岸田首相が2億ドルを誓約。世界の健康へGHITファンドが描く戦略
G7広島サミットで岸田文雄首相が2億ドルの拠出を誓約したグローバルヘルス技術振興基金(GHITファンド)。健康な未来へのビジョンを國井修CEOに聞きました。

G7広島サミットで岸田文雄首相が2億ドルの拠出を誓約したグローバルヘルス技術振興基金(GHITファンド)。健康な未来へのビジョンを國井修CEOに聞きました。
「国際保健については、G7全体として資金貢献を行っていく中で、日本はグローバルヘルス技術振興基金(GHITファンド)への2億ドル(約280億円)のプレッジ(誓約)を含め、官民合わせて75億ドル(約1兆円)規模の貢献を行う」
5月21日に閉会した主要7カ国首脳会議(G7サミット)。閉会後の会見で岸田文雄首相はこう表明した。
国際保健とは、「グローバルヘルス」とも呼ばれ、新型コロナなどの感染症のほか、マラリアやデング熱など国境を越える世界の健康にまつわる問題に、国際的な連携・協力で取り組むことだ。首相は会見で、この分野のG7サミットの成果として、「新型コロナが収束する中、『次なる危機』に備えるための国際保健、ジェンダー主流化の推進といった課題についても議論を深め、連帯を確認した」とも強調した。
日本政府から2億ドルの拠出を誓約されたGHITファンドは5月25日、2023年度から2027年度までの5年間の事業計画を発表。取材に応じた國井修CEO(最高経営責任者)は、政府の誓約の意義についてこう語った。
「新型コロナのようなパンデミックに対しては富裕国はお金を出し、研究開発が進められている。一方で『顧みられない熱帯病(NTDs)』やマラリアなどの感染症といった、新型コロナに匹敵する感染者や死者がいるのに、富裕国では流行していない病気に対しては、非常に関心が薄れていると感じている。そうした中で、『誰一人として取り残さない』というユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)の推進を重要な柱の一つとしてきた日本に対しては、こうした分野を引っ張っていける存在として世界からの期待が集まっていた。その期待に応え、口だけではないサポートを示したのではないか」
UHCとは、「全ての人が適切な保健医療サービスを支払い可能な費用で受けられること」を意味する。日本では1961年に全ての国民が加入する公的医療保険が確立し、保健医療へのアクセスも改善された。UHCを達成できた日本は、前回議長国を務めた2016年のG7伊勢志摩サミットで「UHCの推進」を主要テーマとし、アフリカやアジアなどでのUHCの確立に向けた支援を表明するなど、この分野の国際的な議論をリードする姿勢を示してきた経緯がある。
GHITファンドは、マラリアや結核、NTDsのワクチン、診断・治療薬の開発を促進するため、製薬会社や感染症対策に取り組むビル&メリンダ・ゲイツ財団、日本政府などが資金を出して2012年に設立された。今年5月25日時点で、これまでに118件のプロジェクトに対して、約291億円を投資。現在も12件の臨床試験が進められている。製品開発に参加している団体は、国内59、海外111と、計170に上る。
日本政府からの資金拠出の誓約を受け、今後どうグローバルヘルスの実現に向けて取り組むのか。
國井CEOは、「治療薬などの研究開発には通常10年以上、500億円ほどかかり、失敗することもある。設立から10周年を迎えた私たちは、これまでに300億円ほど投資し、12件の臨床試験が進められ、そのうち1件は承認待ち。数字で見ても成果は上がってきている」と分析。「この1件が承認され、世界に広がれば、5千万人以上の子どもの治療ができる。時間はかかるがインパクトは大きい」と語った。
現在、欧州医薬品庁へ承認申請をしているのは、NTDsの一つである「住血吸虫症」の生後3カ月~6歳の子どもを対象とした治療薬。住血吸虫症は特にサハラ以南のアフリカで多く発生し、世界で約2億4千万人の人々の生活に影響を与えているとされる。すでに安全で効果的な治療薬が存在するが、就学前の子どもたちに適した製剤はなく、5千万人の子どもが治療を受けられずに放置されているという課題があった。
國井CEOは今後に向け、「こうした研究開発を今後5年間でいかに加速化するか。研究開発はもちろん大事だが、最終的に現場に届けなくては意味がない。とにかく加速化させ、多くの製品を世の中に出していく。そのためには様々な人々や組織とパートナーシップを組み、化学反応を起こしていく。これをしっかりと進めていく」と表明した。
一方で、新型コロナのパンデミックでは、ワクチンが途上国に行き渡らない「ワクチン格差」が生まれ、その背景には、知的財産権にかかわる先進国と途上国の対立や、途上国の保健医療システムの脆弱性などが指摘されていた。G7広島サミットで発出された首脳声明では、医薬品の「公平な分配」や医療インフラの整備などが盛り込まれたが、知財の問題に踏み込まなかったことから、市民団体などから課題解決には十分ではないと懸念の声も上がった。
医薬品を必要とする人々の元にきちんと届くようにするためには、どうすればいいのか。
國井CEOは、「No Loss, No Gain」(損も得もない)という言葉を挙げた上で、「企業がお金をかけて製品開発をしたものに対しては、最低でもその投資に対する回収がなければサステイナブル(持続可能)な事業にはならない。一方で、世界に貢献したいと思っている企業も少なくない。それをつなぐのがGHITの重要な役割の一つだ」と述べた。
特許権を持つ二つ以上の企業が、それぞれの特許を共同管理する「パテントプール」を設立し、ジェネリック医薬品(後発薬)を支払い能力に応じた対価で分配する仕組みなどの例を挙げ、「様々な考え方があり、一つの方法ですべてうまくいくのは難しい。様々なメカニズムを立ち上げていくことも重要ではないか」と語った。