「ワクチンナショナリズム」の教訓 アフリカで挑む「自給自足」とは
コロナ禍ではワクチンの公平な分配に課題が残りました。次のパンデミックに備え、こうした課題にどう向き合うのか。「Gaviワクチンアライアンス」CEOに聞きました。

コロナ禍ではワクチンの公平な分配に課題が残りました。次のパンデミックに備え、こうした課題にどう向き合うのか。「Gaviワクチンアライアンス」CEOに聞きました。
地球規模の課題解決に最前線で取り組む人たちに、with Planetの竹下由佳編集長がその思いを聞きます。今回は、途上国などでワクチン普及を進める国際組織「Gaviワクチンアライアンス」(本部・ジュネーブ)のCEO(最高経営責任者)、サニア・ニシュタールさんです。
新たな感染症の世界的流行(パンデミック)への備えは急務だ。そのためにも、新型コロナウイルスのパンデミックから私たちは学ばなければならない。
コロナ禍では、日本を含めた先進国などがいち早くワクチンを確保し、「ワクチンナショナリズム」との批判が上がった。新型コロナのワクチンを共同調達し、途上国にも公平に分配する国際的な枠組み「COVAX(コバックス)ファシリティー」が立ち上がったが、十分に行き渡らず、課題も残した。
世界保健機関(WHO)とともにCOVAXファシリティーを主導したのが、途上国などでワクチン普及を進める官民連携の国際組織「Gaviワクチンアライアンス」だ。この経験から何を学び、どう次に備えることができるのか。今年3月にCEOに就任し、このほど来日したサニア・ニシュタールさんに聞いた。
──はじめに、世界の保健医療の課題に向き合う「グローバルヘルス」は現在、どのような課題に直面していると認識していますか?
グローバルヘルスは常に世界中で、特に低所得国で、課題に直面しています。その中でも特に、グローバルヘルス・セキュリティー(国際的に脅威となる感染症などの危機への対応力や対策)が課題になっていると感じています。
新型コロナは世界中をまひさせました。経済に深刻な影響を与え、多くの人々が亡くなり、病気に苦しみ、生活にも影響をもたらしました。パンデミックは、グローバルヘルスにとって最も深刻な課題であり続けています。コロナ禍が収まった後は、エムポックス(サル痘)が広がりました。健康に関する危機には、常に備えておかなければなりません。
そしてもう一つ、グローバルヘルスにとって重要な問題になってきているのが、気候変動に起因する病気の拡大の脅威です。気温が変化することによって、コレラやチフス、マラリア、黄熱病といった病気を媒介する生物などの生息パターンを変え、予測が難しくなることが、グローバルヘルスの課題だと感じています。
──気候変動がもたらす危機が高まる中、ワクチンの重要性も高まっているのでしょうか?
その通りです。私たちのワクチンへの投資計画の半分は、気候変動に関連して見通しの立たない病気に対するものです。気候変動の影響により、洪水や干ばつなども起きやすくなっていますが、洪水が起きるとコレラやチフスなどの病気も起きやすくなります。その際、こうした病気に対するワクチンの備蓄があり、必要な国に送ることができるということがとても重要です。ワクチンの役割はこれまで以上に大切なものになると思います。
──そのような状況に対し、Gaviとしては具体的にどのように対応していくのでしょうか。
今年1月からアフリカでのマラリアワクチンの接種プログラムを始め、すでに16カ国で展開しています。ナイジェリアが17カ国目となり、来年ウガンダでも大規模なプログラムを予定しています。マラリアをはじめ、気候変動に起因する病気への対応に力を入れていくつもりです。
──気候変動など複数の課題に同時に向き合わなくてはならない難しい時代の中で、私たちは次のパンデミックにも備えなければなりません。Gaviとしては、どのように備えていくつもりでしょうか?
次のパンデミックは、「起こるかどうか」ではなく「いつ起こるか」なのです。そういった意味でも、備えは非常に重要です。
パンデミックへの対応には、多くのアクターが関わります。一つは国。そして、国際機関も重要な役割を担います。中でもパンデミックにおいては、WHOが全体のコーディネーター役となり、Gaviはワクチンに関する部分を担当します。
新型コロナのパンデミックでは、私たちは多くの教訓を得ました。最初の教訓は、それぞれの国内で、定期的なワクチン接種のシステムがうまく機能していれば、パンデミックの時にもそのシステムを活用できるということです。
二つ目に学んだことは、ワクチンが必要になった時、必ずしもその最初の日から必要な資金があるわけではないということです。まさに新型コロナワクチンが求められた際、多額の資金が必要でしたが、その資金集めに数カ月がかかりました。このため、Gaviは「ファースト・レスポンス基金(First Response Fund)」を立ち上げました。5億ドルの基金で、さらに大きな規模の二つの緊急資金調達手段もあります。私たちはこの仕組みを、エムポックスのアウトブレークの際に使えるか試しました。その結果、この基金を活用し、エムポックスのためのワクチンの最初の発注をすることができました。
そしてもう一つは、アフリカに関することです。新型コロナのパンデミックの際、アフリカはワクチン提供の順番の最後尾にいました。迅速に提供されなかったのです。この経験から、Gaviは「アフリカワクチン製造アクセラレーター(African Vaccine Manufacturing Accelerator〈AVMA〉)」を今年6月に立ち上げました。これは、アフリカでのワクチン製造を促進するための12億ドル規模の枠組みです。アフリカ域内での商業用ワクチン製造のために、補助金を提供します。
──コロナ禍では「COVAXファシリティー」が立ち上がったものの、アフリカを含む低中所得国になかなかワクチンが届きませんでした。背景には、いわゆる「ワクチンナショナリズム」があったといわれますが、再び繰り返さないために、Gaviとしてはどのように取り組みたいと考えますか?
おっしゃる通り、コロナ禍では「ワクチンナショナリズム」が見られました。その影響を最も受けたのはアフリカです。アフリカ連合(AU)は、2040年までにワクチンの一定割合をアフリカ域内で調達するという非常に重要な目標を掲げています。AVMAは、その達成に貢献するものです。
AVMAはすでに設立され、銀行にお金が入っている状態です。したがってアフリカの事業者たちが、ワクチン製造の承認を受け、質の高いものが作られるようになれば、お金を受け取ることができるのです。
また、技術移転は非常に重要です。AVMAとしても技術移転が進むようサポートしたいと思っています。なぜなら技術移転は、アフリカでのワクチン製造の「自給自足」に非常に貢献するものですから。
──ニシュタールさんはコロナ後の今年3月にCEOに就任しましたが、COVAXファシリティーが十分に機能しなかったことについてはどのように受け止めていますか?
COVAXファシリティーがなければ、ワクチンを入手することは不可能だった国々もあったと思います。そして、あの非常に難しい時期に、迅速に立ち上がりました。もちろん何事にも欠点はありますが、全体としてみれば、非常に重要な結果も達成できたと思います。
──ここまでワクチンの重要性について話を聞いてきましたが、世界的にワクチンに対する忌避の動きもあります。Gaviとしてはどのように向き合っていくお考えでしょうか?
ワクチンに対する忌避には、事実をもって対峙するしかないと思います。特にソーシャルメディアなどで、間違った情報に基づいて発信している人たちがいます。ワクチンの重要性については絶対のものがあると思っていますので、正しい情報を提供することに、Gaviとしても注力していきたいと思っています。
私たちとしては、エビデンス(証拠)に基づいた正しい情報を、一般市民、地域社会、政府などに対して提供したいと思っています。
例えば、タンザニアとケニアでは、「ガール・エフェクト(Girl Effect)」という取り組みと協力して、子宮頸(けい)がんに有効とされるヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンについての正しい情報を広めていますし、「VACソーシャルイニシアチブ」というものを立ち上げ、SNS上でワクチンに関する正しい情報を広めています。正しい情報を、繰り返し発信していくことが重要だと思います。
──気候変動、ワクチン忌避と課題がある中で、次のパンデミックに備えるために、日本政府や日本企業に期待することはどんなことでしょうか?
日本は科学技術分野で世界のリーダーであり、私たちは協力することを楽しみにしています。
特に、デング熱ワクチンは非常に重要なワクチンです。世界ではデング熱による被害が広がり、気候変動によってもその被害が大きくなる可能性もあります。日本の武田薬品が開発しているデング熱ワクチンについても、私たちは注視していきたいと思っています。
そのほかにも、NECの生体認証の技術や、豊田通商のワクチン保冷輸送車などに注目しています。生体認証技術については、バングラデシュで試験をしましたが、ワクチン接種における事務作業がとても楽になりました。通常だと書類に記入が必要でしたが、生体認証技術によって90秒でワクチンを受ける子どもの登録ができるようになりました。
ワクチン保冷輸送車は特にアフリカで非常に役立っています。ワクチンが必要な地域に運ぶために、保冷倉庫に寄ってから運ぶ、ということをしなくてもいいので、時間とコストの節約になっています。
──日本政府に対してはどうでしょうか?
Gaviは今年、2026年から2030年までの戦略を発表しましたが、2030年は「持続可能な開発目標(SDGs)」の達成年限でもありますので、活動を加速させていきたいと思っています。
日本はGaviの最大のドナー国の一つなので、我々の次の戦略に対しても引き続きの貢献をお願いしたいと思っています。世界を守り、地域社会を守り、自国を守ることにつながりますから。
──日本は2030年に主要7カ国(G7)議長国を務めます。資金拠出以外にも期待することはありますか?
日本はこれまでも議長国として非常に重要な役割を果たしてきましたが、次に向けてもグローバルヘルスのリーダーとしての役割を担っていただきたいです。
そして日本は、(世界中の人が適切な医療保健サービスに負担可能な費用でアクセスできる)ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)の推進役でもあります。(厚生労働省が取りまとめたビジョンで掲げた)UHC達成を支援する「ナレッジハブ」の設立もとても楽しみにしています。来年には、ハブが立ち上がることを期待していますし、日本とアフリカ諸国によるアフリカ開発会議(TICAD)もあります。2030年にG7議長国になるにあたって、来年は日本にとって非常に重要な年となりますね。