ロヒンギャ難民キャンプで問う「教育の意味」 日本の教員が訪問
ミャンマーからバングラデシュへと逃れたロヒンギャ難民。南東部のコックスバザール県では、その半数以上が子どもです。日本の先生たちが現地を訪れ、考えました。

ミャンマーからバングラデシュへと逃れたロヒンギャ難民。南東部のコックスバザール県では、その半数以上が子どもです。日本の先生たちが現地を訪れ、考えました。
バングラデシュには、隣国ミャンマーでの暴力を逃れてきたロヒンギャの人々が100万人以上暮らす。ロヒンギャとは、西部ラカイン州に多く住む少数派イスラム教徒。彼らへの迫害は40年以上にわたり続くが、世界の関心は決して高くない。難民キャンプでの子どもたちの姿を、日本の子どもたちに伝えようと、教育分野に取り組む23の国際協力NGOの連合体である「教育協力NGOネットワーク(JNNE)」が主催する「SDG4教育キャンペーン」に参加するNGOと教員のメンバーが、現地へと向かった。セーブ・ザ・チルドレンの唐語思さんと松山晶さんが報告する。
ミャンマーと国境を接するバングラデシュ南東部のコックスバザール県。ここには、ミャンマーから逃れてきたロヒンギャの人々が、33の難民キャンプでの生活を余儀なくされている。切り開かれたジャングルの斜面には、耐久性に乏しい竹やビニールでできたシェルター(簡易住居)が密集し、人々がひしめき合って暮らしている。
昨年7月、私たちは中学教員の松倉紗野香さん(埼玉県)と高校教員の関愛さん(新潟県)と共に、コックスバザール県のロヒンギャ難民キャンプを訪れた。教育協力NGOネットワーク(JNNE)が主催する「SDG4教育キャンペーン」の活動の一環だ。
「SDG4教育キャンペーン」は、SDGsの目標4(質の高い教育をみんなに)を達成するための市民参加型のキャンペーンで、市民の声を政府へ届け、政策に反映することを目的としている。2003年に始まったキャンペーンには、これまでのべ58万人以上が参加し、世界と日本の教育の現状について学び、より良い政策を求めて声をあげてきた実績がある。
毎年「教育」をテーマとしているが、2024年の活動ではロヒンギャ難民問題を取り上げた。私たちは、紛争など危機下の教育に力をいれるために国連が設立した基金、「教育を後回しにはできない基金(ECW: Education Cannot Wait)」の事業を視察した。
2017年8月にミャンマーのラカイン州北部で勃発した武力衝突とそれに続く大規模な暴力により、75万人以上のロヒンギャの人々がバングラデシュに逃れてきた。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、コックスバザール県の難民キャンプで暮らすロヒンギャは2024年11月時点で、100万6670人にも上った。その半数以上、約55%は子どもだ。キャンプ内で生まれる赤ちゃんも含め、難民として逃れてきた子どもたちはキャンプ内で成長するが、その過程で多くの教育機会を失っている。
「学校は安全だから好き」。キャンプの子どもたちに、学校は好きかを尋ねたら、みんな口をそろえてこう答えた。「友だちと遊べるから」「得意な教科が楽しいから」「先生がおもしろいから」など、日本の子どもたちから出そうな答えとはまるで違った。
難民キャンプまで逃れても、決して「安全」ではない。山を開墾して作ったキャンプでは地滑りが起きやすく、サイクロンの襲来で土砂崩れなどの二次災害も発生している。また、キャンプ内では違法薬物の乱用が深刻化している。ミャンマー国内での性的暴力や家族の殺害といった想像を絶するつらい記憶をかき消すために、あるいは先行きが見えないことなどによるストレスから逃れるために薬物を乱用するのだという。そこに犯罪組織が絡み、いくつもの複合的な問題が誘発されている。
故郷を追われ、逃れた先でもプライバシーなどないに等しい環境で学齢期の子どもたち、とりわけ10代の少女たちにとって、学びの場はほぼ唯一の「安心できる場所」なのだろう。
難民キャンプ内には、女子専用に作られた学習スペースがある。正式な学校ではない。広さ4畳ほどのスペースに、10人から15人の少女たちが学びにきていた。40度近い暑さと外部から入り込む騒音。室内は暗く、天井も低い。この中で集中力を保ち続けることは容易ではないだろう。
一方で、難民キャンプ内の教育は、よく工夫されていると感心する部分もある。例えば、授業は双方向で、2人1組で実施するペアワークも盛ん。また、どのクラスにも必ずロヒンギャ出身者とバングラデシュ人の教師が常に2人体制で配置され、お互い違う言語だが、コミュニケーションをとりながら進めている。視察に同行した日本の教師たちは、授業内で複数言語を使い分ける彼らの協力体制に特に感銘を受けていた。さらに、ECWが実施する学習支援は、支援の対象となる人たちの60%が女性や少女、10%が障害のある子どもたちなどとなるように設計されている。教室では障害のある子どもも一緒に授業を受けたり、先生自身が障害のある人だったり、ジェンダーバランスや障害児への配慮も進んでいる。
子どもが学習支援を受ける意義について保護者からは、「子どもが他者を尊重したり、謙虚になったりした」と、良い変化を実感しているとの声が聞かれた。学習はなぜ大切かとロヒンギャの教師に聞いたところ、「衛生面から安全面まで、子どもたちにさまざまな状況に適応できる力を与えるものだから」と答えた。
教育支援には、食料などの物資配布型の支援とはまた別の難しさがある。紛争下では教育施設が物理的に破壊されることがあり、教員や学習者が負傷したり、亡くなったりして人員が確保できないということもある。知識人の殺害や、子どもが兵士として紛争に巻き込まれるといった脅威も存在する。紛争を逃れて避難したとしても、避難先での教育支援は複雑だ。例えばカリキュラム。通常は避難先国または出身国のカリキュラムを使うことが一般的だが、避難先での教育内容が資格として認められるかどうかは、分からないという問題もある。
また、高等教育の欠如や、教育を受けることができたとしても、その先に就職先があるとは限らないことも課題だ。視察中、高校生の年齢になるであろう少年から「高等教育を受けたい」と真っすぐな思いをぶつけられ、返答に困ってしまった。難民キャンプでは、支援団体が運営する学習スペースで学んでも、学力を証明する修了証は発行されない。そもそも、ロヒンギャ難民がバングラデシュ国内で就労することは認められていないのだ。学習そのものに大きな価値はあるが、子どもたちが勉強するモチベーションを保ち続けるためには、高等教育への進学や就労許可など、将来を見据えた支援が必要である。
私たちは、今回のバングラデシュ訪問の前後、2024年6月から9月にかけて、日本国内でも関心をもってもらおうと市民参加型の「オンライン授業」を4回開催した。難民キャンプ訪問メンバーの松倉さんと関さんがモデレーターとなり、子ども・学生や教員など、多様な参加者と意見交換をしながら進行した。
6月に実施した第1回の授業では、ロヒンギャ出身で日本国籍を取得した翻訳家の長谷川留理華さんをゲストに迎え、世界の難民について考えた。日本に暮らしながらバングラデシュでの難民支援を続ける長谷川さんからは、「学習センターに行く前の子どもたちは、いつか自分たちをいじめた人に復讐(ふくしゅう)したいと話していた。しかし、学習支援を受け始めた後には、『僕らがどんなにいい人なのか見せたい、ロヒンギャもミャンマーの子どもたちも守れるように勉強する』と話していた」といったエピソードの共有もあった。
続く第2回の授業は、コックスバザール県を訪問している時に、現地のセーブ・ザ・チルドレン事務所から配信した。ゲスト登壇した現地職員は、「人間として、100万人もの人々の人道危機を見過ごすことはできない」「日中でも銃声が聞こえることがある。子どもたちは学校に行っている間は、自分の思っていることが言えたり、安心して過ごせる」と現地の状況を伝えた。参加者からは、「活動は継続できるのか。日本政府も人道支援の予算配分にもっと寄与すべきと感じた」との意見も出された。
3回目、4回目の授業は、バングラデシュからの帰国後に行われた。視察に参加した関さん、松倉さんがそれぞれの体験、難民キャンプで考えたことなどを参加者に伝えた。関さんは、「『学びを自分の生活に生かすことができる。家族に伝えることができる』と話す(ロヒンギャの)子どもたちの言葉から、教育の本質を実感した」と振り返った。松倉さんは、「(紛争についての)報道が減ったとしても、紛争が解決したということではない。(コックスバザールで出会った方たちからも)『忘れ去られたくない、一人でも多くの人たちに現状を伝えてほしい』というメッセージを預かった」と語った。
現実には、「忘れないでいること」は、必ずしも容易ではない。問題が大きく複雑であればあるほど、「自分一人が関心を持っても何になるのか」と、無力感を持つこともあるかもしれない。
それでも、あるいはそうであるからこそ、「誰かと一緒に関心を持ち続けること」が、大切なのではないだろうか。本キャンペーンでも、幅広い年齢や背景の方々が「授業」に参加し、ロヒンギャの子どもたちや地域の人々の声に耳を傾け、自身の考えを出し合った。市民の立場から、学校の授業やホームルームで、職場の研修で、地域のタウンミーティングやSNS空間で、会話を始めることの力は決して小さくない。現に、SDG4教育キャンペーンに参加した人々の働きかけもあり、2023年には日本政府がECW基金に初めて資金を拠出し、紛争下でも教育を途絶えさせないよう、日本としても貢献している。
2025年のSDG4教育キャンペーンでは、「サハラ以南アフリカ諸国に対する基礎教育支援増額」、「ECWなどへの拠出」などに対する政策を各政党に質問し、その答えを公開して支持したい教育政策に模擬投票する活動を展開している。その結果をもとにしたワークショップや授業、さらには意見を集計して実際に政策決定者に届けるというロビイングも計画している。学校で主権者教育の一環として実践いただくための教材も開発している。紛争など危機下の教育に引き続き注目いただき、まわりの人と会話を始めるきっかけの一つとしていただきたい。