子どもが大人に教える学校 カンボジアでの実験、日本の先生も学んで
「誰も取り残されない教室」を掲げカンボジアで活動する日本のNPO「SALASUSU(サラスースー)」。日本の教師が現場の実践を学ぶ場も提供しようとしています。

「誰も取り残されない教室」を掲げカンボジアで活動する日本のNPO「SALASUSU(サラスースー)」。日本の教師が現場の実践を学ぶ場も提供しようとしています。
子どもと大人が同じ教室で学び、教え合う。こんな試みを日本のNPOがカンボジアで続けています。貧しさなどが理由で小さなころ、学べなかった大人たちも通うことができ、目指すのは「誰も取り残されない教室」。こんな取り組みをさらに広げ、日本の教師たちが新たな発見をする機会も提供しようとしています。
「この分数の計算は、こうやって解けばいいんだよ」
「そうか、ようやくわかった! ありがとう」
30歳くらいの成人女性と、子どもが教室で笑い合っている。大人が子どもに教えている、のではない。その逆で、子どもが大人に教えているのだ。
こんな光景が、日本のNPO「SALASUSU(サラスースー)」が運営するカンボジアの学校ではよく見られる。SALASUSUは現地のクメール語で「学校、がんばって!」の意味だ。
SALASUSUは、カンボジアのシエムレアプ近郊に拠点を置いている。2018年に、理事長の青木健太さんらが立ち上げた。もともと、現地の女性たちの経済的自立のために、土産物をつくる工房を運営していた。彼女たちは貧困家庭の出身者が多く、読み書きができず、人と適切なコミュニケーションをとることが苦手な人も多かった。そこで、教育に主眼を移し、2024年から「実験校」の運営を始めた。
実験校は、通常の学校の授業が終わった後に始業する「補習校」で、小学校4年生から6年生、そして、工房に通っていた成人女性たち120人あまりが、週3日通ってくる。授業料を受け取ってはいるが、貧しい家庭でも無理なく通える程度の額だという。
カンボジアでは、1991年に終結するまで約20年にわたって続いた内戦の間に多くの教師が殺害され、教育をどうやって立て直すかが、国の大きな課題であり続けている。学校に通っても学力が身についていないという現実も指摘されている。
世界銀行などの調査では、10歳の子どもたちのなかで、簡単な文章を読んで理解できる割合はわずか10%だという(ちなみに日本は96%)。授業は、教師が黒板の前で一方的に話し続ける形式が多い。「先生の話に全くついていけず、何をやっているかわからないまま、ただ時間が過ぎていくだけの子どもたちも多い」と青木さんは言う。
そこで、SALASUSUの実験校では「誰一人取り残されない教室」を掲げている。45分間の授業のうち、先生が説明するのは5分だけ。あとは、生徒たちが話し合って課題に取り組む。「生徒たちの集中度が全く違います。作文の時間のとき、授業が終わったあともひたすら書き続ける姿もあって感動的です」(青木さん)。工房での経験から、人にものを聞いたり、失敗したりするのが恥ずかしいことではない、という態度が身についている大人の女性たちが、子どもたちにも良い刺激を与えているという。
青木さんたちは、このような授業内容を開発するために、日本の先進的な学校の取り組みを見学し、日本の教育研究者とも幾度も議論を重ねてきた。
さらに、こんな教育を共有したいと、日本の教師がカンボジアなどの現場の実践を学ぶ旅も企画してきた。「ラーニング・ジャーニーと呼んでいます。異なる国の教育を見ることで、視野が広がり、自分の取り組みを客観的に、新鮮なまなざしで振り返ることができます」と青木さんは話す。
日本の小学校で長年教えてきた西岡正樹さんも、そんなひとり。西岡さんは、カンボジアのSALASUSU実験校を1週間、訪ねたことがある。
西岡さんは、神奈川県の公立小学校の教員を20年以上勤めたあと退職した。その後、バイクで世界中を旅行し、70カ国を回った。2004年からは非常勤で小学校講師をしながら、「旅人と教員を交互にしています」。
実験校の風景を見たとき、衝撃を受けたという。「驚きました。普通は大人が子どもに教えるものですよね。でも、ここは違う。大人と子どもが同じ目線で学んでいる。難しい課題があったときに、お互いの考えを共有しつつ、何人かが力を合わせて解決に向かっていく。ふつう、大人がかかわると、子どもは大人にゆだねてしまうんですが、ここでは大人が『私もわからないから一緒にやろうよ』と言っている。私が追い求めてきた『学びの共同体』がここにあったんです」
「学びの共同体」について、西岡さんはこう説明する。「みんながつながりながら、安心して学ぶ。お互いのわからないところを出し合って、共有しながら正解に近づいていく。そうすることで、主体的に行動し、難しいことに挑戦するようになるんです。カンボジアでも、簡単にあきらめず、難しい問題に取り組もうという態度が生まれていました」
なぜ、カンボジアの実験校で、それができていたのだろうか。「小学校で学ぶことって、すごくシンプルで、生きていくのに必要なことですよね。何のために学ぶのかが非常にクリアでベーシックなんです。それに、実験校では、人とつながりながら学んで、課題に挑戦していきます。人とコミュニケーションをしてつながる、問題が解けるようになりたい、わかりたい、というのは人間の本能だと思うんですね。それを大事にして、主体性を育んでいました」
西岡さんのようなベテランの教師でも、「学ぶところが大きかった。長い間、教員をしてわかったつもりでいても、わかっていなかったということを発見しました」と振り返る。
そして、忘れられない実験校での風景があると語る。算数の時間だった。
「ある大人の女性が、いくらやっても問題が解けないんです。周りの子どもたちや大人に聞くんだけど、みんないいところまで行くが、正解までたどり着かない。その同じ問題をずーっと40分間、あきもせずひたすらやっているんですよ。しまいには、『何で私たちわからないのよ』って怒り始めたんだけど、いや、よく続くなと感心しました」
SALASUSUは、この実験校の取り組みをカンボジア内で広げ、ラーニング・ジャーニーも継続する予定だ。実験校のモデルを5校の公立校に広げ、授業の研究や教師の研修を行うという。いずれは、カンボジアの教育制度を変えることも視野に入れている。ラーニング・ジャーニーでは、日本とカンボジアからも10人ずつ、両国の学校などを互いに訪問して学びあうことを計画している。
青木さんは「教室のなかだけでなく、国境を越えてつながって、教育を変えていきたい。お互いに学びあうことが変革のカギだと思っています」と話す。