アジアにも押し寄せる食のアニマルウェルフェア潮流
欧州を起点に始まったアニマルウェルフェア(動物の福祉)の動きは、世界中に広がっています。なじみの薄かった日本にも波及しています。

欧州を起点に始まったアニマルウェルフェア(動物の福祉)の動きは、世界中に広がっています。なじみの薄かった日本にも波及しています。
2023年11月、タイ・バンコクで第1回アジア・グッドファーム・アニマルウェルフェア賞の授賞式が開かれた。アニマルウェルフェアに沿った持続可能な畜産業を展開している19の農場・企業(中国15、日本3、タイ1)が表彰された。
日本の3件は、いずれも「バタリ-ケージ」(雌鶏を入れる小さな囲い)を使わない鶏卵事業でグッドエッグ賞を受けた。「株式会社セカンドアローと『鳥玉レストラン』ブランド」「宮本養鶏場の『なごみたまご』」「株式会社マルフクによるあさぎり宝山(たからやま)ファームの『福が、きた』」だ。
グッドチキン賞を受けたタイのクロン・パイ・ファームは、放し飼いの鶏肉を調達し、契約農家に市場より高いお金を支払っている。農業コミュニティーを支援するとともに、倫理的で持続可能な農法を促進していると評価された。
中国の業者には、グッドエッグ賞が5社に贈られたほか、国内選考による優良鶏肉生産賞が6社、優良鶏卵生産賞が1社、優良豚生産賞が3社に贈られた。
主催したのは英国ロンドンに本部を置く国際NGO「コンパッション・イン・ワールド・ファーミング(CIWF、世界の農場に思いやりを)」だ。畜産・食用品にアニマルウェルフェアを反映させようと実践的な取り組みを続けてきた。輸入畜産品が増える中、途上国など輸出国での生産現場にもアニマルウェルフェアを浸透させる必要があると、各国の政府や企業に働きかけてきた。中国では2014年から政府と協力して優良な農場・企業を表彰してきたが、さらにアジア全体に広げようというのが今回の狙いだ。
食の世界ではアニマルウェルフェアの動きが急だ。
源流をたどると1964年に英国で出版され、工業的畜産を告発した「アニマル・マシーン」(ルース・ハリソン)に行き着く。「沈黙の春」で殺虫剤や農薬など化学物質の危険性を訴えたレイチェル・カーソンが序文を寄せ、家畜の扱いや薬剤の過剰使用が社会に衝撃を与えた。畜産農家や肉屋の焼き打ちも起き、英議会は翌1965年に動物学者を長とする専門委員会を設置。工業的畜産は家畜の虐待を招く恐れが潜んでいるとする報告書がまとめられた。
現在183の国・地域が参加し、動物の感染症対策やアニマルウェルフェアの向上に取り組む国際獣疫事務局(WOAH、本部パリ)がアニマルウェルフェアの国際基準として加盟国に求めている「五つの自由」も、原型はこの報告書にさかのぼる。市民・消費者の抗議運動が国際基準誕生につながったのだ。
アニマルウェルフェアで求められる動物の五つの自由《国際獣疫事務局(WOAH)の国際基準から》
❶飢え、渇きおよび栄養不良からの自由
❷恐怖および苦悩からの自由
❸物理的および熱的不快からの自由
❹痛み、けがおよび病気からの自由
❺正常な行動を発現する自由
1980~1990年代には牛海綿状脳症(BSE)に感染した牛の肉骨粉を、本来草食動物の牛の飼料に使ったために、世界的にBSEが広がった。英国などでは感染した牛の脳や脊髄(せきずい)を食べたためと見られる症状を示す人も相次ぎ、家畜の健康状態が食の安全や人の健康に直結していることが広く認識されるようになった。
さらに、世界の畜産消費が急増する裏で、穀物が家畜飼料に回って貧しい人たちの口に入らなくなったり、牛や羊などのゲップに含まれるメタンガスが地球温暖化に相当なインパクトを与えたりしていることもわかってきた。
その結果、肉などの畜産品を食べないビーガンや、「アニマルウェルフェアなど適切に育てられた肉を少量食べる」という人が欧米を中心に増えている。
欧州連合(EU)は法律に当たる「指令」で、加盟国にアニマルウェルフェアの具体化を求めてきた。生後8週以降の子牛を単独で飼うことの禁止や、妊娠した豚を約4カ月の妊娠期間中ずっと身動きできない「妊娠ストール」と呼ばれる装置で飼うことの禁止、採卵鶏でも身動きができないバタリーケージで飼うことの禁止などを次々と決めてきた。
外食チェーンなど食品業界もこうした動きと無縁ではいられない。
例えば、世界の運動団体(現在40以上)が大同団結して2017年にまとめた「ベターチキン・コミットメント(より良い鶏肉の約束)」だ。ケージフリー(ケージなしの飼育)はもちろん、自然光、止まり木などを備えた広い飼育空間、さらに「成長が遅く健康的な食肉鶏品種の使用」も求めている。現在のブロイラーは50年前の4倍の速度で体重が増え、体重増加に骨や内臓などの成長が追いつかない。その結果歩けなくなったり突然死したりする鶏が少なくなく、薬剤の使用も増えているとされるからだ。
「もっと健康に育てられた鶏肉を提供してほしい」という働きかけに、実現時期やその範囲は様々だが、欧州では380以上、米国では200以上の食品関連企業が何らかの公約をしている。バーガーキング、ネスレ、サブウェイ、スターバックス、デニーズ、ケンタッキーフライドチキンなど、日本でおなじみの企業名も多い。
日本は消費者の声が欧米ほど強くなく、最近まで畜産品の輸出もほとんどなかったため、こうした世界的な潮流から大きく取り残されている。象徴的なのがほとんどの養鶏場によるケージ飼いだ。国際NGOの世界動物保護協会(WAP)による2020年の畜産動物分野の評価では、経済協力開発機構(OECD)加盟国で唯一最低ランクの「G」とされた。アジアでは韓国が「D」で、途上国でもインドやフィリピンが「E」、タイやインドネシアが「F」で日本の上に入り、「G」には中国やベトナムなどが並んでいる。
家畜に関するアニマルウェルフェア推進例
《共通》適切な餌やり・給水、環境管理、健康管理、長時間苦痛を与える輸送や食肉処理方法の禁止(WOAH基準ほか)
【牛】生後8週以降の子牛を1頭だけで飼育することの禁止(EU)
【豚】妊娠ストールの禁止(EU)
【採卵鶏】ケージ飼育の禁止、飼育密度の制限(EUほか)
【食用鶏】成長が速すぎる種からの転換(「より良い鶏肉の約束」、欧米)
国際的な食品関連企業をめぐる別の評価でも日本企業は軒並み最下位ランクで、生産過程に関しても和牛霜降り肉はビタミンAを意図的に欠乏させていてアニマルウェルフェアに反するといった批判が出始めている。
バンコクでグッドエッグ賞を受けたマルフク(静岡県焼津市)の福﨑正展社長(55)は祖父、父の後を継いだ3代目。ケージ飼いによる鶏卵事業を中心に、プリンや厚焼き卵といった食品加工や流通を手がけてきたが、富士山麓(さんろく)のあさぎり宝山ファームでケージフリーの「エイビアリー」という飼育方法を始めた。毎朝自分の巣箱で卵を産み、餌を食べ水を飲む。日中は日の当たる遊び場部分に出るなど自由に活動できるという仕組みだ。今は約2万羽をこのエイビアリーで育て、卵の25%を生産する。
「ケージ飼いとエイビアリーを両方手がけていると、同じときに仕入れたヒヨコたちが飼い方によって、まるで違う生きもののように育つことに驚く。目や表情、羽のつや、太ももの太さなどが全然違ってくる」と福﨑さん。ケージ飼いも通常より余裕ある密度で育てているのだが、それでも神経質で病気にも弱い気がするという。エイビアリーの方はずっと健康的で人なつっこく感じるそうだ。
日本では希少なケージフリー卵とあって独占契約を持ちかけられたこともあった。「少し心が動いた。だが、やはりどこか1社にというのではなく、こうした取り組みを一生懸命しながら価値を食べていただく、共感していただくということを大切にしようと考えた」という福﨑さんは、2028年までにすべてエイビアリーに切り替えることを目ざしている。