インドに健康診断を。予防医療への貢献をめざす日本企業の最前線
人口は中国を抜く見通しで、めざましい経済成長を続けるインド。その足元で抱える「命」に関わる課題と、解決をめざす日本企業の取り組みを取材しました。

人口は中国を抜く見通しで、めざましい経済成長を続けるインド。その足元で抱える「命」に関わる課題と、解決をめざす日本企業の取り組みを取材しました。
人口は14億人を超え、めざましい経済成長を続けるインド。ただ、人口の6割が暮らすのは農村部だ。貧困率も2019年時点で全人口の約10%に上り、格差の拡大のほか、栄養の偏り、公衆衛生や医療へのアクセスといった命に直結する課題も根強く残っている。顧みられない熱帯病(Neglected Tropical Diseases=NTDs)に苦しむ患者も多く、ヘルスケアへの対応が求められる中、課題解決につながるビジネスに日本企業が乗り出している。取り組みの最前線を追った。
インドは「糖尿病大国」ーー。そんな話を3月中旬に訪れたインドで耳にした。
世界で成人の10人に1人が患っているとされる糖尿病。
国際糖尿病連合(IDF)によると、2021年、世界で20~79歳の成人5億3700万人が糖尿病を患い、そのうち4人に3人以上が低・中所得国に住んでいるという。
IDFの2021年の推計によれば、世界で糖尿病人口が最も多いのは中国(約1億4090万人)。インドは2番目に多い約7420万人だが、そのうち、糖尿病を有しているにもかかわらず、糖尿病と診断されていない人の割合は中国(51.7%)を超える53.1%だ。診断されていないと、適切に治療を受けられないため、深刻な状態になりかねない。インドの糖尿病患者は2045年には1億2480万人を超えるとの予測もある。
糖尿病とは、食事などの生活習慣や体質などが関係するものと、免疫の異常などによるインスリンの分泌低下によるものなどに分類される。命を脅かされる前に適切な治療を受けるには、早期診断が欠かせない。だが、インドには国民皆保険制度はなく、健康診断も個人負担で受診するのが普通で、日本のように定着していないという。
こうした状況の改善に、技術の力で貢献しようとしている日本企業をインドで取材した。
「インドはもともと農業が盛んで、カロリーを摂取して農作業をするという伝統的な文化があった。一方で都市部ではホワイトワーカーが多く、あまり運動をしないという環境もできてきている。さらに都市部のライフスタイルが農村にも波及してきているにもかかわらず、糖尿病など健康管理への意識はまだまだ高いとは言えない」
NECの子会社「NECインド」の経営企画部長、高山和之さんは、インドの抱えるヘルスケア分野の社会課題についてこう語った。特に農村部での改善を目指し、「健康診断の習慣化とデジタル化によって、『予防医療』をサービスとして展開したい」という。
NECインドは2020年、インド北東部のビハール州で、政府が雇う地域のヘルスケアワーカー「ASHA(アーシャ)」に研修を行い、身長や体重、ウエストなどを計測し、生活習慣についてヒアリングする際に使うタブレットや測定機器を提供する実証実験を行った。
ヘルスケアワーカーたちはこれまで、住民たちからヒアリングした内容を紙に書き込み、集約していたため、集めた情報を十分に管理できていなかったという。タブレットに導入されているアプリでは、体重や身長などのほか、生活習慣について聞き取った内容を入力すると、それぞれの健康状態に基づいたアドバイスが表示される仕組みになっている。
実証実験は新型コロナウイルスの感染拡大の影響で一時中断していたが、2023年度中の事業化を目指しているという。
富士フイルムは、生活習慣病やがんの早期発見のために2時間で検査が受けられる健康診断センター「NURA(ニューラ)」をインド国内にオープンさせている。
2021年2月にインド南部ベンガルールに開設したのを皮切りに、現在は3カ所に広がった。「富士フイルムインディア」社長の和田耕児さんは、開設の経緯について、「メディカルビジネスに取り組む会社として何か社会に貢献できないかと考えてきたが、特にインドは社会課題の多い国。ここで何かできないかと社内で検討してきた」と話す。
「インドでは健康診断に丸一日かかるのも普通で、診断結果を受け取るために数時間待たされることもある。最新の医療機器と、AI(人工知能)を組み合わせた技術により、ワンストップで健康診断を提供し、2時間で検査を受けられる手軽さも特徴の一つ」
ベンガルールにあるNURAを視察した。
心電図、聴力、視力といった日本でも定番の項目に加え、口腔(こうくう)がん検診、肺や内臓を調べるCT検査、骨密度や内臓脂肪、皮下脂肪などの体組成の検査などが受けられる。
3階には女性専用フロアがあり、乳房のX線撮影をするマンモグラフィーや、子宮頸(けい)がんの検査も実施する。
健診の最後には、医師による問診がある。その際、当日撮影したX線画像などを示しながら、医師から説明を受けることができる。問診までの全ての検査は2時間で完了し、日本では数週間かかる診断結果は、問診後すぐにスマートフォンでデータがダウンロードできるという。
和田さんによると、2021年2月以降、NURAで計約1万人が受診(今年6月現在)。そのうち、インド在住の日本人の割合は5~10%程度。健診1回あたりの費用は拠点によって違い、1万5千~2万ルピー(約2万4800~3万3千円)と現地では高額ではあるが、和田さんは「想定していたよりも幅広く、中所得層の方にも利用して頂いている」と話す。現地の企業や欧米系の企業にも売り込み、福利厚生の一環として導入する企業も増えているという。
NURAでは診断後に特定の病院の紹介はしていないが、健康診断で心筋梗塞(こうそく)のリスクが高いことがわかり、病院につないで一命を取り留めた例もあったという。
健康診断が広まることは間違いなくいいことだが、NURAにとってはライバルも増えるのでは? インドでの健康診断の普及についてたずねると、和田さんはこう答えた。
「私たちはNURAだけで健康診断の需要を独占しようという目的ではやっていません。他の医師や病院から、『同じようなことをやりたい』という話が少しずつ出てきています。そうした方々を『競争相手』とは捉えておらず、一緒にやっていきたいと思っています。ビジネスとしては(画像診断を支援するAI技術などの)バックエンドの機器やITソリューションを持っています。どちらかというと、一緒に健診文化を広げていけたら、と思います」
健康診断が広まれば、自社の医療機器やITサービスへの需要も高まる可能性がある。企業がこうした社会課題に取り組むことが、インドの人々の生活をよりよいものにし、持続的な課題解決につながるのではないだろうか。