政治や経済を深掘りする朝日新聞デジタルの有料会員向けニュースレター「アナザーノート」で2023年2月26日に配信された記事です。アナザーノートを執筆するのは、政治や経済を専門として現場に精通している編集委員ら。普段は表に出さない話やエピソードを毎週日曜にお届けしています。読みたい方は、こちらから登録できます。

韓国へ3年ぶりに出かけた。大好きな国で、コロナ禍の前には毎年必ず訪れていた。一時期はゴーストタウンのようだったというソウルの繁華街ミョンドンには人出がだいぶ戻り、名物の屋台も復活していた。

今回通訳をしてくれたのは、20代の女性、セジンさん。ショートカットがよく似合う。髪形をほめると、「5年前にロングだったのをばっさり切ったんです。朝、支度時間が短いと本当に楽なので……」と説明し、続けて言った。

「髪の毛を切ってから本当によく『フェミニストなの?』と尋ねられます。若い人、特に男性からすごくよく言われるんです。最初は何?って思ったけれど、あまりに言われるので慣れちゃって。今はなんとも思わなくなりました」

恋人はいらないの?

ここでいう「フェミニスト」は、男性の視線を気にしない、すなわちショートカットの女性(個人的には全くそう思わないが)、といった意味だろうか。

さらに、こんなことも教えてくれた。

「『フェミニストなの?』に続いて、恋人はいらないの?とも言われます。ある時、フェミニストって何?って聞き返したら、『女性優越主義』と言われました。友達でも、お化粧をしていないとフェミニストなの?って聞かれたり。こういう話、よくあります」

最近の韓国の状況を端的に反映していると思った。今回、韓国を訪れた目的の一つが、こうした「反フェミニズム」の取材だった。

韓国ではジェンダー政策を「女性優遇」と批判する声がある。特に「イデナム」と呼ばれる20代男性からの批判が強い。

昨年の大統領選でも争点になり、現大統領の尹錫悦(ユンソンニョル)氏は公約の一つに、女性の社会進出などの政策を推進してきた「女性家族省」の廃止を掲げた。同省は、金大中(キムデジュン)大統領時代の2001年に女性の地位向上をめざして設けられた「女性省」が前身だ。尹氏は「(韓国には)構造的な性差別はない」と発言したこともある。

こうした尹氏を多くのイデナムが支持したと言われている。女性ばかりが優遇されている、といった不満の声の受け皿になっている。「男性にだけ徴兵制があるのはおかしい」「女性にも兵役を課すべきだ」といった声もある。

とはいえ、韓国は世界的には男女平等がまだまだ進んでいない国だ。

男女格差を示す2022年のジェンダーギャップ指数は、韓国は146カ国中99位(日本は116位)だ。

「82年生まれ、キム・ジヨン」という小説が2016年にベストセラーになったことも記憶に新しい。主人公の女性が学生時代から就職、結婚、育児を通して直面する、女性であるがゆえの生きづらさが描かれていた。日本でも話題になった。映画化もされた。

日本でもベストセラーになった「82年生まれ、キム・ジヨン」=東京都千代田区

韓国の女性学会の次期会長に就く予定というソウル市立大の都市人文学研究所の李賢才(イヒョンジェ)教授に話を聞きに行った。

バックラッシュ、背景にデジタル化も

「ジェンダー平等への反動が高まる現象は韓国だけではありません。日本も2000年代に『バックラッシュ』(反動)がありましたよね」と指摘された。

日本ではジェンダー平等や性教育への批判が激化した。たとえば自民党内でも山谷えり子氏らが性教育への批判活動を行っていた。

ただ、韓国で特徴的なのは、特に若い男性の間で拡散していることだという。背景に、新自由主義とデジタル化があると指摘する。

「個人の努力の重要性が強調される中、07年からは大学進学率で女性が男性を上回りました。公務員の採用数のほか、医師や弁護士など専門職でも、女性がどんどん増えて社会進出が進んできた。男性にとっては、自分の立場が女性に脅かされるのではと不安になってきたのでしょう」

「デジタル化が進んだことで、そういった不安の解消に向け、匿名で女性を攻撃しやすくなったのです」

李教授も大学の授業の内容についてネットで「攻撃」されたことがあるという。

ソウル市立大都市人文学研究所の李賢才(イヒョンジェ)教授

「女性学の理解」という一般教養の授業を受け持った時のこと。1回目の授業を始める時に、「授業の内容や、そこでのやりとりをネットに書き込まない」という原則を学生たちと立てたが、1人の学生がそれを破ってネットに投稿したことがきっかけになった。

ミソジニー(女性嫌悪)を取り上げて「社会的弱者としての女性」について話した授業について、「全ての男性を加害者扱いしている」といった趣旨の書き込みをされたという。「研究室や大学に抗議の電話がかかってきて、押しかけてきた人もいました」と振り返る。

尹大統領が掲げた女性家族省の廃止はどうなったのかを尋ねると、「具体的には進んでいない」という。どういうことだろう。

「女性からの反発を恐れているところもあるのではないでしょうか。信念からというよりも、支持を得るために訴えたように見えます」

つまり、「マーケティング反フェミニズム」みたいなものなのだろうか、と尋ねた。

「そうは言い切れません。でも政治家は票を取らなければならないから」。教授は言った。

日本はどうだろう。かつての「バックラッシュ」の例もある。若い人たちは……。韓国を取材して、自分の経験を思い出した。

逆差別?

大学でゲスト講師として呼ばれ、授業をすることが年に何回かある。最近は「マイノリティーと政治」と題して話すことが多い。

女性やNPO、若者など、政治の世界でマイノリティー(少数派)とされてきた人が主導して変化を引き起こすことが出てきた。マイノリティーだからこそ気付く問題がある。声をあげて社会のひずみを直して変化を引き起こすこともできる。そんな声を受け止めて一緒に変えようとする人たちが政治の側にも出てきた……といった話を、具体的なエピソードとともに話す。

これに対し、「マイノリティーの求めに応じて課題を解決したら、逆差別では? マジョリティー(多数派)の不都合にならないか」とよく質問される。

現実は全く逆だ。少数派が生きやすい社会は、多数派にとっても生きやすい社会だ。

たとえば、育児中の女性が仕事と両立を図るには、働き方改革が必要になる。それは男性にとってもプラスになる。多数派が「当たり前」と思って通り過ぎていること、いつのまにかあきらめてしまっていることがないだろうか……と話すと、納得してもらえる。

誰かを責めるのではなくて、そういう事象が起きる根本的な原因はどこにあるのかを一緒に探っていきたい。みんなが生きやすくなる社会になっていくといい。