インド洋に面した、東アフリカの国・ケニア。日本の約1.5倍の国土には、多様な野生動物が生息する保護区があることでも知られる。人口はおよそ5400万人だが、その半数以上は35歳未満だといい、経済成長が見込まれる国の一つだ。一方で、世界銀行によると、「極度の貧困」状態で暮らす人々は人口のおよそ40%に及ぶとされる。そんなケニアで、様々な社会課題の解決につながるビジネスに挑戦する20~30代の日本人がいる。それぞれの取り組みと思いを、シリーズでお伝えする。

野生動物の保護と被害 共存の道は

ケニアでは、多様な野生動物が保護されている。車で野生動物の生息地をめぐる「サファリ」は貴重な観光資源であり、外貨獲得につながる。

国内各地に野生動物の「保護区」があり、特に南西部、タンザニアとの国境沿いにあるマサイマラ国立保護区は、種の多様さと個体数の多さで世界的に有名だ。1800平方キロメートル以上の生息地に、おなじみのライオン、ゾウ、サイ、ヒョウ、バファローはもちろん、希少な動物たちが自然な姿で暮らしている。

このマサイマラ国立保護区の周辺では、農業を営む人々も多く暮らすが、彼らの頭を悩ませる問題の一つが、ゾウによる被害だという。

群れで移動するゾウ=ケニア・マサイマラ国立保護区、中野智明氏撮影

保護区の周辺は電気柵などで完全に囲まれているわけではない。野生動物の移動を制限しないためで、人々の暮らす地域とも境目がない。そのため、エサを求めるゾウなどの動物たちがしばしば農作物を食べに来るのだ。

環境保全団体の世界自然保護基金(WWF)によると、ゾウは1日に最大で450キロものエサを食べるとされ、1頭のゾウでも1ヘクタールの農作物をあっという間に食べ尽くしてしまうという。こうした「人間とゾウの対立」は、ケニアだけの問題ではなく、ゾウが生息するアフリカの他の地域、アジアの国々でも社会課題の一つとなっている。

ゾウに追いかけられて・・・・・・

「ゾウの群れが畑に入ってきて、作物を食べ尽くそうとしていたから、追い払おうとしたら、逆に追いかけられた。慌ててなんとか逃げられた」

マサイマラ国立保護区と隣接するオロイスクット保護区。この保護区周辺では、およそ1200世帯の住民が農業や牧畜などで生計を立てている。農家のディクソン・レシレさん(27)は今年あったゾウによる被害についてこう説明した。

同じく農家で、トウモロコシなどを育ててきたポール・コイヤントさん(78)は「昨年は2頭のゾウがうちの畑にやってきて、作物を食べていった」と淡々と語った。

ゾウによる被害について語るポール・コイヤントさん=ケニア・ナロック郡、中野智明氏撮影

オロイスクット保護区がまとめた調査報告書によると、この保護区周辺の50世帯を対象に調査したところ、2018~2020年に野生動物と人間のあつれきといえる事例が356件あり、最も多かったのが家畜を食べられる被害(60%)、次いで農作物の被害(37.3%)、人々の死傷(2.7%)だったという。そのうち、農作物の被害の原因になった動物はゾウ(67%)、シマウマ(22.5%)、カバ(10.5%)だった。

レシレさんもコイヤントさんも先住民族マサイ。コイヤントさんは、「この土地を離れて暮らすことを考えるか」との問いに、きっぱりと答えた。「先祖代々受け継いだ土地だから、捨てることは難しい。マサイはこれまでも動物とともに生きてきた。だから、『蜂』で対立をなくすプロジェクトはいいと思うし、感謝している」

コイヤントさんが語った「蜂で対立をなくすプロジェクト」とは、ゾウと人間の接点が生まれやすい居住エリアに養蜂箱を設置し、蜂によってゾウを遠ざけるというもの。さらに、ミツバチの巣から採れる蜂蜜などを売ることで農家の人々の収入向上にもつなげようとしているのは、ケニアで会社設立の準備を進める米田耕太郎さん(27)だ。

「ゾウは、ブーンという蜂の羽音を嫌がり、逃げていく習性があると言われています」。米田さんはこの習性に着目。さらに、家畜の被害には頭数に応じた補償金が保護区から支払われるが、農作物の被害についてはないことから、ゾウと人間の対立をまず解決しようと決意した。2023年夏に日本でクラウドファンディングを実施。集まったおよそ200万円を元手に、9月から現地で養蜂箱を設置し始めた。

養蜂箱の設置を進める米田耕太郎さん=2024年2月、ケニア・ナロック郡、中野智明氏撮影

米田さんがこだわるのは、「住民参加型」であること。「地域の住民と一緒に取り組むことで、課題への意識が高まる。一時的な支援ではなく、養蜂に『ビジネス』として関わることで持続的に取り組める」

この地域で農業などを営むジョセフ・ナラシャさん(27)は、米田さんの事業パートナーの一人。先住民族マサイのナラシャさんは、「子どもの頃、祖父から『ゾウは蜂を怖がる』と教えられていた。だけど、これまでにそれを実践したことはなかった」と語る。「だから彼と一緒に挑戦してみたいと思ったんだ」

ジョセフ・ナラシャさん(左)と米田耕太郎さん。ゾウの通り道になりやすいエリアに設置した監視カメラを週3回ほどチェックして回っている=ケニア・ナロック郡、中野智明氏撮影

米田さんの取り組みについて、「彼は本当にコミュニティーのことを考えてくれている。人間の居住地からゾウを遠ざけることができたら、それはコミュニティーにとって大きな成果にもなる」と語った。

養蜂箱はすでに100箱設置済みで、今後増やしていく予定だという。蜂蜜のほか、スキンケアの化粧品に使われるミツバチの持つ毒も収穫・販売することを目指している。米田さんの会社「Wildlife Ventures」は4月中旬にケニアでの登記を終える見込みだ。

米田さんたちが設置した養蜂箱。ミツバチが定着しているかどうかを確認している=3月13日、ケニア・ナロック郡、米田さん提供

どうしてアフリカの課題に?

幼い頃から生き物が好きで、進学した信州大学では生物学を専攻していた米田さん。生物学を生かすことができる国際協力のあり方を模索する中で、野生動物や自然環境の保護と地域の発展の両立を地域の人々を巻き込みながら目指す「住民参加型保全」の考え方にひかれた。「これが僕のやりたいことだ」

2018年秋から大学を1年間休学し、ケニアや南アフリカなどで野生生物の保全やコミュニティー開発に関するボランティアやインターンを重ねた。野生動物と人間の共生の実現に携わりたいという思いを強くした。

移動するゾウの群れを観察する米田耕太郎さん=ケニア・マサイマラ国立保護区、中野智明氏撮影

2020年春にも再びケニアを訪れ、オロイスクット保護区周辺で住民たちへのヒアリングを実施。帰国後に入学した京都大大学院ではアフリカ地域研究を専攻した。野生動物と地域住民の共生を仕事にしたいと、社会起業家を目指すようになった。

「日本にもたくさんの社会課題があるのに、どうしてアフリカの課題に取り組むの?」

米田さんは、これまで様々な場面でこの問いを投げかけられてきたという。「人口減少や人手不足など、日本が抱える課題ももちろん取り組むべき重要なものです。ただ、最も僕自身が力を発揮でき、貢献できると信じられるものが、このケニアでの『ゾウと人間の対立』の問題だったんです」

生き物が好き、という気持ちと地域住民とともに事業を進める責任感を原動力に、ケニアで奮闘を続けている。

オロイスクット保護区周辺の農家と話す米田耕太郎さん(中央)=ケニア・ナロック郡、中野智明氏撮影