気候変動で水害が脅威に 日本のNGOがネパールの住民と防災協力
ヒマラヤ山脈の氷河が解けるリスクが指摘されているネパール。実は、平野部でも気候変動の影響とみられる水害が起きていて、日本のNGOが防災支援を続けています。

ヒマラヤ山脈の氷河が解けるリスクが指摘されているネパール。実は、平野部でも気候変動の影響とみられる水害が起きていて、日本のNGOが防災支援を続けています。
地球温暖化の影響で、ネパールのヒマラヤ山脈の氷河が解け出し、そのリスクへの対応が国際的な課題となっています。ただ、この国では、南部の平野部でも、気候変動の影響とみられる洪水被害が近年、頻繁に起きています。被害を食い止めるために、住民と協力しながら地域の身の丈にあった防災支援を続けているのが、日本の国際NGOの草分け的存在、「シャプラニール=市民による海外協力の会」です。同会のスタッフでネパール人のダハル・スディプさん(33)に、現地の状況や取り組みをうかがいました。
シャプラニールでは、バングラデシュやネパールで、子どもたちの教育支援や児童労働の削減、手工芸品の生産者の生活向上支援などの活動をしている。自然災害への対策も、柱のひとつ。2022年から活動の現場にしているのが、ネパール南東部モラン郡の町、ウルラバリだ。
モラン郡は近年、洪水による人的な被害が最も大きい地域で、昨年までの5年間で2千世帯以上が家を失い、数百人が亡くなったという。
洪水の原因は、以前よりも増えているという豪雨だ。気候変動の影響が指摘されている。ネパールと言えば、ヒマラヤの山岳部のイメージが強いが、インドと国境を接する南部は、平野が広がっている。ウルラバリは平野部の中では、最も山側に近く、豪雨がもたらす水がここにまず流れ込む。
課題となっているのは、河川の対策だという。堤防が整備されているのは主要な河川だけで、川幅は5~30メートルほどの支流や小さな河川の多くが、自然の状態のまま水が流れ、河道が必ずしも固定されていない。雨が降らないときには、水量はあまり多くないのだが、ひとたび大雨になれば、水量が増え、道路や農地、住宅地にまであふれ出してしまうという。
そこで、シャプラニールでは、治水のために河道を固定する堤防の造成を地元の住民の協力を得て始めた。コンクリートで固めた堤防ではなく、現地の石や土を積み重ねてつくる堤防だ。「外から建材を持ってきてつくると、もし、堤防が壊れたときに現地ですぐに修理ができない。だから、現地にある素材を使っています」とスディプさんは説明する。
堤防には竹を植えている。竹は成長が速く、根も長く伸びるため、堤防を強くしてくれる。竹を植えることは、現地の住民たちの伝統の知恵だという。「竹の葉は水牛などの家畜のえさになり、幹は建設現場の足場などに使う素材として販売もできるのです」(スディプさん)
こんなハード面の支援とともに、ソフト面での取り組みにも力を入れている。
ネパールには、地元住民が参加し、防災対策などに取り組む地域レベルの「災害管理委員会」がある。シャプラニールでは、ウルラバリの各地で、ワークショップを開催。「どこまで水量が増えたら危険なのか」「避難はどのタイミングですべきなのか」といった内容を伝えている。
また、避難時に携帯する「非常用の持ち出し袋」の各世帯への配布も進めている。袋には、ラジオ、懐中電灯、電池、水、医薬品などを備えている。
さらに来年度からは、川のそばにある学校2校で、防災教育を計画している。洪水が起き、川が氾濫(はんらん)した場合に学校の敷地内でどこが浸水し、安全な場所はどこになるかを事前に検討。防災訓練をする予定だという。
「子どもたちが学校で学んだことを両親にも伝えてもらい、防災教育を広げていくことも狙っています」
ネパールの気候変動のリスクについては、アジア開発銀行が2021年に出した報告書で、気温上昇によって「すでに山岳地の氷河が解け出しており、極端な降雨の頻度が増えている。21世紀を通じて、干ばつや熱波、河川の洪水、氷河湖の決壊による洪水などが深刻さを増し、人命を危険にさらすことが予測される」と指摘している。
シャプラニールの活動は1972年、前年にパキスタンから独立してまもないバングラデシュの人々を支援しようと、日本の若者たちが寄付金を集め始めた。その後、バングラデシュとネパールに日本人の駐在員を派遣し、大きな団体からの支援の手が届きにくい「取り残された人々」の支援に力を入れてきた。
防災支援を始め、さまざまな活動を支えているのが、市民や企業・団体からの寄付だ。年末年始には日本で書き損じのはがきや切手の寄付を募っている。
「あなたのはがきが、だれかのために。」と名付けられたキャンペーンで、書き損じや未使用のはがきや、未使用・使用済みの切手を換金することで、現地での支援活動に充てている。はがき5枚(約250円)なら河岸を補強する竹の苗1本分に、はがき20枚(約千円)は防災能力を強化するワークショップの開催分になるという。
キャンペーンは2009年度に始まり、2019年度には、65万枚のはがきが寄付された。ただ、最近は「年賀状じまい」の傾向が進み、昨年度は36万枚にとどまった。今年度は50万枚を目標に掲げ、3月31日まで受け付けている。
このキャンペーンを担当するスディプさんは、ネパール中北部の山間部にあるシンドパルチョーク郡出身。シャプラニールの本部(東京都新宿区)で初めての外国人の正規スタッフとして、2022年から働いている。
高校のとき、故郷を出て首都カトマンズの学校に通っていたが、故郷とのインフラなどの格差を痛感し、大学で農村開発を学んだ。その後、2013年に来日。日本語を2年間学び、2015年から宇都宮大学大学院修士課程でネパールの農村開発における住民団体の役割をテーマに研究した。
日本に住むネパール人は約15万6千人(2023年6月末)と、国別でも中国、ベトナムなどについで6番目に多く、この10年で5倍に増えた。
その中でもNGOで働くスディプさんは、まれな存在だ。「日本のみなさんに協力をしてもらいながら、ネパール社会に貢献をしていきたい」と話している。