「緊急人道支援学会」が発足 実践者と研究者の協働を目指して
研究者やNGO、政府や企業関係者など幅広い関係者が集う「緊急人道支援学会」が発足。第1回大会では、複雑化する世界の人道危機にどう向き合うのかが話し合われました。

研究者やNGO、政府や企業関係者など幅広い関係者が集う「緊急人道支援学会」が発足。第1回大会では、複雑化する世界の人道危機にどう向き合うのかが話し合われました。
頻発する自然災害、紛争や戦争――。国内外での人道支援に携わる人々による学会「緊急人道支援学会(会長・山田満早稲田大学教授)」が昨年9月に発足し、今年2月に創設後初めての大会が開かれた。さまざまなセクターに属する専門家たちが協働を目指し、学会の役割や期待について意見を交わした。
緊急人道支援学会は、絶え間ない災害、紛争などの人道危機に直面している近年の情勢を踏まえ、国内外での緊急人道支援に関わる実践者、研究者やステークホルダーが交流・協働し、変容する危機への新たな対応の土台を創出するために、2023年9月に発足した。
新しい学会設立の契機となったのは、紛争後の教育支援などの研究に尽力されてきた故内海成治大阪大学名誉教授(学会初代会長)らが編者になった「緊急人道支援の世紀―紛争・災害・危機への新たな対応」(2022年、ナカニシヤ出版)の出版である。出版直後にウクライナ侵攻が始まり、トルコ・シリア地震などの大規模な人道危機が続き、継続的に実践と研究を結びつけ、今後も頻発し多様化、複雑化する人道危機へのアプローチを探る場が必要という切迫感が、共有されたのである。
学会は、⼈道⽀援に従事するNGO、医療関係者、政府関係者、国際機関関係者、メディアならびに企業・団体の関係者など、幅広いステークホルダーが知を共有し、対応の方向性や政策を吟味し、提言する「プラットフォーム」となることを目指している。また人道危機が起こってからの緊急対応のみならず、予防や準備、レジリエンス(回復力)の促進に関わる長期的な人道支援も活動の対象としている。
学会は、創設後初めてとなる記念大会を、2024年2月13日に東京大学駒場キャンパスを会場に開催し、NGO関係者、研究者、学生など約250名が参加した。大会のテーマは「頻発する人道危機:共創とイノベーション」。ウクライナ危機、パレスチナ情勢の悪化、能登半島地震、気候変動など人道危機が頻発、深刻化し、それらが連動することを念頭に置いた。
変わりゆく人道支援のニーズに対し、研究者、実務家、企業関係者、学生など幅広いステークホルダーがどのように連携できるのか、そして共創とイノベーションで対応できる可能性があるのか、さまざまな角度から議論を深め、新しい人道支援研究、実践を創造する場づくりを目指した。
大会の目玉であるシンポジウムにはNGO、メディア、研究者、企業、国会議員と異なるセクターの著名人が登壇した。
大西健丞さん(ピースウィンズ・ジャパン代表理事)は、人道支援におけるNGOの強みは規制を受けない自由な組織であるため、過去に例がない取り組みができることだと述べた。一方、NGOの弱みは組織の規模や活動のインパクトが小さいことなので、これを乗り超えるために企業や政府との協働が必要であると指摘。日本社会は縄張り意識が強く、「たこつぼ社会」なので、このたこつぼを打破していくのもNGOの役割だとし、加えて、イノベーションのためには良い意味での競争が必要だと主張した。
モデレーターを務めた道傳愛子さん(NHK World, Newsline In Depthキャスター)は、マスメディアは災害の発生直後、紛争の開始直後は頻繁に情報発信をするが、長期化すると扱う頻度が減るのが課題であると述べた。緊急と開発のギャップを埋めるシームレスな支援が必要であると言われるが、メディアも緊急、復興、開発へとシームレスに報道していくことが必要だ、と述べた。そして平常時に危機の兆候はなかったのか、復興・開発支援につながる緊急支援はどうあるべきかなどについて掘り下げて報道することが大切だ、と語った。
鵜尾雅隆さん(ファンドレイジング協会代表理事)は、危機状況下においては相互扶助の気持ちが高まるので多様なアクターの協働は進みやすいのではないか、と指摘した。社会課題解決のための民間投資は年間5兆円を超えており、人道支援分野においても革新的な取り組みへの投資が今後進む。欧米が中心であった企業のフィランソロピー(社会貢献)はアジア地域でも進展しており、日本は災害支援におけるフィランソロピーに大きな貢献ができるのではないか、との見通しを示した。また実践と知識の共有や交流だけではイノベーションは起きないとし、自分の強みをふまえた上で、未来へのビジョンを持つことが前提として必要、と語った。
長有紀枝さん(立教大学教授)は、人道支援における研究者の役割は、現場と研究の往復によって実践者の悩みや課題を言語化し、概念化することだと述べた。研究者が生み出した概念は、最終的には実践に貢献しなければならないと主張。たとえばメアリー・アンダーソンという人道支援研究者が「諸刃の援助」という書籍で提唱した“Do No Harm(害を与えない)”という概念は人道支援実践者の原則となった。また危機発生後の対応だけでなく、紛争予防もこの学会は研究の対象にすべきだと提案した。
金田晃一さん(NTTデータグループサステナビリティ経営推進部シニア・スペシャリスト)は、 企業はこれまで平時、初動、緊急、復旧、復興というフェーズごとにどのようなフィランソロピー活動ができるかを社会貢献部門が中心となって準備してきたが、加えて最近は先端技術など企業の本業の強みを生かし、イノベーションを通じた災害支援への貢献を検討する企業が増えていると述べた。企業が社会課題をビジネスを通じて解決するためには、まず現場の情報が必要なので、現場のリアルな情報の提供をこの学会に期待したい、と話した。
谷合正明さん(参議院議員)は、日本政府の国際人道支援は、人間の安全保障、国際人道法を基本的な理念とすべきだとしたうえで、昨年改定された開発協力大綱は人道支援について「政府間支援が困難な状況下でも、最も必要とする人々に迅速かつ確実に支援が行き届くよう、意思決定の迅速化を行うとともに、非政府の幅広いパートナーも一層活用していく」「国際的な潮流を踏まえ、効果的・効率的な手法を取り入れていく」と述べていることを紹介した。さらに、大綱に書かれたこの考えを具現化していくための創造的な政策提言をこの学会に期待し、その方策として参議院の「ODA特別委員会」で学会の関係者にインプットをしていただくことも有益だと思う、と話した。
大会では企画セッションと自由発表も行われた。企画セッションは、「災害とテクノロジー」「精神保健・心理社会的支援」「新しい時代へ-⼈道危機を減らす取り組み」「長期化する危機状況下における教育支援」「大規模災害における国際協力-海外医療チームの受け入れと課題」「改めて問う人道主義」という六つのテーマで開かれた。
参加者からは、「多様なテーマ軸の企画があったことで多角的な学びが得られた」「実務者・研究者両方が発表・議論できる場があったことで既存の学会にはない新機軸だと感じた」「今後の政策提言につながる実践的な議論になったのが印象的だった」などの声が聞かれた。
緊急人道支援学会は、こうした大会だけでなく、会員からの意見を受けて、さまざまな立場にある市民、学生、実践者、研究者などがより良い人道支援を探っていけるようなテーマ別研究会を企画していく予定である。特に、企業セクターと新しい人道支援の可能性を検討することは重点テーマの一つである。
また、2025年3月には「緊急人道ジャーナル」第1号を発行予定で、随時、研究論文、フィールド・ノート、図書紹介などの投稿を受け付けている。人道危機対応に興味がある方々は、ぜひホームページをご覧いただき、様々な形での参加を検討してほしい。