リスク回避だけではない 「ビジネスと人権」めぐり企業観に変化
企業が市民社会などとともに公正な社会づくりを目指す「ビジネスと人権」というテーマへの関心が高まっています。その背景には企業観の変化があるといいますが、それは?

企業が市民社会などとともに公正な社会づくりを目指す「ビジネスと人権」というテーマへの関心が高まっています。その背景には企業観の変化があるといいますが、それは?
経済活動の中で、企業が政府や市民社会とともに公正な社会の実現に積極的に、そして自主的に取り組む「ビジネスと人権」というテーマへの関心が、日本で急速に高まっている。とくに2023年には故ジャニー喜多川氏による性加害問題が国際メディアや国連を通して世界で注目され、企業のみならず、消費者である市民社会にも関心は広がった。2023年11月に東京都内で開かれた国際協力NGOセンター(JANIC)主催のイベントでの討論を中心に、日本における「ビジネスと人権」の現在地を報告する。
「ビジネスと人権」という考え方は必ずしも新しい考え方ではない。
JANICの理事で、市民社会シンクタンクTHINK Lobbyの所長でもある若林秀樹氏によれば、経済活動において企業に責任ある行動を求める動きの始まりは50年近く前の1976年に経済協力開発機構(OECD)が定めた「多国籍企業行動指針」にあるという。その後、1990年代からは経済のグローバル化とともに企業による人権侵害の事例が増え、企業の社会的責任が注目された。
OECDの行動指針は、法的拘束力はないが、情報開示、賄賂などの不正防止、雇用や労使関係など、幅広い分野における企業行動の原則と基準を定めており、たびたび改定されている。直近では2023年6月に「気候変動や生物多様性について国際的に合意された目標との整合性を図ること」が盛り込まれ、地球規模の課題にも企業が貢献することが求められている。また、企業と政府双方において苦情処理メカニズムを一層強化することなども求められた。OECDの行動指針と日本の最新の取り組みについては、2月7日(水)にグローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパンなどが主催するオンラインフォーラムでも取り上げられる。
企業の社会的責任の範囲が広がる一方で、その動きを「企業にとってのリスク回避」にとどめるのではなく、「企業が保有する経営資源をどこに投資すれば、より効率的に社会的価値のあるインパクトを出すことができるか」を考える積極的なビジネスチャンスととらえる考え方が必要だとされている。
JANICが昨年11月11日に主催した「HAPIC(Happiness Idea Conference)2023 課題解決の先へ。」で開かれたセッションの一つ「成長戦略としてのNGO・企業連携を考える」では、中山雅之・国士舘大学大学院グローバルアジア研究科教授が、ビジネスと人権が注目される背景にある企業観の変化を指摘。伝統的な企業観では、「企業は株主の利益を増大させることが主要な目的であり、社会的な目標と経済的な目標は両立しない」ということだったが、現在では、「社会環境にコミットし、社会貢献をすることが結果的に企業利益をもたらす」と指摘し、「つまり社会価値と企業価値は両立する」と述べた。今ビジネス界で唱えられている、株主利益至上主義(株主資本主義)から、すべての利害関係者(ステークホルダー)への貢献に資する「ステークホルダー資本主義」への変化だ。
別のセッションに登壇したNGO「世界の医療団日本」の米良彰子事務局長は「企業にとってリスクだから、ビジネスと人権の課題に取り組むのではなく、よりよい社会づくりという積極的な理由で取り組んでほしい」と指摘した。
また、このイベントではJANICが作成している「公正な社会の実現に向けた対話のための企業行動チェックリスト」が紹介され、チェックリストのパイロット評価に参加した企業の担当者も登壇した。
このチェックリストは企業自身が、10の行動領域について、自社の活動が「公正な社会の実現に向けて行われているか」を確認するために作成されている。10の領域は、「人権」「環境・気候変動」「コンプライアンス・公正な事業慣行」というテーマに基づいている。チェックリストを作成した担当者は、「できていないことをあぶりだすことが目的ではない。チェックに取り組み、現在地を認識することだけでも企業の行動変容を促すきっかけになる。さらに、チェックリストをきっかけに様々な企業以外の関係者との対話を始めることもできる」と話した。
また、若林氏によれば、このチェックリストが目指すところはこれまでの「ビジネスと人権」の枠を超えた取り組みだ。企業が、自身のサプライチェーンの中で人権などに与える負の影響をマネジメントすることにとどまらず、社会の公器として、貧困や差別、教育など社会の構造的な問題への解決、権力による市民への弾圧の抑止などに対し、具体的な行動をとるようになることが狙いだという。
一方、チェックリストのパイロット評価に参加した企業の担当者は、チェックリストに注目した理由として、「専門性の高い市民社会の人々の視点と問題意識を自社の事業に反映したいこと、そして企業とNGOが社会課題の解決という共通の目標を持つのであれば、当初から一緒に取り組むことが効率的だから」と述べた。
「ビジネスと人権」というテーマが語られる時、人権侵害などの事件が発生してから企業の倫理的行動を求める議論がわき上がるというケースが多いが、セッションではNGO側、企業側の登壇者のいずれもが、「ビジネスと人権の本質は、企業と市民社会、政府が公正な社会を築くために協業することだ」という考え方を強調した。