望まない性行為を求められたときには? 性教育義務化で変わるタイ
性教育が義務化されたタイ。児童、生徒たちに、性との向き合い方をどのように伝えるべきか。教員たちは行政や関連団体と協力しながら、模索を続けています。

性教育が義務化されたタイ。児童、生徒たちに、性との向き合い方をどのように伝えるべきか。教員たちは行政や関連団体と協力しながら、模索を続けています。
望まない妊娠を防ぐには、性に関する知識と情報が必要です。タイは2016年に、法律で性教育を義務化しました。教育の質を高めようと教員の研修にも力を入れています。ラオスとの国境にあるチェンライで取材しました。
タイ北部のチェンライ空港から車で約1時間半。メコン川の向こうにラオスが見える国境のホテルを会場に、3月下旬、性教育の教員研修が開かれた。少数民族の生徒もいる公立の小中高校の教員たち約30人が参加した。
研修の初日、オレンジ色と緑色のカードが1枚ずつ、教員たちに配られた。「初めての恋人」「避妊具を使った」「性欲が落ちる」「最初の性交」……などと書かれている。
床には0歳、5歳、10歳……と5歳ごとに年齢を示す札が並べられている。教員たちは1人ずつ、手元のカードを読み上げながら、そのできごとが起こると思う年齢の位置に置いていった。
この日の講師は、タイの教育省と連携して性教育研修を行うNGO「path2health foundation」(p2h)のコーディネーター、ジラダー・トンタイさん(44)だった。
「気づいたことは、ありませんか」
並べ終えたカードを見ながら、ジラダーさんが問いかける。
「10歳から20歳に集中していますね。みなさんが教えている子どもたちの年齢です。このようなイベントが起きる前に教える必要があるということです」
「女性が処女なら最初の性交で出血があるはずだ」など、思い込みがあるかどうかを考えさせるゲーム、「娘がコンドームをもっていること」を「認める」「認めない」に分かれて意見を述べ合うゲームなどもあった。
こうした研修を踏まえ、グループに分かれて性教育の指導計画を作った。
参加したチェンコーン郡の小中学校の保健体育教師モントリー・アンマレートさん(39)は、「オンライン研修と違って、他の先生の反応や異なる意見も共有できるのがいい」と話す。学校の性教育のリーダーとして、妊娠した13歳の女子生徒を受け持ち、学業を継続できるように支援したこともあるという。
だが、現在では、対面での研修は珍しく、大半はオンライン研修のみだ。
タイでは2016年、「青少年の妊娠問題の予防及び解決に関する法律」が制定され、私立も含むすべての教育機関に対して、性教育の実施と、妊娠で学業を中断させないためのサービスの提供が義務づけられた。
法律に規定された性教育は、性的行動や性的健康にとどまらず、他者との関係を持つためのスキルなど幅広くとらえられている。包括的性教育とよばれるものだ。
法案作成に関わった性教育協会のジッティマ・パヌテチャさんは、「これまでの性教育は、性被害の防止などに重点が置かれていた。新しい法律では、子どもたちが愛や人間関係を学ぶ必要性に応えたかった」と語る。
教育省は、既に2008年に定めたコアカリキュラムで、保健体育の学習内容5領域のうち、スポーツ関連を除く4領域で、性に関する内容を入れていた。たとえば、小学1年生は女の子と男の子の違いを学び、3年生で性被害に遭わない方法を学ぶ。6年生では、性交による性感染症や妊娠のリスクを学ぶ。
とはいえ、カリキュラムの担当者は、「性教育で性交を教えているわけではない」と強調する。
コアカリキュラムは最低基準だ。学習時間も学校の裁量が大きく、どんな性教育をするかは、教員の工夫に任されている。教育省は、「青少年の妊娠問題の予防及び解決に関する法律」に基づいて、各学校で最低1人の教員は研修を受講できるように、p2hと協力し、新たにオンラインの教員研修プログラムを開発。子どもたちに起こりがちな日常の場面を題材にしたドラマや、理解したかどうかのチェックテストが盛り込まれ、視聴するだけで終わらない工夫をしているという。
同省によると、全国で約2万9千ある小中高校のうち、2万5千校の約7万人の教員がオンライン研修を受講した。
チェンライ県の中心部から約60キロ離れた「パーンピタヤコム学校」は、中高校生約1800人、教員130人の大規模校だ。p2hの支援で性教育を始めて3年で、模範的な学校の一つになった。
各教科の教員で構成される委員会で指導計画を立て、保健体育18時間のうち6~8時間を性教育にあてている。
保健体育教師ピッサマイ・ワンチンさん(55)は、生徒を4人ずつのグループに分けて議論させている。新聞を題材に時事的な話題を分析したり、グループで話し合ったことを絵本にしたり……。望まない性行為を求められたときにどうふるまうか、などテーマを与える。「性は子どもたちにとって興味のあるトピックなので、子どもたちは真剣に取り組んでいる。教員が知識を教え込むのではなく、子どもが自分で考えて絵本にすることで記憶として定着します」
妊娠や性感染症の予防のため、性交のプロセスを説明しながら、コンドームの付け方も実践する。保護者も必要性を認識しているため、苦情はないという。
生徒たちには好評だ。高校1年のアチラヤー・カーオサアートさん(17)は、「中学1年の時から受けているコンドームの授業が心に残っている」と話す。「(精液が)もれることに気をつけないと妊娠を防げないことなど、実践的に学べるのがいい」。中学1年のスッチャヤー・タンバラさん(13)は、「性教育の授業は、多くがグループ活動で、違う意見の人がいても受け入れること、自分自身を守ることを学べるから楽しい」と話す。
同校では、妊娠した生徒が自宅で休養する場合には、オンライン授業を提供している。
チェンライ県の15~20歳が通う工業系の高専学校「チェンライ・テクニカル・カレッジ」では、性教育専用の教科書を使っている。
性教育を啓発するリーダー役の生徒も20人いる。ジャカパット・ウォンピブンさん(16)は、「性のことで先生に相談に行けない友達を助けたいと思ってリーダーに立候補した」。病院から届くコンドームを配布したり、SNSで情報発信をしたりしている。
タイの15~19歳の人口1千人あたりの出生率が激減した理由の一つに、性教育の義務化もあるとみられている。
ただ、p2hのパワナー・ウィアンラウィー代表は、「教員研修を受けた教員数は把握できていても、実際にどのくらいの子どもが性教育を受けたか分かる調査はない。検証が必要です」と話す。
タイ家族計画協会のパッタヤ・ブラナプラパさんも、「p2hの研修を受けた先生たちはまだ少なく、学校で十分に性教育をできる技量がない。性教育が進んでいるといえるかどうか難しい」と懐疑的だ。
同協会は、講師を学校に派遣し、カリキュラムで不足している性交や避妊の仕方、性的な満足などを教えている。だが、コンドームの装着実演など内容によっては、学校や親から制限されることもある。それでも、3、4年前から、学校に呼ばれることが増えてきたという。
行政区と連携し、地域への性教育にも力を入れている。妊娠で退学した子どもは地域に戻り、HIVや薬物などのリスクにさらされている。地域には、HIVを治療できることを知らない住民もいるという。
大学の教員養成課程も様変わりした。ラチャパット大学プラナコン校では、すべての学生が受ける基礎教育の中で、安全な性交、妊娠、性感染症などについて学ぶ。
同大のピヤダー・ジュラワン博士は、「私が学生だった20年前は、コンドームを配られても恥ずかしくて取ることもできなかった。今の学生たちは、バナナにコンドームをつけることも恥ずかしくない。意識は変わってきていると思います」。今では、性的マイノリティーも、教員面接を通過するようになったという。
今年3月27日、タイでは、同性婚を認める法案が国会下院で可決された。性に向き合い、課題を解決しようとするタイの挑戦は続いている。