国連総会を機に9月、国際機関や世界各国の政府、NGOからリーダーたちが米ニューヨークに集まった。幅広いグローバルイシューが議論されたなかで、國井修さんが専門家として出席したグローバルヘルス分野の会合では、どのようなことが話し合われたのだろうか。 

世界の指導者が集結、会場外では行動求めるデモも

毎年9月になると、ニューヨークの街は物々しくなる。ところどころにバリケードが設置され、ニューヨーク市警察(NYPD)は街角のあちこちで睨(にら)みをきかせる。高級ホテルの前にはパトカーと黒塗りの高級車・護衛車、入り口では厳重なセキュリティーチェック。安宿も通常の2、3倍の値段に跳ね上がり、それでも予約が取れなくなる。

ここで何が起こっているかというと、世界約200の国・地域から大統領・首相・大臣級が出席する国連総会とハイレベル会合が開かれている。世界の平和と安全、経済成長や開発、社会開発や人権問題など、世界のさまざまな課題が議論され、解決に向けた国際的な合意や決断が図られる。

国連本部ビル=米ニューヨーク州、筆者撮影

コロナ禍によって一時オンライン開催となっていた国連総会は、2022年から対面で開催され、今年2023年の第78回国連総会とそれに続くハイレベル会合には、パンデミックなどなかったかのように世界中から多くの人が集まった。

4年ぶりに開かれたのは「SDGサミット」。今年は2016〜2030年までを実施期間とする持続可能な開発目標(SDGs)の中間年だが、コロナ禍やロシアによるウクライナ侵攻の影響もあり、SDGsのターゲットのうち順調に推移しているのは2割程度しかないという。今回のサミットは、SDGsに対する取り組みをいかに加速するか、いかにあるべき道筋に戻すかを話し合う重要な会合となった。

もうひとつ、世界が注目したのが気候野心サミット(Climate Ambition Summit)。“first movers and doers”、すなわち「先行して行動するもの」を世界中から集め、野心的な気候変動対策を推進するための議論を試みた。国・地域、自治体、国際機関のトップらから約40人のみが発言者として選ばれて招かれたが、残念ながら二酸化炭素排出量のトップランキングにある中国、インド、米国、日本などには発言の機会はなく、ハイレベルの出席を見送った国もある。

むしろ盛り上がったのは、国連会議場の外の街中。このサミットに合わせて、バイデン米大統領や世界の指導者たちに早急な行動を訴えるデモだった。タイムズスクエアなどの通りに約700の団体および活動グループから数千人が集まり、「化石燃料廃止を!」「若者たちは化石燃料に投票しない」「山火事と洪水に投票した覚えはない」「目を覚ませ」などと書かれた手作りのメッセージボードや横断幕を掲げた。

地球温暖化に対するデモで路上一面を覆い尽くしたプラカード。「熱波の中では働けない」などと書いてある=米ニューヨーク州、筆者撮影

グローバルヘルス分野での日本のプレゼンス

これらの会合とともに、今年の国連総会ハイレベルウィークの重要トピックがグローバルヘルスだった。なんと、「パンデミックの予防・備え・対応の強化(Pandemic prevention, preparedness and response; PPPR)」、「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)の実現」、「結核の終息」と三つの保健課題が大統領や首相、大臣レベル、国連・国際機関、NGO・市民団体などによって発表・議論され、それぞれの政治宣言が出された。

過去にも国連ハイレベル会合で保健課題が挙がったことはある。2001年の国連エイズ特別総会に始まり、HIV/エイズについては、5年に1度ハイレベルな集まりが開かれている。2018年には結核に関するハイレベル会合が開かれ、そのフォローアップ会合が今年開かれた。これにUHCの会合が加わり、さらに新型コロナウイルスの後に続く、将来のパンデミックに対する予防・備え・対応に関する議論もハイレベルで行うべきだとの数カ国からの主張を受け、PPPRを取り上げることが直前に決まり、これら三つの課題がハイレベル会合として取り上げられることになった。

私もG7広島サミットのグローバルヘルス・タスクフォースを通じて、また過去にはユニセフやグローバルファンド、現在はGHITファンドを通じて、これら三つの保健課題に向き合ってきたため、すべてのハイレベル会合に参加することになった。

これらの会合は9月20~22日の3日間で開かれたが、その期間中、また前後には様々なサイドイベントが開かれ、私が招かれたものだけでも七つ、自ら企画・運営に関わったものが一つあった。

たとえば、ビル&メリンダ・ゲイツ財団はジャズ・アット・リンカーン・センター(Jazz at Lincoln Center)で、「2023年グローバル・ゴールキーパー賞授賞式(Global Goalkeepers Award 2023)」を執り行った。これは2017年から毎年、国連総会ハイレベル・ウィークにSDGs達成に向けて多大な貢献をした人物をビル・ゲイツ氏とメリンダ・ゲイツ氏が表彰するイベントだが、今年はG7広島サミットなどを通じてグローバルヘルス分野でのリーダーシップを示した岸田文雄総理大臣が受賞した。岸田総理もスピーチで触れたが、この賞は日本国内でグローバルヘルスを推進する政治家、政府関係者、市民組織、アカデミア、企業、メディアの努力の賜物(たまもの)でもあったとも言える。

Goalkeeper賞を受賞した岸田総理(右)とビル・ゲイツ氏=米ニューヨーク州、筆者撮影

日本政府とジャパン・ソサエティが共催したG7保健フォローアップ・サイドイベント、「2030年までにより強靭(きょうじん)、より公平、より持続可能なユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)を達成するためにー感染症危機対応医薬品等(MCM)への公平なアクセスとグローバルヘルスにおけるインパクト投資イニシアチブ(Triple I)ー」は、見応えがあった。

日本政府とジャパン・ソサエティが共催したサイドイベント=米ニューヨーク州、筆者撮影

岸田総理の開会のあいさつに始まり、武見敬三厚生労働大臣、ビル・ゲイツ氏、タイのパーンプリー・パヒターヌコーン副首相兼外務大臣、アダノムWHO事務局長、ラッセルUNICEF事務局長らが、グローバルヘルスの課題解決に向けた開発金融機関や民間企業などからの資金動員の重要性、それを支援・発展させるためのインパクト投資イニシアチブ(Triple I)への期待などを述べた。私も前職グローバルファンドでインパクト投資に関わっていたが、Triple Iが今後どのように発展していくかが楽しみだ。

ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)ハイレベル会合でスピーチをする岸田総理=米ニューヨーク州、筆者撮影

SpeakerからMover and Doerへ

また、The Nippon Clubで日経・FT感染症会議が主催し、グローバルヘルス技術振興基金(GHIT Fund)や日本政府などが共催したサイドイベントが、「進行中のパンデミック(結核)対応と将来のパンデミックへの備えーシナジーを生むには」である。尾身茂・結核予防会理事長、感染症流行対策イノベーション連合(CEPI)のハチェットCEO、ストップTBパートナーシップのルチカ事務局長などを招き、私はモデレーターを務めた。将来のパンデミックへの備えは重要だが、現在も世界で蔓延(まんえん)し、感染症では最も死亡者数の多い結核も忘れてはならない。将来のパンデミックも呼吸器感染症である可能性が高いため、結核も含めた呼吸器感染症をより包括的に捉えた対策、研究開発、人材育成が必要だ。その他、さまざまな発表、白熱した議論が行われた。

結核についてはコロナ流行前、世界で最も多くの死者を生む感染症だったが、コロナ禍で対策が停滞して感染者・死者がさらに増えた。今回、国連ハイレベル会合で何が話し合われ、どのような政治宣言が作られたのか、どのような努力が必要なのかについては、別稿で詳細に記したい。

国連本部ビル内で開催されたベスターガード社(マラリア対策の蚊帳などを製造販売)のサイドイベント=米ニューヨーク州、筆者撮影

いずれにせよ、今年9月、ニューヨークでは「グローバルヘルス」をめぐる数々の議論が交わされ、盛り上がった。ただ、私がいつも自問自答し、時折このような会議でも投げかける質問は、「ここでの議論が現場にどう反映されるのか、現場をどう変えるのか」である。多くの時間と金をかけてニューヨークに集まる意義や価値をしっかりと考える必要がある。確かに、バーチャルよりもリアルで会った方が話は進むし、関係性は深まる。しかし、この議論に費やした時間と金は、最終的には現場を変え、未来を作ることにつなげなければならない。

Speaker(しゃべる人)でなく、Mover and Doer(動かし、行動する人)にならなければならない、と自分に言い聞かせながら、ニューヨークを後にした。