリ郡で、小規模農家が集まり、少額のお金を出し合い、支え合う「互助会」のような取り組みがある。

その取り組みを支援し、農作物の買い取りから加工、商品化、販路拡大を担うのが、薬師川智子さん(36)が立ち上げた会社「Alphajiri(アルファジリ)」だ。

2月中旬、小規模農家のミーティングの様子を取材した。

農家同士が支え合い、助け合う仕組み

「畑に鳥が来てしまうが、どうしたらいい?」

「この肥料は使ってもいい?」

12人の農家が集まったミーティングの場で、次々と飛ぶ質問に答えていたのは、アルファジリの社員でミゴリオフィス(ミゴリ郡ミゴリ市)のマネジャー、ポール・オミンディさん(31)。

アルファジリが組織化した小規模農家のグループは「アルファチャマ」と呼ばれている。「チャマ」はスワヒリ語で「グループ」を意味し、2024年2月現在で約400人、24グループあるという。

集まった農家たちと話すアルファジリのポール・オミンディさん(左端)=ケニア・ミゴリ郡、中野智明氏撮影

週1回のミーティングにアルファジリのスタッフが参加した際には、農作業での疑問などが飛び交う。アルファチャマには、そうした農業指導のほかにも、重要な機能がある。

参加した農家それぞれが100ケニアシリング(約115円)をグループの議長や書記役に手渡していたのだ。その後、1人の農家が400ケニアシリング(約460円)を受け取った。

100ケニアシリングを手渡す農家の女性。出入金を手書きで記録していた=ケニア・ミゴリ郡、中野智明氏撮影

現金収入の少ない農家がお金を出し合い、積み立てていく。子どもの教育費の支払いなどでお金が必要な場合、グループから借りることができる。借りた人は利子をつけて返済し、それがまた積み立てられていく、という仕組みだ。生活向上や自立支援につなげる狙いがある。

このアルファチャマでは、3年ごとにメンバー内で投票し、議長を決めるという。議長を務めるエミリー・マデグワさん(52)は「現金が必要なときに借りられるのがありがたい。アルファジリはとても協力的で、彼らが指導してくれるようになって、大豆の買い取り価格が上がってとてもうれしい」と語った。

アルファジリは、収穫された大豆などもアルファチャマのメンバーから買い取る。この日はマデグワさんの大豆1袋(およそ60キログラム)を計量し、品質を見定めた上で4190ケニアシリング(約4818円)で買い取っていた。

農家のエミリー・マデグワさん(右)に買い取った大豆の対価を渡すアルファジリのポール・オミンディさん=ケニア・ミゴリ郡、中野智明氏撮影

農家から買い取った大豆を「みそ」に

買い取った大豆は、自社のオリジナル商品に加工したり、現地の加工メーカーなどに販売したりする。

アルファジリが作る商品の一つが、日本の調味料「みそ」だ。ケニアで発酵食品や植物由来の食品への関心の高まりを背景に、比較的少ない投資で大豆から加工して高品質な食品がつくれると考え、みそを作ることにした。ミゴリオフィスでは、大豆を数時間かけてゆで、ペースト状に。塩、米こうじと混ぜ、小分けにして保管する。2週間ごとにみその状況を確認しながら、半年以上かけて熟成させている。完成したみそは、瓶詰めにしてナイロビなどで販売される。

大豆の様子を確認するアルファジリのスタッフ、デブラ・ケルボさん。およそ12キログラムの大豆を数時間かけてゆでるという=ケニア・ミゴリ郡、中野智明氏撮影

ミゴリオフィスで働くジャクトン・オモンディさん(30)は作物の買い付けからみその加工まで担う。両親も農家で、アルファジリで働く理由について、「農家の生活を向上させられるからやりがいがある」と語った。

アルファチャマのメンバーである農家のパトリック・モロさん(左)が収穫した大豆。アルファジリのポール・オミンディさん(中央)、ジャクトン・オモンディさん(右)とも顔なじみだ=ケニア・ミゴリ郡、中野智明氏撮影

「不公平をなくしたい」

「商品を生み出し、積極的で、頭もいい。何より、寝る間を惜しんでケニア人のために働いてくれている」

社員からこう慕われるのが、アルファジリの創業者でCEOの薬師川さんだ。薬師川さんはナイロビにあるオフィスで、新事業の立ち上げから商品開発、人材育成、加工商品の卸し先への営業など、事業全体を指揮している。「初めは社員と一緒に取り組み、後は社員にバトンタッチする。そうして事業を回しています」

アルファジリを創業した薬師川智子さん。手前は自社ブランドの商品たち=ケニア・ナイロビ、中野智明氏撮影

正社員は現在、10人。全員ケニア人で、半数は女性だ。「ケニアで仕事を求める女性には、シングルマザーが多い。できるだけ女性を雇用したい」

雇用を増やし、小規模農家の収入を向上させる。アルファジリを立ち上げた薬師川さんの原動力は、10代の頃から持ち続ける「不公平をなくしたい。社会貢献を仕事にしたい」という思いだ。

「国連に入りたい」と、アメリカの大学に進学。国際関係学を学ぶが、卒業後に国連で働くイメージに「ピンと来ていなかった」といい、就職活動を始めた。2011年夏、農林中央金庫に総合職で就職。長崎支店で2年半ほど働いたが、将来のキャリアを見据え、青年海外協力隊に応募することを決めた。2014年、ケニア・ミゴリ郡に派遣された。

協力隊では、小規模の大豆農家のコミュニティー開発から大豆加工品の普及などを担った。農業の生産性の低さなどから現金収入が乏しく、子どもたちの教育にお金を回せないなど、貧困を目の当たりにした。

2年間の任期を終え、薬師川さんは起業を決意した。「貧困をなくすために、社会にインパクトを生み出そうとすると、この資本主義経済では『お金』が必要になる。現金収入を得るため、大豆を使った加工品の作り方を教えても、『どうやって売るの? 売り先は? 値付けは? 必要な材料は買えるの?』という問題に直面してしまう。組織を作り、仕組みを作っていかないと、貧困から脱することは難しい」

貧困をなくすための持続的な取り組みに必要だと薬師川さんが考えたのは、「支援」や「手伝い」ではなく、「ビジネス」だった。2016年2月、アルファジリを設立した。

アルファチャマの農家の親子と話す、アルファジリのフィールドオフィサー、リディア・ジュマさん(左端)。主にアルファチャマとのやりとりを担っている=ケニア・ミゴリ郡、中野智明氏撮影

人生を豊かにする「おいしい」を貧困層に

アルファジリでは現在、みそのほか、ピーナツバターやコチュジャン、蜂蜜など、自社ブランドの加工商品を販売している。大豆や落花生など原材料のほとんどがミゴリ郡の小規模農家から買い取ったものだ。

大規模農家からまとめて農作物を買い取る方が経済的には効率がいい。だが、薬師川さんは小規模農家との取引にこだわる。「小規模農家の作物を、世界標準の食品に加工する」ことを目指しているからだ。

そのため、自社ブランド商品の価格帯は決して低くない。顧客の中心は月収10万ケニアシリング以上の高所得層だが、今力を入れる商品のターゲットは、月収3万〜4万ケニアシリングの中所得層だ。

みそをベースにした風味調味料の「Kochomiso(コチョミソ)」。ケニア人に親しみやすい風味にこだわり、パッケージも瓶ではなくプラスチックにし、1個200ケニアシリング(約230円)ほどに価格を抑えた。薬師川さんは、さらなる夢を描く。「おいしいものを食べたり、新しい味を楽しんだりすることは、人生を豊かにする。貧困層と言われる人たちにも、そんな豊かさを感じるひとときを増やしたい」

アルファジリの自社ブランド商品。ピーナツバター、みそ、蜂蜜、コチュジャンなどが並ぶ。パッケージデザインも薬師川さんが主に担っている。右端がコチョミソ=ケニア・ナイロビ、中野智明氏撮影

自社ブランド商品の認知度向上に役立ったのが、2020年にナイロビ市内のショッピングセンターにオープンさせた実店舗だ。オンライン販売のほか、地元スーパーやレストランへの卸売りも広がった。

2020年にオープンさせたアルファジリの商品などを扱う店舗。ケニア人はもちろん、インド、中国、日本など様々な国籍の客が訪れていた=2024年2月、ケニア・ナイロビ、中野智明氏撮影

店舗ではおよそ4年間で、自社ブランド商品のほかにオーガニック栽培の野菜や果物、輸入商品など、600種類以上の品物を扱うようになった。だが、「役割を終えた」として、4月末で閉店するという。「これまでも顧客のほとんどはオンラインでも購入してくれていた。店舗への投資を新しい加工商品の開発に振り向けたい」

近く、新しい事業に踏み出す。アボカドから抽出される油、アボカドオイルの製造にも取り組む予定だという。ケニア西部・ケリチョ郡の小規模農家からアボカドを買い取り、製造。ケニア国内での販売のほか、日本など国外への輸出を見込む。事業開始にあたり、製造機の使用料や認証取得の費用などとして、クラウドファンディングで支援も募っている。

薬師川さんは「大豆からみそ、落花生からピーナツバター、アボカドからオイルなど、小規模農家が作るものを加工し、ブランドにするのが私たちが社会に提供する価値。よりよい社会の仕組みを次世代に残すためにチームで取り組んでいきたい」。熱意を胸に、事業は着実に進んでいる。