マラリア、エイズ、結核の3大感染症をはじめ、顧みられない熱帯病(NTDs)や母子保健など、世界の保健医療分野の課題に向き合う「グローバルヘルス」。そして、気候変動や生物多様性の危機、海洋汚染など、地球環境の変化が人間の健康にどう影響を与えるのかを考える「プラネタリーヘルス」。こうした考え方が広がり、人々の健康を取り巻く課題が山積しているいま、ビジネスの立場からは何が出来るのか。ヘルスケアビジネスのいまとこれからについて語り合うセッションが、スタートアップ企業や投資家などが集まるイベント「IVS 2024」で開かれた。

「新しい産業の種として注目」

「IVS 2024」は7月4~6日、京都市で開催された。スタートアップ企業や投資家などが一堂に会する国内最大級の国際的な交流イベントで、期間中には様々なテーマのセッションが開かれた。事務局によると、3日間で200以上のセッションが開かれ、国内外から計約1万2千人が参加したという。

4日には、「Global health & Planetary health~地球規模×未来志向なヘルスケアビジネスの新視点~」と題したセッションが開かれ、研究者、NPO、スタートアップ、投資家など様々な立場から「ヘルスケア」を切り口に語り合った。現地では、立ち見も含め、約100人の観客が聴き入っていた。

セッション「Global health & Planetary health~地球規模×未来志向なヘルスケアビジネスの新視点~」では多くの参加者が聴き入っていた=2024年7月4日、京都市伏見区、筆者撮影

セッションを企画したのは、ヘルスケア分野のスタートアップ企業で、AI(人工知能)問診などの医療プラットフォームを運営する「Ubie(ユビー)」の守屋祐一郎さん。Ubieは「世界80億人の健康寿命の延伸」を使命として掲げ、企業の立場からグローバルヘルスへの貢献を目指している。守屋さん自身も現在、聖路加国際大学公衆衛生大学院の学生でもある。保健医療分野の課題に関心を持ち、「人類の健康とウェルビーイング(心身の健康や幸福)に貢献したい」と、グローバルヘルスなどをテーマにイベントを企画したり、政策提言をしたりしている。

ヘルスケア分野のスタートアップ企業「Ubie」の守屋祐一郎さん=2024年7月4日、京都市伏見区、筆者撮影

この日はファシリテーター(議事進行役)を務めた守屋さん。セッションの冒頭で、企画した背景や趣旨をこう説明した。「(政府の)骨太の方針などでも『プラネタリーヘルス』や『グローバルヘルス』が注目されている。新しい産業の種として注目されている一方で、スタートアップからすると、どういうふうにチャレンジしたらいいのかわからないのではないかということから、専門家の方々と一緒に語り合おうと(セッションを)用意した」

グローバルヘルス・プラネタリーヘルスって?

セッションに登壇したのは、聖路加国際大学公衆衛生大学院の坂元晴香・客員准教授、NPO法人「日本医療政策機構」の菅原丈二・副事務局長、ドローンとAI技術で途上国の課題に取り組むスタートアップ企業「SORA Technology」の金子洋介CEO、静岡社会健康医学大学院大学の准教授で、創業間もない会社に投資する「エンゼル投資家」でもある藤本修平さん。藤本さんは、ヘルスケア分野に特化して投資をしているという。

坂元さんがまず、「グローバルヘルス」の歴史的背景や経緯、現状について説明。日本とのつながりについて、「新型コロナ(の感染拡大)の記憶も新しいと思うが、世界のどこかで発生した感染症は、地球上にすぐ回るというリスクもある。一方でこれまで日本が培ってきた経験、例えば生活習慣病やがん対策などの経験が生きる部分もあり、日本の医療産業としての発展の可能性もあると思っている」と指摘した。

聖路加国際大学公衆衛生大学院の坂元晴香・客員准教授=2024年7月4日、京都市伏見区、筆者撮影

地球環境の変化と人間の健康への影響を考える「プラネタリーヘルス」については、菅原さんが解説した。「例えば気候変動。世界中で今、平均気温が40度を超える地域が出てきているが、地球環境が健全でないと人々の健康も促進できないという国際的な議論が、SDGs(国連の持続可能な開発目標)と同時並行で起きた」と背景を説明。「ヘルスケア、人の健康を守る業界の人たちも(地球環境に)無関心でいてはダメで、『地球よりも(人の)命が重い』というフレーズもあるが、やはり地球環境が健全でないと人の命も守れない」と語り、「保健医療の関係者だけが知っておくべきコンセプトではなく、投資家やスタートアップも、どういうふうに地球の問題も解決でき、人々の健康の問題も解決できるかという視野を与えてくれるのが『プラネタリーヘルス』という考え方だと思っている」と語った。

NPO法人「日本医療政策機構」の菅原丈二・副事務局長=2024年7月4日、京都市伏見区、筆者撮影

坂元さんも「プラネタリーヘルス」という考え方が広がり、医療現場などで大きな変化があったと説明した。新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、世界中でワクチン接種が広がったが、「その結果として医療関係の産業廃棄物がものすごく出た」と指摘。「注射は基本的に使い捨て。マスクやガウン、手袋と、大量の産業廃棄物が出たことで、『命を救うためには仕方なかったが、こんなに地球環境に負荷をかけてよかったのか』という疑問は出てきている」と語り、「命を守ることを追求しつつ、どうやったら環境負荷を減らせるのか。『プラネタリーヘルス』という考え方が出てきたことで、大きなパラダイムシフト(思考や価値観の変化)が起きている」と語った。

「IVS 2024」で開かれたセッション「Global health & Planetary health~地球規模×未来志向なヘルスケアビジネスの新視点~」の登壇者たち=2024年7月4日、京都市伏見区、筆者撮影

ビジネスはどう向き合っている?

「グローバルヘルス」や「プラネタリーヘルス」について、ビジネスの立場からはどう向き合っているのか。金子さんは「スタートアップにとってこれほど魅力的な市場はないと思っている」と断言。「なぜなら、世界中でお客さんとなる人が明確で、困っている人が明確で、その人たちの課題が明確。そして、国レベルでお金を入れていく政策が数年単位で決まっている。こんなに分かりやすい市場はないと思っていて、むしろ選ばない理由があんまりないんじゃないかと思っている」

「SORA Technology」の金子洋介CEO=2024年7月4日、京都市伏見区、筆者撮影

「SORA Technology」は、西アフリカのガーナやシエラレオネなどで、マラリアなどの感染症を媒介する蚊を減らすためボウフラの駆除剤を効率的に散布する事業に取り組んでいる。このマラリアをめぐっては、「2030年までにゼロマラリアを達成する」という国際目標がある。一方で、金子さんは「お金を入れているのに減らない。もちろん新型コロナや人口増の影響もあるが、確実にイノベーションを起こさないと、我々の地球が滅んでしまうという分かりやすいお題をいただいている。しかもグローバルでみんな同じ課題を抱えているので、1カ所で成功したら一気に広げられる、一気にグロース(成長・発展)できるというすごく分かりやすい市場だと思う」と指摘した。

藤本さんは、牛や人工の革ではなく、マッシュルームやリンゴなどから作る環境に配慮した「レザー」を使ったかばんなどを作るアパレルブランドに出資していると紹介した上で、こう説明した。「日本ではこうした(環境に配慮したビジネスなどの)分野に投資をしていく文化がまだない。これも実はヘルスケアにつながっていくことなんだと認知をすることが、特に大企業にとってはすごく大事になってくるのではないか」。「財務的なリターンだけではなく、間接的に人々の健康に資するような投資ももっと進んでいくべきだ」と語った。

静岡社会健康医学大学院大学の准教授で、「エンゼル投資家」でもある藤本修平さん=2024年7月4日、京都市伏見区、筆者撮影

次にできるアクションは?

専門家、スタートアップ、投資家。課題解決に向けては、様々な立場からの連携が重要だ。ビジネスの側はそうした多様なセクターとどうつながることができるのか。菅原さんは、「外部の知見やアイデア、困りごとがある方から積極的に声かけをいただきたい」と回答。「プラネタリーヘルスやグローバルヘルスを考えた際に、自分の所属先だけで解決できるものではないと思う」

ビジネスの側がまずできるアクションとして、金子さんは「自分と違うセクターの人と話すこと」と提案した。欧米のスタートアップに比べ、「日本はすごく縦割りだと感じる」と言い、「スタートアップの人はスタートアップにしかいない、医療の人は医療にしかいない、WHO(世界保健機関)の人はWHOにしかいない。そこをクロスしてぐるぐると(交流)してくれるととてもいいと思う」と語った。

藤本さんも「明日からできること」として、まず大企業が取り組むべきことを提案した。「自社のアセット(資産)をきちんと理解すること。(事業規模が)大きくなればなるほど、縦割りになり、わからなくなる」「自社のアセットを整理して、そのアセットを使って何かやれないかという考え方を持つのがすごく大事」

投資家として企業側と接した際、自社の取り組みがヘルスケアにつながるということに気づいていないことがあるといい、「今日一つ何かをした時に『これヘルスケアにつながるかも』と思うだけでもいい。そういう活動を日々重ねていくことが実は『ヘルスリテラシー』につながっていくのかなと思う」と語った。

守屋さんはセッションをこう締めくくった。「(世界の保健医療分野の課題は)絶対に解かないといけない課題で、誰もが課題の当事者であり、何らかの形で貢献できるソリューションを持っている。一方で、『つながり』がないと一歩目が踏み出せない。この課題に興味を持つ方が集まっているのでまずは人としてつながり、その先に事業としてつながりを持っていただくようになるといいなと思っている」