ビジネスと人権、企業とNGOの連携が必要な理由とその方法とは?
人権デューデリジェンス。聞いたことがありますか? 企業に人権リスクを抑える努力を求める仕組みです。日本での浸透は遅れていますが、世界的には必須事項です。

人権デューデリジェンス。聞いたことがありますか? 企業に人権リスクを抑える努力を求める仕組みです。日本での浸透は遅れていますが、世界的には必須事項です。
企業に人権リスクを抑える努力を求める「人権デューデリジェンス(適正評価)」が注目されている。国際的な経済活動をする企業では必須ともいえる取り組みだ。日本ではその取り組みが遅れているが、途上国開発やNGO活動に詳しい山内康一さんは、現地の事情に精通したNGOとの連携が必要だ、と主張する。
持続可能な開発目標(SDGs)やEnvironment(環境)、Social(社会)、Governance(ガバナンス、企業統治)を考慮した投資、経営・事業活動(ESG)への関心が高まるなか、「ビジネスと人権」は重要テーマとなり、企業活動に人権リスクを抑える努力を求める「人権デューデリジェンス」が重視されるようになった。
この流れを受けて、世界各国で人権デューデリジェンスの法制化が進む。米国議会は2021年に中国・新疆ウイグル自治区の人権侵害を問題視して「ウイグル強制労働防止法案」を可決。その結果、日本企業が販売するシャツの輸入が差し止められた。英国では2015年に「現代奴隷法」が制定され、人身売買や強制労働を禁止。企業にサプライチェーンにおける奴隷労働をなくす努力が義務付けられた。フランスでは2017年に「企業注意義務法」、ドイツでは2023年1月に「サプライチェーン・デューデリジェンス法」をそれぞれ施行し、人権や環境をリスクにさらさないよう注意する義務が企業に課された。欧州連合(EU)の行政を担う欧州委員会も2022年、「企業の持続可能性デューデリジェンス指令案」を発表した。
日本では岸田内閣で初めて、人権担当の首相補佐官が置かれ、2022年9月に「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」が策定された。国会では超党派の「人権外交を超党派で考える議員連盟」が、企業の自主的取り組みだけでは不十分として、人権デューデリジェンスを義務付ける法整備をめざしている。
1990年代、米国ナイキ社はインドネシア工場の児童労働が批判され不買運動を受けた。このほかにも、パキスタンのサッカーボール工場やガーナのカカオ農園の児童労働、あるいは2013年に起きたバングラデシュでの縫製工場崩壊で千人以上の死者が出た事件など、労働者の人権侵害は、不買運動や企業イメージ悪化につながる。
このような事態を経て、ナイキ社をはじめとするアパレル業界では1990年代後半、サプライチェーンにおける労働者を保護する枠組みづくりが始まった。社会的にも企業の責任を問う声が強まり、国連のグローバル・コンパクト、グローバル・レポーティング・イニシアチブ(1997年設立)の「GRIガイドライン(2000年)およびGRIスタンダード(2016年)」、ソーシャル・アカウンタビリティー・インターナショナルの「SA8000(1997年)」、国際標準化機構の「ISO26000(2010年)」につながっていった。産業別の認証システムも現れ、ダイヤモンド業界の「キンバリープロセス(2003年)」、コーヒーやお茶などの「フェアトレード・インターナショナル(1997年)」など、人権や労働者の権利を守る仕組みが発展してきた。
一方国連人権理事会は、2011年に「ビジネスと人権に関する指導原則」を承認し、企業が人権を尊重する責任を明確化し、サプライチェーンにおける人権デューデリジェンスの実施を求めている。2011年には経済協力開発機構(OECD)が「OECD多国籍企業行動指針」を改定し、環境も含めた人権デューデリジェンス実施を明確化している。
世界の潮流を見れば、海外展開する日本企業にとって人権デューデリジェンス実施体制の確立は急務である。しかし、日本企業の人権デューデリジェンスへの取り組みは始まったばかりだ。経済産業省が2021年に上場企業を中心に行った調査では、人権デューデリジェンスを実施している企業は5割にとどまり、未実施企業の3割が「方法がわからない」と回答した。人権デューデリジェンスの必要性はわかるが、その実施方法は手探り状態といえる。
すでに人権デューデリジェンスを実施している先進的な企業でも、単にサプライヤーにアンケート用紙を送って記入してもらうだけの調査といったケースが多い。人権デューデリジェンスの実施をコンサルティング会社や監査法人に依頼する企業や、独立した監査組織に委任する企業もあるが、アンケートなどの手法が多い。しかし、アンケートや誓約書への署名だけでは、サプライヤーなどの関係者が誠実に回答しているかどうか検証することは難しく、虚偽の申告を見抜くことは困難だ。
また、発展途上国において、その国の国内法では問題がなくても、国際基準をあてはめれば問題視される人権侵害もある。現地の言語や文化、習慣に詳しくない外国人が、出張ベースで調査に行って十分な評価ができるとは限らない。書類上は適切だが、内情には問題があるといった状態を避けるためには、質の高い現地調査(監査)が必要である。見せかけだけのSDGsに関わる取り組みが「SDGsウォッシュ」と呼ばれるように、形だけの人権デューデリジェンスで済ます企業は「人権デューデリジェンス・ウォッシュ」と批判される恐れもある。
現地政府と日本の官民、そしてNGOが人権デューデリジェンスについて協力した成功例といえるのが、認定NPO法人ACEによるガーナのカカオ農園の児童労働をなくす取り組みだ。ACEはガーナ政府と協力して児童労働のない地域を認定する「チャイルドレイバー・フリーゾーン」制度の構築を支援した。また日本のチョコレート会社や国際協力機構(JICA)と協力して「開発途上国におけるサステイナブル・カカオ・プラットフォーム」を形成した。
ACEの成功の背景には、長年にわたってガーナで活動し現地事情に精通したスタッフの存在や、児童労働問題に関する専門性の蓄積があると思われる。また、企業側にすればチョコレートのように消費者イメージが重要な商品に関しては環境や人権への配慮は不可欠であり、企業ニーズとNGOの専門性が合致したことも成功の一因だろう。
このような事例を増やすには、企業の人権デューデリジェンス実施体制の整備にNGOが協力する方法が考えられる。企業が人権や環境に配慮した持続可能なビジネスを実現する上で、企業に欠けている部分を補う一方で、NGOが持つ専門性やリソースを生かすことができる。このことにより、NGOは人権や環境の改善に貢献できる。また企業は、サプライチェーンにおける人権擁護に貢献するだけでなく、原材料の調達や工場運営を行っている地域の社会貢献活動をNGOを通じて実施することもできる。企業の地域貢献事業をNGOが請け負うことで、企業とNGO、そして地域住民がウィンウィンの関係を築く手助けができるだろう。
NGOの現地事務所には、現地事情に通じた日本人駐在員や現地スタッフがいる。多数の日本企業が進出している東南・南アジアやアフリカには人権デューデリジェンスのニーズを持つ日本企業も多いだろう。現地サプライヤーや現地工場の調査(監査)に日本のNGOスタッフが参加することで第三者性を高め、調査の信頼性を高めることができる。文化的背景が異なる日本からの短期出張者では気づかない視点も、NGOの現地駐在員や現地スタッフなら気づきやすく、より踏み込んだ調査を行うことができる。報告書を日本語で作成できるのも、日本企業にとってはメリットだ。また日本のNGOと連携して人権デューデリジェンスに取り組む姿勢は、企業イメージのアップにも役立つだろう。
日本のNGOが、現地の日本人商工会や日本貿易振興機構(JETRO)事務所と連携し、先進的な人権デューデリジェンスの事例をつくることもできるだろう。JETROは人権デューデリジェンスに積極的に取り組んでおり、NGOとJETROの連携や協働事業の可能性もあるだろう。
人権デューデリジェンスに関心を持つのは企業ばかりではない。労働組合も自社の現地工場やサプライヤーの人権問題に関心を持っている。労働者の権利を守るのが労組であることから、自社の現地工場やサプライヤーの工場で児童労働や人権侵害が起きていないかどうかに関心は高いだろう。世界の児童労働廃止キャンペーンを支援している労組も多い。また企業側が人権デューデリジェンスを怠った結果として企業業績が低迷すれば、労働者にとっての危機にもつながる。一部の大企業の労組は、資金力や政治力を持つ。こういった労組とNGOが連携して、発展途上国の現地工場やサプライヤーの人権侵害を監視するネットワークを形成し、人権デューデリジェンスを推進することも可能かもしれない。
これまで述べてきたように、人権デューデリジェンスの必要性が高まるなかで、日本のNGOは人権デューデリジェンスの改善に貢献できる人材や専門性を持っている。企業とNGOが連携することは、人権や環境を守る一助になるだろう。