子どもの労働問題、目を向けたわけ ACEの岩附由香さん:前編
「地球のためにできること」に従事する方々にお話を聞くwith Planetポッドキャスト。今回のゲストは、ACE(エース)の岩附由香さんです。

「地球のためにできること」に従事する方々にお話を聞くwith Planetポッドキャスト。今回のゲストは、ACE(エース)の岩附由香さんです。
グローバルヘルスやジェンダー問題、人権問題や食料不安。世界にも、日本にも、これらの課題を解決すべく活動している人がいます。NGOをはじめとする「現場で働く人」をゲストに迎えるポッドキャスト「地球で働く!」。第33回からは、ACE(エース)代表、岩附由香さんにお話を伺いました。ポッドキャスト本編はApple Podcast、Spotifyで配信しています。
今回と次回は、途上国で児童労働撤廃に取り組むNGO「ACE(エース)」の代表、岩附由香さんをゲストにお迎えします。
大学院生だった岩附さんが1997年に立ち上げたACEは、ガーナのカカオ生産地で働く子どもたちを危険な労働から守る活動に取り組んでいます。また、児童労働を生まない社会構造の実現に向けて、企業や政府との連携も進めてきました。近年は、日本国内における子どもの権利の普及にも注力しています。
岩附さんはこれまでwith Planetに2回登場しており、1回目は2024年2月のバレンタインの時期にチョコレートをめぐる児童労働の話を、2回目は2025年5月にアフリカでの児童労働の現状についてお話しいただきました。
聞き手を務めるのは、教育学を専攻する大学4年生の大園祥央(さえ)さんです。第33回から第35回までの内容を前編として記事でもお届けします。
前編では、活動の原点や一番の転機、そして30年近くにわたる活動の中で感じてきた世の中の変化について、お話しいただきます。
岩附さんが児童労働の問題に関心を持ったのは、上智大学の学生だった頃。留学先のアメリカから帰国する途中に立ち寄ったメキシコで、物乞いをする子どもに出会ったのがきっかけでした。そばにいる母親らしき女性は、ぼんやりと空を見つめたまま。「どうして子どもにこんなことをさせるんだろう」と、岩附さんは衝撃を受けます。
その答えが見えてきたのは帰国後、農村から都市部への労働移動をテーマにリポートを書いていたときでした。親と一緒に故郷を離れた14歳以下の子どもたちが移動先で働き、結果として学校に通えない現実があると知ったのです。
「世界では、すべての子どもに教育を受けさせるという宣言が採択されている一方、1990年代の時点でもまったく実現されていませんでした。だからこそ、私がこの分野で貢献したいと思ったのが、最初の思いです」
その後、児童の労働と教育について研究するため、大阪大学大学院へと進学。在学中の1997年にACEを設立しました。
設立当初の目的は、世界100カ国以上・5大陸8万キロを6カ月かけて歩き、児童労働の廃絶を訴える世界的キャンペーン「グローバルマーチ」を日本で実施すること。現在もACEで副代表を務める白木朋子さんを含む学生5人で、6カ月だけ活動する団体として立ち上げたのでした。
「グローバルマーチ」の詳細や、期間限定のはずだった団体が30年近く続いてきた理由については、後編の記事でご紹介します。
大学院を卒業した岩附さんは、それまでボランティアとして参加していたNGOに就職します。ACEの活動は仕事の傍らボランティアとして、ライフワークの一環で続けていました。
転機は2005年。ACEをNPO法人化し、その2年後にその活動に専念したときです。岩附さんは「自分が雇用主となったことで責任の重さを強く感じましたが、ここからACEの活動が本格的に広がっていくのを実感できた」と振り返ります。
活動を続ける上で、資金調達は欠かせません。大園さんから「活動の中で一番ピンチだったこと」を聞かれた岩附さんは「6カ月の育児休暇を終えて職場に復帰すると、業績が赤字になっていて。本当に焦りました」。個人の支援者のもとへ寄付のお願いに回り、危機を乗り切ったといいます。
現在もACEの活動資金の約7割は寄付から。積極的に活用するクラウドファンディングについては「案内をした方が別の方に紹介してくださり、思いがけず大きな寄付につながるときがあります。人と人をつなぐ、興味深い仕組みだと感じている」と話します。
ただ、クラウドファンディングの目的は資金調達にとどまりません。活動への共感を広げる意味でも重要な仕組みだといいます。
「児童労働の問題は、まだまだ一般には知られていません。知らなければ、存在しないのと同じ。たとえ寄付に至らなかったとしても、クラウドファンディングを通じて児童労働の現実や、解決に取り組む団体の存在を知ってもらえます」
ACEが現在実施するクラウドファンディングのキャッチコピーは「あきらめない。児童労働ゼロ」。実は2025年は、SDGsの目標8.7で掲げる「あらゆる形態の児童労働を撲滅する」を達成する期限とされていますが、「現実にはまったく終わる気配がありません」(岩附さん)。国際労働機関(ILO)と国連児童基金(UNICEF)が2025年6月に発表した「児童労働の世界推計2024」によると、児童労働に従事する子どもの数は世界で1億3800万人にのぼります。
岩附さんは、「目標が達成できず残念。皆さまに向けておわびのメッセージも発信しました。目標にどう追いつくかが大きなチャレンジ」だと語ります。
児童労働の撲滅は道半ばですが、人々の意識は確実に変化しているようです。with Planetの藤谷健シニアエディターは、児童労働に対する意識や関心が28年前のACE設立当初と比べてどう変わってきたか、岩附さんに尋ねます。
「以前は、私たち以外で『児童労働』という言葉を使う人はほとんどいませんでした。でも今では、さまざまな団体がこの問題に取り組んでいます。シンポジウムなどでこの言葉を耳にすると、うれしくなる」
特に近年は、企業からの反応に大きな変化を感じるといいます。ACEが企業のCSRプロジェクトに関わり始めた2009年頃、カカオを扱う企業に調達に関するアンケートを送っても、返答はわずか1割。「こんなものを送るなんてけしからん」という反応さえあったといい、今とはまったく違う状況でした。
岩附さんは「背景には、ACEの認知度向上、NPO全体への信頼の高まり、そして世界的な関心の変化があります。この変化によって多くの機会が開けてきた」と力を込めました。
前編の終盤、藤谷シニアエディターから「児童労働という言葉から浮かぶイメージ」を聞かれた大園さんはこう答えます。「開発途上国の子どもたちがカカオ農園などで働かされている、そんな風景が浮かびます。日本にはあまり関係ないのでは、と思っていた」
これに対し、「日本にも児童労働は存在します」と岩附さん。「児童労働の定義には、子どもの性的搾取や児童ポルノ、売春といった行為も含まれます。18歳未満の子どもが特殊詐欺などの犯罪に関わるケースも児童労働の一例」だと指摘します。
さらに、法律違反とまでは言い切れない「グレーゾーン」として、建設現場など本来子どもが働くべきでない場所での労働も含まれるといいます。「こうした危険で有害な労働は、国内にも存在しているのです」
前編ではこのほか、岩附さんの好きな食べ物やストレス解消法など、パーソナルな一面についても触れています。ぜひ本編を聴いて、考えて、感じたことや思ったことを私たちにシェアしてください!(Apple Podcast/Spotify ご感想は #地球で働く をつけてSNSで教えてください)
岩附由香さん
米国大学留学からの帰国途中に寄ったメキシコで、物乞いをする子どもと出会い、大阪大学大学院在学中の1997年にACEを設立。国際協力NGOセンター副理事長、児童労働ネットワーク事務局長も務める。