ユニセフによると2023年、世界では2100万人もの子どもが予防接種を受けていないか、十分に受けられずにいます。中でも「ゼロドース・チルドレン」と呼ばれる、一度も予防接種を受けたことのない子どもは、世界保健機関(WHO)によると1450万人に上りました。すべての子どもには、必要な時に保健・医療サービスを受ける権利があります。生きるため、健やかに成長するために、予防接種を受ける権利もこれに含まれます。しかしユニセフによると、世界で年間約150万人の子どもが、ポリオやはしかなど、ワクチンで予防可能な病気が原因で5歳に達する前に命を落としています。新型コロナウイルス感染症のパンデミックによって、多くの国で通常の保健医療サービスが中断され、予防接種率は過去30年間で最も低下しており、世界保健機関(WHO)によると、2023年にジフテリア、破傷風、百日ぜき(DTP)のワクチン接種を3回受けられた子どもは世界全体の84%にとどまっています。6月にはベルギーで「Gaviワクチンアライアンス」の増資会合が開かれます。Gaviは、世界の人々が予防接種を平等に受けられることを目指す官民連携の組織です。会合を前に、各地の現状をセーブ・ザ・チルドレン・ジャパン、アドボカシー部の島村由香さんが報告します。

遊牧生活でも予防接種を可能に:ケニア

ケニア北東州のワジールは遊牧民が多く暮らす地域で、遊牧民の家族は家畜の牧草地や水を求めて移動しながら暮らしています。移動のたびに子どもたちは、重要な予防接種の機会を逃してしまい、予防可能な疾病に対して脆弱(ぜいじゃく)な状態にあります。

家畜を連れて移動しながら生活をするワジールの遊牧民=2024年11月、ケニア北東州ワジール©Samfelix Randa/Save the Children

ファルヒヤ・ファラーさん(38)は、他の遊牧民と同様、移動を繰り返しながら暮らしていました。特に干ばつが続くと、生き延びるために飢えや渇きに耐えながら水を求めて歩き続ける日々でした。そんなファルヒヤさんの末娘で8カ月のラフマさんは、一度も予防接種を受けたことがないゼロドース・チルドレンの一人でした。頻繁に病気にかかり、下痢、高熱、虚弱が続くことに悩まされていましたが、なかなか適切な保健医療サービスを受けられず状態は悪化する一方でした。

遊牧民のコミュニティーでは、「コミュニティーヘルスプロモーター(CHP)」と呼ばれる保健推進員の存在が不可欠です。保健推進員は、遊牧民に寄り添い、一軒一軒家庭訪問することで遊牧民の家族の健康状態をチェックし、感染症の適切な治療や栄養改善を含むさまざまなサービスを受けることができるよう、訪問プログラムを紹介したり、保健医療サービスにつないだりする役割を果たしています。予防接種はこうしたサービスパッケージの一部です。私たちは、保健医療施設などと連携して保健推進員の育成や能力強化を行い、より多くの母子がサービスを利用することができるよう活動しています。ファルヒヤさん一家も保健推進員の訪問を受けたことで、子どもが適切な治療と、定期的な予防接種を受けることができるようになりました。

保健推進員の家庭訪問の様子=2024年11月、ケニア北東州ワジール©Samfelix Randa/Save the Children

ファルヒヤさんは、こう話します。

「私たちは移動するたびに、子どもたちを守る予防接種の機会を失っていました。でも、私には何ができるのでしょうか? 私たちが移動する先には保健医療施設がなく、病気になってもただ回復を祈るしかないのです。ラフマはこれまで何度も病気になって発熱し、下痢をして、弱っていきました。私は夜通し泣き続けるラフマに何もできませんでした。ラフマを失うのではないか、という恐怖に毎日さいなまれました」

しかし、家庭訪問をした保健推進員に保健医療サービスへつないでもらい、予防接種を受けられたことで、初めて自分の子どもが守られていると感じたと言います。

「この安心感は言葉に表せません。これで将来に希望が持てるようになりました」

経口予防接種を受ける子ども=2024年11月、ケニア北東州ワジール©Samfelix Randa/Save the Children

同じワジールに暮らす、ラシ・モル・ゲドウさん(27)は、夫が放牧中の家畜の牧草地を探して数週間にわたり不在の間、重い水運びや食料調達をしながら生後10カ月の娘、アシャさんを世話する日々を送っていました。ラシさんは、アシャさんがなぜ頻繁に体調を崩すのか理由を「過酷な生活環境のせいだ」と思っていましたが、後に予防接種を受けていないことが原因の一つであると知りました。アシャさんは出生時に一度だけ注射を受けましたが、覚えているのはそれだけでした。他のワクチン接種を受けに行ったことはありません。一番近い保健医療施設は何キロも離れているため、連れていくことが難しかったのです。

ラシさんは、保健推進員のサポートにより遊牧民が保健医療サービスを受けることができる訪問プログラムを紹介されました。アシャさんは治療薬をもらい、定期予防接種のスケジュールを組んでもらうことができました。

「保健推進員は、私たちの状態を定期的にチェックし、アシャが病気から守られるようにすべての予防接種を受けられるようにしてくれました。また、衛生や栄養、病気を予防する方法について教えてくれました。今では、私は娘の養育に自信を持つことができるようになりました。助けが必要なときはどこに行けばよいか分かり、娘に、より健康な未来を与えるための知識を持つことができました」

水上生活の住民にワクチンを:バングラデシュ

バングラデシュ南部ボラ県にあるマンプラ島は、川に囲まれた島で、雨期になると水位が上昇し、孤立してしまいます。マンプラ島と本土の間の主な移動手段はボートであり、ボート上で生活する住民もいます。十分なインフラや交通網がない島内では、予防接種など住民の保健医療サービスの利用が非常に限られており、基礎予防接種率は63%にとどまっています。

ボートで暮らす人々=2023年12月、バングラデシュ・マンプラ島©Md. Sahab Uddin/Save the Children

そこで私たちはバングラデシュ保健家族福祉省と協力し、予防接種プログラムを実施しました。遠隔地のコミュニティーを特定して効率的に移動できるルートを計画し、予防接種を受けていない子どもたちをリストアップしました。さらに、ワクチン輸送、保管、保健医療スタッフの配備を含む包括的な物流計画を策定しました。このプログラムのおかげで、2023年には合計126回の特別予防接種キャンペーンが実施され、3036人の子ども、3138人の女性、2056人の妊婦が予防接種を受けることができました。

マンプラ島の堤防で実施された予防接種キャンペーン=2023年12月、バングラデシュ・マンプラ島©Save the Children

マンプラ島に住む1歳半の女の子、ファルザナさんもこのキャンペーンで予防接種を受けた子どもの一人です。母親のザイノブ・ビビさんはこう話します。

「私たちは家族と一緒に一年中ボートで暮らしています。ワクチン接種の接種員は、ボートまで来てくれません。どの保健センターがワクチン接種を行っているのかもわからないので、娘は接種ができませんでした。セーブ・ザ・チルドレンの支援により政府の予防接種員がここに来て、私の娘に予防接種をしてくれたことに感謝し、うれしく思っています」

予防接種を受けたファルザナさんを抱くザイノブ・ビビさん=2023年12月、バングラデシュ・マンプラ島©Md. Sahab Uddin/Save the Children

予防接種がもたらす「経済効果」

子どもたちの病気の予防に高い効果を発する予防接種ですが、ユニセフによると基本的な予防接種を受けるには、1人当たり平均58ドル(約8700円)が必要だとされています。また、予防接種を受けることさえできれば、年間400万人以上の子どもの命を救うことができるといわれます。

予防接種は、「最も費用対効果の高い公衆衛生介入」と言われています。Gaviが支援を行う73ヶ国を対象とした調査によると、予防接種に1ドル投資することで、2021年から2030年の間に、治療にかかる医療費などを21ドル(約3150円)節約することができるとされ、家族や社会の経済的負担を軽減することができます。さらに、ワクチン接種を受けた子どもは健康で学校を休まずに通うことができるので、学習成果の向上につながるとともに、将来生産性の高い大人に成長して経済成長に貢献することが期待できます。予防接種プログラムに1ドル(約150円)投資すれば、その経済効果は54ドル(約8100円)と推定されています。予防接種プログラムの展開に必要な資金は、コストではなく投資として捉えられるべきなのです。

また、予防接種は、社会に影響を及ぼす重大な健康上の事象への備えと対応を意味する「健康安全保障」の観点からも大きな意義を持ちます。個人だけでなく、地域、コミュニティー内の疾病の蔓延(まんえん)を防ぎ、集団免疫の獲得に貢献し、感染症を予防・制御し、国境を越えて脅威となるパンデミックを未然に防ぐことができる可能性が高まるため、日本を含むすべての国の健康安全保障の確立にも重要な役割を果たします。

Gaviワクチンアライアンスと日本の役割とは

予防接種の推進に重要な役割を担っているのが、「Gaviワクチンアライアンス」です。Gaviは開発途上国の予防接種率を向上させ、子どもたちの命と健康を守ることを目的に、2000年にスイスで設立された官民連携のパートナーシップです。ワクチンの不平等をなくし、すべての人のワクチンへのアクセスを保障するために、ワクチンの導入や拡大、予防接種プログラムとそのための財政の持続可能性の向上、ワクチンと関連製品の健全な市場の確保など、保健システム強化に取り組んでいます。

設立から2023年までに、Gaviの支援によって約11億人の子どもがワクチン接種を受けることができ、約1800万人の子どもの命が救われました。また、予防接種キャンペーンを通じて19億回の予防接種が実施されました。Gaviは2024年6月に、2026年から2030年にかけての次期戦略「Gavi6.0」を発表しました。6.0戦略を遂行するには、追加で90億ドル(約1兆3500億円)の資金調達が必要とされ、そのための会合が6月にベルギーのブリュッセルで開催されます。予算が確保されることで、さらに5億人の子どもたちが予防接種を受けることが可能になり、800万~900万人の命が救われると見込まれています。

日本はこれまで、Gaviへの資金拠出を通して、子どもたちの命と健康を守り、世界の予防接種率の向上に貢献してきました。また、誰もがいつでも必要な時に経済的負担なく保健医療サービスを受けることができる状態を指す「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)」の達成に向けた世界的な取り組みを牽引(けんいん)してきました。予防接種サービスの利用拡大は、UHC達成の重要な柱の一つです。

今後Gaviが6.0戦略を遂行し、より多くの母子に予防接種を届けることができるようにするためには、日本政府を含む世界各国がGaviへの投資を維持・強化し、その取り組みを大きく後押しすることが求められます。