すき家で出会うフェアトレード 産地を支える「5人組」の心意気
日本最大手の外食チェーンが取り組むフェアトレード。たった5人で世界20カ国の産地を飛び回っています。生産者の自立を促す1杯110円のコーヒー。その舞台裏は?

日本最大手の外食チェーンが取り組むフェアトレード。たった5人で世界20カ国の産地を飛び回っています。生産者の自立を促す1杯110円のコーヒー。その舞台裏は?
政治や経済を深掘りする朝日新聞デジタルの有料会員向けニュースレター「アナザーノート」で2024年1月7日に配信された記事です。アナザーノートを執筆するのは、政治や経済を専門として現場に精通している編集委員ら。普段は表に出さない話やエピソードを毎週日曜にお届けしています。読みたい方は、こちらから登録できます。
吉野家、松屋、すき家。日本の3大牛丼チェーンのうち、定番メニューとしてフェアトレードの豆でいれたコーヒーを出しているチェーンがひとつある。ご存じだろうか。
答えはすき家。15年ほど前から提供している。ホットコーヒーは1杯110円ナリ。
すき家だけではない。ココス、はま寿司、ジョリーパスタ、ビッグボーイ……。ファミリーレストランやすし、パスタ専門店など、様々な外食チェーンを展開する国内最大手のゼンショーホールディングスは、全国3千店以上のチェーン店でコーヒーを提供している。原料の生豆は、発展途上国の産品を適正価格で取引して、生産者の経済的自立をめざすフェアトレードで仕入れたものだ。
ゼンショーがフェアトレードに熱心なことは、あまり知られていないように思う。
おととしの暮れ、名古屋市の私立桜花学園高校の授業を取材するまで、私も知らなかった。
桜花学園の授業は、4年前に新設された国際キャリアコースの生徒たちが、フェアトレードのコーヒー豆を使い、1杯だてのドリップコーヒーの商品を作って売るまでを経験するというユニークな取り組みだった。その豆をタンザニアから仕入れていたのがゼンショーだった。
この取材の一環で、ゼンショーの川越貞夫さん(65)らの話を聞く機会があった。川越さんは2009年に発足した同社フェアトレード部の生みの親で、部長を務める。聞けば、川越さんを含めてわずか5人の部員で産地の支援や取引先の開拓を担い、中南米やアフリカなどの途上国を飛び回っているという。
年に1度はすべての産地を訪ね、生産者と直接交流するのがフェアトレード部の流儀。ところが、新型コロナによるパンデミックが世界を覆った2020年から海外出張が難しくなった。「産地に行けないのが悩み」と話していた。
コロナ禍も収まってきた。生産者と再会できただろうか。気になって、川越さんと部員の田中慶さん(31)を1年ぶりに再訪した。昨年6月に加わった新入部員の斎藤遥さん(27)も東京・品川の本社で迎えてくれた。
「2022年末ごろから各国の入国制限がだいぶ緩和されて、海外出張が増えてきた。『久しぶりに帰ってきたね』。3~4年のブランクがあっても、生産者が声をかけてくれる。ありがたいことです」と川越さん。昨年は5人でのべ14回、産地を訪ねた。もう少しですべての産地を再訪できそうだという。
ゼンショーのフェアトレードは、インドネシアから独立した東ティモールから始まった。コーヒーの栽培を現地に根付かせようと生産者を支援する日本のNGOに協力し、2007年に豆の調達を始めたのがきっかけだった。
川越さんは大手コーヒー会社などを経て、この年ゼンショーに転職した。
「フェアトレードのコーヒーをやりませんか」。小川賢太郎社長に提案すると、「すき家でやろう」。社長は即決したという。
「まずはファミレスからかな」。そう考えていた川越さんも驚く形のスタートだった。
フェアトレードには、貧困や人権、途上国との経済格差に関心がある「意識高い系」の消費者が、割高な商品でも買うことで成り立つ取引というイメージがある。客層が広く、客単価も高くない外食チェーンでフェアトレードは成立するのだろうか。川越さんに素朴な疑問をぶつけると、「グループの規模が大きく、コスト高を吸収できる仕組みが自然に成立しています」。たとえば、ココスのドリンクバーでコーヒーや紅茶を飲むことで、気軽にフェアトレードに参加できる。ゼンショーはそんなビジネスモデルを築いてきた。
フェアトレード部のメンバーは、コーヒーや紅茶に関わる仕事を経てゼンショーに移った65~59歳のベテラン3人に、若手が2人。
現在は「コーヒーベルト」と呼ばれる赤道周辺の途上国を中心に、取引先は20カ国に広がる。ネパールなど4カ国から紅茶を、南アフリカからルイボスティーを輸入している。取引先の開拓にも積極的で、最近は中米ホンジュラスとの取引を始めた。
コーヒーは国際相場に左右される商品だ。生産者の価格決定権は小さく、貧しい産地が多い。ゼンショーは認証団体のお墨付きを得たフェアトレード商品を買う形でなく、生産者との直接取引を重視している。コーヒーを買うだけでなく、産地の社会支援にも積極的に関与できるからだ。相場がどうあれ、最低買い取り価格を保証し、生産者が受け取る代金に「社会開発資金」を上乗せして支払う。
教育や女性の支援、社会インフラの整備、農業技術の支援を軸とした社会支援活動にこの資金を充てる。学校や図書館の建設、奨学金の支援、衛生指導による母子の保護、水道施設の整備……。さまざまな支援を通じて、生産者は暮らしの改善を実感する。
地道な活動が実を結び、ゼンショーとの取引に信頼を寄せる産地が次第に増えてきた。
ルワンダに建てた小中学校には裁縫や料理などを教える家庭科の授業がある。卒業した少女が、授業で学んだ裁縫の技術を生かして自らデザインした服を作り、町で売って家計を助けているという。少女からこの話を聞いた田中さんは「直接提携型の私たちの支援に間違いはないと実感した」と話す。
大学生のころから世界の貧困や格差への関心が高かった田中さん。フィリピンの孤児院でボランティアをしたとき、「一時的な寄付や慈善事業による支援には持続性が乏しく、貧困や格差を解決できない」と痛感した。
就職活動中の合同説明会でたまたま入ったゼンショーのブース。ホワイトボードに書かれた言葉を見て、「あ、これかもしれない」と感じた。「世界から飢餓と貧困を撲滅する」。創業以来の企業理念が書かれていた。
「これは私自身の夢でもある。自分ごととして取り組みたい」と入社を決めた。
得意のスペイン語を生かして、2019年からフェアトレード部で活躍。昨年はラテンアメリカの担当として、10回の産地訪問を重ねた。
「我々は農家の尊厳を大事にしています。施しではなく、親の働きで暮らしがよくなっていることを子どもたちも理解しています」
入社4年目。最年少部員の斎藤さんは昨年、ブルンジ、東ティモール、マラウイ、タンザニアを訪ねた。「日本人のバイヤーが訪ねてきてくれて、うれしい」。そう言って喜ぶ生産者の姿に、「直接対面して信頼関係を築くことが大事だと実感しました」と話す。
大学で途上国の農業や経済を学び、スリランカで農作業を手伝ったり、タンザニアでマングローブの植林をしたり……。「私もボランティアにのめり込みましたが、支援が途切れれば持続的な成長は難しくなります」。ビジネスで途上国の経済的自立をめざす理念に魅力を感じて入社した。「今後も足しげく産地に通って信頼関係を築いていきたい」
川越さんは、有機栽培の技術指導に手応えを感じている。「農薬や化学肥料を使った畑は連作がきかなくなる。自然と共生した有機農業をすることで、子や孫に健やかな農地を引き継げる。日本の消費者に安全なコーヒーを届けることもできます」
買い付けた生豆はグループ内で消費するだけでなく、外販もする。販路を広げ、生産者の実入りを増やそうとしている。愛飲家が評価する「スペシャルティコーヒー」として認められる豆を育てる産地が出てきたため、外販を通じて市場の評価を得るねらいもある。
「品質には自信がありますから」
桜花学園高校の授業で使ったタンザニアの豆も、名古屋市のコーヒー販売会社、マウンテンコーヒーに卸したものだった。
メンバーの最近の気がかりは気候変動だ。
「ペルー南部の産地に行くときに必ず通る峠がある。そこから見える標高5千メートル超の山の万年雪を定点観測していますが、確実に減ってきている」と川越さん。猛暑で虫が大量発生したり、雨が多すぎてコーヒーの木がかかる「さび病」が蔓延(まんえん)したり……。ほとんどの産地に温暖化の悪影響が出始めているという。
温暖化による収量減や自国消費の増加によって近い将来、コーヒーの争奪戦が激しくなるおそれがある。フェアトレード部が産地と築く信頼の絆は、いずれ大きな強みになるかもしれない。ココスでドリンクバーのコーヒーを飲みながら5人の活躍に思いをはせた。