「ちょっとぜいたくなラオス」を世界へ 伝統の街で挑戦する日本人
ラオスの古都ルアンプラバンで、国産コーヒーを独自の技術で名物にした日本人がいます。買いたたかれる途上国の産品をぜいたくな一品に。その道のりを取材しました。

ラオスの古都ルアンプラバンで、国産コーヒーを独自の技術で名物にした日本人がいます。買いたたかれる途上国の産品をぜいたくな一品に。その道のりを取材しました。
ラオス北部の山岳地帯に位置する古都、ルアンプラバン。伝統的な建築様式とフランス植民地時代の建築様式が融合した独特の景観があり、街全体が世界遺産に指定されているこの街には、コロナ禍直前の2019年、年に約520万人の観光客が訪れていた。 また、ラオスは中国の「一帯一路構想」でメコン地域における南北回廊の通過地点に位置づけられ、2021年12月には中国・雲南省の昆明からルアンプラバンを経由し、首都のビエンチャンに至る「中国ラオス鉄道」が開通した。国際的なコーヒーチェーンの出店も相次いでいる中、海外の観光客や地元のセレブから注目を集めるカフェ「LuLaLao Coffee(ルララオコーヒー)」を立ち上げた元川将仁さんにインタビューした。
ルララオコーヒーの朝は早い。仏教国のラオスでは、随所で修行僧が早朝に家々を回り、食料などを乞う托鉢(たくはつ)をしているが、ルアンプラバンの托鉢は世界で最も規模が大きいと言われる。ほとんどの観光客は滞在中に1日は早起きし、住民と一緒に喜捨を体験したり、その珍しい光景に沿道から無我夢中でシャッターを切ったりする。ルララオコーヒーは、そんな観光客がホテルやゲストハウスに戻る前に立ち寄れるように、毎日、朝の7時から営業しているのだ。
カラッとした爽やかな空気に雨期の終わりを感じる10月末、午前8時過ぎに訪ねると、店内はすでににぎわっていた。「旅に出る時は、行き先のカフェ情報を事前にチェックしているんだ。ここはルアンプラバンで一番良いという評判だったので家族と来てみたんだが、想像以上に良いね。コーヒーもすっきりした爽やかな味わいで、私好みだよ」
あごひげをたくわえた細身のフィリピン人男性が、満足そうに目を細める。妻と幼い息子と一緒に家族旅行の最中だという。そうしている間にも、すぐ近所に住んでいるという常連のフランス人男性や、一人旅か出張中らしい中華系の男性が2方向に開け放たれた出入り口から次々に入ってくる。カウンターの前でポーズをとりにぎやかに撮影しているグループの中でもひときわ目立つ華やかな女性は、ラオス随一の大手飲料メーカーのオーナーだ。
観光の街だけあって多くの飲食店が軒を並べる中、ルララオコーヒーの存在はユニークだ。まず、メニューはいたってシンプルで、甘いドリンクやフードが豊富な周囲の店とは異なり、提供しているのは基本的にコーヒーのみ。オーダーの時に、豆の種類と淹(い)れ方を選ぶことができる。チーズケーキやトーストを一緒に楽しむこともできるが、店内にはカフェテーブルがなく、客は中央に置かれた木製の大きなベンチか、数席だけあるカウンター席で思い思いに淹れたてのコーヒーを味わう。時間にしてわずか1杯分の滞在だが、一息ついて観光や仕事へとそれぞれに戻って行く彼らは、一様にすっきりした笑顔を浮かべている。
カウンター越しに一人ひとりにあいさつしながら手際よくコーヒーを淹れる元川将仁さんは、日焼けした浅黒い肌とちょんまげを結った個性的な風貌(ふうぼう)から受ける強面(こわもて)の印象とは裏腹に、銀縁の眼鏡の奥からは優しい瞳がのぞく。ラオス国内の五つの農園で栽培されている4種類のコーヒー豆を買い付け、店内に設置した焙煎(ばいせん)機で自ら6通りに焙煎した中から日替わりで5種類を提供し、その豆も販売している。
元川さんが初めてラオスを訪れたのは、大学院生だった10年前にさかのぼる。都市部と農村部における教育や社会への意識を調査するために頻繁に通う中、フランス領時代に始まったコーヒー栽培を続ける各地の農家と出会い、交流が始まった。
農村にもっと入り込みたいと国際協力機構(JICA)海外協力隊に応募、コーヒーの商品開発や販路の拡大に取り組むコミュニティー開発職の隊員として、2019年7月に南部の街、パクセーに赴任する。折からのコロナ禍によって一時帰国を強いられたり、再赴任してからもラオス国内でロックダウンが敷かれたり、と活動は制約の連続だったが、2年の任期終了後、元川さんはある目標を胸に、迷うことなくラオスに戻った。それは、同国で初めてのラオス産スペシャルティーコーヒーの専門店を立ち上げることだ。スペシャルティコーヒーとは、サステナブルな生産、透明性の高い流通などに支えられた高品質なコーヒーのことだ。
大学院時代からコーヒー農家の暮らしに寄り添う中で、彼らがいくら丹精込めて良質な豆を育てても、おいしいコーヒーを味わうことができる店がないことを残念に思っていた元川さん。収穫後の乾燥や焙煎、発酵の工程を改善すれば、ビジネスになるとにらんだ。日本で半年間、一連のプロセスを実地や座学で集中的に学んだ後、満を持して2022年7月にルララオコーヒーをオープンした。発芽から栽培までのノウハウは農家に学び、収穫以降のプロセスは日本の技術で味を管理するという2段階構えで運営している。
新たな挑戦の場にルアンプラバンを選んだのは、海外協力隊の同期隊員でパートナーの森重千里さんの存在がある。森重さんは、大学で環境人類学を学んだ後、まちづくりや商業施設の運営を手掛ける企業で5年勤務した経験を生かして海外協力隊に参加。特に北部で盛んな絹織物の商品開発と販路拡大に取り組むコミュニティー開発職の隊員としてこの街に赴任していた。コロナ禍で思うように活動できないまま任期が終わり、ラオスとの縁が切れてしまうことを残念に思っていた森重さんは、「ラオスの魅力を伝える商品を開発し、ビジネスを通じてこの国に貢献したい」と考え、元川さんと意気投合。「任期が終わったら一緒にラオスに戻ろう」と話し合うようになった。
ルララオコーヒーの「LuLaLao」とは、「ぜいたくなラオス」という意味のラオス語だ。こんなに素敵なものがラオスにはあることを世界中に知ってもらいたいという2人の願いを込めた。ラオスのコーヒー1杯を楽しむことを「ちょっとぜいたく」な時間だと思ってもらいたいからこそ、元川さんは決して収穫を農家に任せきりにしない。世界標準の味を提供するために収穫に立ち会い、自ら触れ、厳選した実だけを買い取って発酵・乾燥させている。
もちろん、価格はその分、上がる。周囲のカフェだと1杯2万キープ(約140円)程度だが、ルララオコーヒーではエスプレッソが3万キープ(約220円)、アメリカーノは5万キープ(約360円)、そして豆の販売も100gで10万キープ(約720円)と、2.5倍近く高い。それでも訪れる客が絶えないのは、味のこだわりが受け入れられているからだと元川さんは手応えを感じている。フランス領時代にこの地でコーヒーの栽培が始まったのは、あくまでヨーロッパ市場に輸出するためで、フランス人がラオス人に焙煎や淹れ方を教えることはなかったという。
「農家をはじめ、ラオスの人々にとって、コーヒーはあくまで外貨を獲得するための商品であり、自分で楽しむという習慣も選択肢もなかった」(元川さん)からこそ、コーヒー豆の産地でありながら、本格的なコーヒーを提供する店がこれまでなかったのだ。近隣のタイやベトナムと比べ、ラオスを訪れる外国人が少なかったことや、社会主義体制という政治の壁、ラオス語という言語の壁も、知識や技術の輸入を妨げていたという。
しかし、そんなラオスのコーヒー事情にも近年、変化が生まれ、若者層を中心にコーヒーへの関心が高まりつつあると元川さんは感じている。その背景には、タイのコーヒーブームがある。タイではここ10年ほどの間にカフェが急増し、いわゆる「シアトル系コーヒー」など外資系コーヒーチェーンもいたるところで目にするようになった。ランチを100~200円で済ませた後、スターバックスで1千円近く出してコーヒーを楽しむ人も少なくないという。「コーヒーは『かっこいい』という価値観が広まったタイの人々にとって、バリスタはいまや憧れの職業です。そうしたコーヒーブームが少しずつラオスにも持ち込まれつつあります」(元川さん)
実際、ルララオコーヒーがあっという間にこんなに注目されるようになったのも、オープン間もない頃にタイ人のインフルエンサーが来店し、SNSに投稿してくれたことがきっかけだった。以来、同じポーズをとった人がSNSに写真をアップしてくれたり、コーヒー通の観光客が滞在中、毎日通ってくれたりと、ルララオコーヒーは急速にファンを獲得しており、多い日には1日の来店者が120人を超えるまでになった。ほとんどがタイかヨーロッパ、そして中国からの観光客だ。
評判が評判を呼び、元川さんのもとには今、近隣国で開催されるコーヒー関連のイベントから相次いで出展依頼が届くようになった。2023年の1月にはタイのチェンマイで開かれたコーヒーフェスティバルに参加したほか、上海でのイベント主催者からも打診がきているという。2024年にはバンコクに姉妹店を出店することも決まった。「カフェブームにわくタイで、ラオスの豆がおいしいと言ってもらえる機会にしたい」と、元川さんは意気込む。
もちろん、ラオス国内のコーヒー文化の盛り上げにも並々ならぬ意欲を燃やしており、ルララオコーヒー2号店の出店場所はすでに決めた。ラオスには現在、スターバックスがビエンチャンに、またタイを中心に国内外で店舗展開するカフェアマゾンがビエンチャンとルアンプラバンに、それぞれ出店している。だが元川さんは「カフェアマゾンやスターバックスとは、戦う市場がまったく異なります」と、意に介する様子はない。むしろ、「スターバックスがラオスに来たことで、『コーヒーは高いお金を出して楽しむものだ』という認識が広がり、ありがたいです」と、余裕を見せる。これも、「名が知られるようになった今、唯一のラオス産スペシャルティーコーヒー専門店としてラオスのコーヒー業界を引っ張っていく責任を感じている」からにほかならない。
一方、森重さんは、ルアンプラバンで公認観光ガイドを育成するJICAの草の根技術協力事業(パートナー型)の現地コーディネーターとして活動しながら、週末に店に顔を出したり、織り子たちと布製品の商品開発に取り組んだりしている。伝統的な柄が織り込まれた布で仕立てたポーチやかばんは、元川さんが設立した日本法人のウェブサイト「LuLaLao Textile」上で2023年はじめから販売を開始し、和装が好きな女性たちを中心に人気を呼びつつあるという。コーヒー豆の日本向け販売も近々、開始する予定だ。
もちろん、ここまで順風満帆に来たわけではない。業務提携したラオス人が売り上げと純利益の違いを理解してくれずに店舗を移転せざるを得なくなったこともあるし、水や食料が豊かな土地柄のためか、がむしゃらに頑張ることがほとんどない人々が多く、隊員時代には感じなかった物足りなさを感じることもある。それでも、彼ら自身が気付いていないこの国の魅力を引き出して価値を高め、世界へと発信することによって、日々の暮らしや仕事に誇りを持ってもらいたいという2人の思いは一層、強まっている。コロナ禍を機に急増した輸送会社をコーヒー豆の運搬に積極的に利用し、オンラインのフードデリバリーサービスを通じた注文にも対応できるように導入を進めるなど、押し寄せる変化を柔軟に受け止め、対応する。
カフェと農園を両方持っている強みを生かし、客の声を豆の生産にフィードバックしながら、ラオスの技術に日本の技術を掛け合わせて、「ちょっとぜいたくな」価値の創出と発信に邁進(まいしん)するルララオコーヒー。その姿勢は、伝統の街でありながら近代化の波が迫っているルアンプラバン自体の行方を照らしている。