「私たちは一つの村」気候変動と健康のために行動を マラウイ保健相
サイクロン、感染症、貧困。多くの困難に直面するアフリカ最貧国の一つ、マラウイ。気候変動が進む今、必要な対策は? クムビゼ・カンドド・チポンダ保健相に聞きました。

サイクロン、感染症、貧困。多くの困難に直面するアフリカ最貧国の一つ、マラウイ。気候変動が進む今、必要な対策は? クムビゼ・カンドド・チポンダ保健相に聞きました。
地球規模の課題解決に最前線で取り組む人たちに、with Planetの竹下由佳編集長がその思いを聞きます。今回は、アフリカの最貧国の一つで、2023年3月に超大型サイクロン「フレディ」にも襲われたマラウイのクムビゼ・カンドド・チポンダ保健相です。
アフリカ最貧国の一つ、マラウイ。
インド洋に面するモザンビーク、タンザニアのほか、ザンビア、ジンバブエに囲まれる、アフリカ南東部の内陸国だ。
世界銀行によると、人口の70.1%が1日2.15ドル以下で生活しているとされる(2019年、推計)。人口は約2041万人(2022年)で、およそ80%が35歳以下という「若い国」だ。人口の80%が農業に従事しているとされ、天候に大きく左右されることなどから貧困削減がなかなか進んでいない。2015年には洪水、2016年には歴史的な干ばつ、2019年からはしばしばサイクロンに襲われた。2023年3月には超大型サイクロン「フレディ」に見舞われ、その復興の途上にある。
「フレディ」による被災後、マラリアの症例数が急増したという。医療施設が被災したことに加え、洪水によってマラリアを媒介する蚊が繁殖しやすい水たまりなどが増えたことなどが理由だとされる。
異常気象の頻発による人々の健康への影響や、気候変動による健康リスクに私たちはどう向き合うべきか。リスクの最前線にあるマラウイのクムビゼ・カンドド・チポンダ保健相が4月に来日し、都内でインタビューに応じた。
――超大型サイクロン「フレディ」からの復興は現在、どのような状況ですか?
フレディはマラウイを襲った最大のサイクロンで、200万人以上が被災するなど、多くの被害をもたらしました。人々は避難キャンプに滞在しましたが、ほとんどのキャンプは、人々を収容するために小学校を使用しました。
ほとんどの施設が壊滅的な被害を受けました。医療従事者の中にも家を失い、生計を立てられなくなった人もいます。インフラへの被害も大きく、道路が流されたり、橋が流されたりしました。
治療が必要な妊婦もいましたが、私たちは彼女たちに手を差し伸べることができませんでした。予防接種が必要な子どもたちもいました。しかし、インフラ、特に道路が被害を受けたため、私たちの保健医療サービスに影響が出ました。
医薬品などのサプライチェーンシステムにも被害がありました。ワクチンの保管に使っていた冷蔵庫のほとんどが被害を受けました。また、結核用のウイルス製剤などの医薬品も失われました。
これまで、サイクロンは何度も発生しました。そのため、フレディからの復興は非常に困難でした。この国では、気候変動によるショックがずっと続いているようなもので、それが保健セクターに悪影響を及ぼしているのです。そのため、復興には非常に時間がかかります。
被害を受けた施設を修復するにはリソース(資源)が必要です。日用品、医薬品、医療品、設備を修理・回復するための物資や資金が必要です。ですから、復興は現在進行中です。
政府としては尽力してきました。少なくともいくつかの地域では保健サービスを再開しました。「アウトリーチ・クリニック」として、救急車を特定の地域に派遣して、医療サービスを提供しています。
これらはグローバルファンドをはじめとしたパートナーからの復興支援によるもので、とても感謝しています。しかし、私たちは復興について話すと同時に、来年何かが起きたときに適切に対処できるように、どのように態勢を強化していくかについても考えなければなりません。
気候変動によるショックに耐えられる態勢をどのように構築するか。道路が寸断された場合、どうやって住民に手を差し伸べるのか。このような問題について検討する一方で、特にHIV対策などでは、物資の不足が生じないようにすることも重要です。治療に使われる抗レトロウイルス薬などが失われてしまっては困ります。だから私たちは、気候変動によるショックで途絶えることのないようなシステムを作ろう、と言っています。必要なのは、「継続性」なのです。
――復興のために、最も重要な資源は何でしょうか?
私たちにとって最も重要なものを、一つだけ挙げることはできません。
政府の一員としては、ラザルス・マッカーシー・チャクウェラ大統領に感謝しています。なぜなら、保健セクターへのダメージを見て、今年、彼は国家予算の最も多くを保健分野に充ててくれたからです。これは初めてのことです。彼は保健セクターが復興に取り組むことを支援すると同時に、災害への備えにも取り組んでいます。これは政治的なコミットメントを示すものであり、最も重要なことの一つだと思います。
また、パートナーからの支援も重要です。私たちは国として、どのように復興し、どのようにレジリエンス(回復力)を構築し、どのように危機に対応するための準備態勢を構築するかについての計画があります。
その計画を実行するためにどれだけの費用が必要なのかも把握しています。政府としても予算を投入しますが、パートナーにも計画を支援してもらいたい。
複数の計画があると、重複が多く、非効率で無駄も多い。しかし、計画が一つしかなく、予算も一つであれば、全員がやるべきことに集中できます。
――フレディの発生後、マラリアが急増したと聞きました。マラリアは現在、どのような状況ですか?
マラリアはいまだに大きな問題で、死亡率も高く、命を落とす人が後を絶ちません。国として、マラリア対策プログラムに取り組んでいます。2030年までに、マラリアが公衆衛生上の脅威ではなくなることを確認する必要があります。
私たちはマラリアをコントロールするために様々な取り組みをしています。その一つが蚊帳の配布です。すべての妊婦が受けなければならない妊婦検診で、蚊帳を配布しています。年間、900万張近くの蚊帳を妊婦や子どもたちに配布しています。また、マラリアの媒介蚊を対象とした薬剤の残留散布も実施しています。
5歳未満の子どもたちのためのワクチンもあります。もちろん、蚊の発生を減らすための周囲の環境整備などにも取り組んでいます。
しかし、こうした取り組みにもかかわらず、サイクロンや大雨、洪水のために、コントロールが難しくなっています。
新しい技術が必要かもしれません。来日中、蚊をターゲットにした新技術を開発している日本企業の話を聞きました。新たな診断機器や蚊よけクリームなど、これらの新技術は、マラリア撲滅を確実にするために本当に役立つものだと思います。
日本国内での感染によるマラリア患者は、1962年が最後だと聞きました。
つまり、マラリア撲滅は可能なのです。また、気候変動の影響を克服できるような新しい技術革新も必要でしょうし、すでに実施している対策を支援したり、補完したりすることも必要です。
――気候変動の影響とみられる異常気象や災害が増える中、マラウイ国内でこれまで紙で管理されていた「ヘルスパスポート」(健康手帳)のデジタル化など、国民の保健情報のデジタル化が重要だとあなたは指摘しています。
日本では、ほとんど全ての場所で「デジタル化」が進んでいます。スーパーマーケットでも現金を持ち歩く必要はなく、人々は携帯電話で支払いをしていました。
マラウイの「ヘルスパスポート」は、人々が病院に行く時に持参するものです。年齢から体重、服用している薬まですべてが書かれています。もしこの手帳をなくしてしまったら、その情報が消えてしまいます。
私たちはサイクロンに見舞われ、家とともにヘルスパスポートも流され、多くのデータも失いました。だから、万が一に備えて情報のバックアップができるように、システムをデジタル化しようと考えています。
すでにいくつかの地区で優先的に始めていますが、今後は、どこにいても、どの地区にいても、同じシステムを利用できるようにしたいと考えています。リソースの制約があるので、少し時間はかかるでしょう。
――また、「村」単位での医療システムの拡充の重要性も指摘していますね。
その通りです。人々が医療サービスを受けるために歩かなければならない距離を短くしたいのです。
村の診療所では基本的に予防医療に重点を置き、子どもたちにワクチンを接種したり、家族計画のためのものを提供したり、マラリアなどの簡易検査をしたりしています。プライマリーヘルスケアを強化する上で非常に重要な役割を担っています。
――昨年ドバイであった国連気候変動会議(COP28)では、初めて各国の保健相を招いて「ヘルスデー」とした関連会合が開かれました。気候変動による人々の健康へのリスクに対する懸念は高まっているように感じます。
気候変動の問題は現実のものであり、低所得国やアフリカ諸国だけでなく、あらゆるところに影響を及ぼしています。私たち全員に、それぞれ違った形で影響が及んでいるのです。
しかし、私が言いたいのは、もし日本に影響が出たとしても、日本にはより優れた管理システムがあるということです。何かが起ころうとすれば、すぐにそれを知ることができ、起きる前に十分な準備ができるでしょう。
残念なことにマラウイは、すでに起こったことに苦しみ、これから起きうることへの対応にも苦慮しています。緊急事態への対応システムを構築するために、支援を求めたいです。
支援といっても金銭的な支援だけでなく、技術的な支援も必要です。どのように計画を策定するのか、国内の関係機関がすぐに情報共有するにはどうすればいいのか。こうしたシステムの構築のために、パートナーに援助を求めたいです。
――2024年はマラウイと日本が外交関係を樹立してから60周年にあたります。日本とマラウイの関係を発展させるために、どのような関係を望みますか?
日本はマラウイにとって長年のパートナーです。新型コロナウイルスの感染拡大の際にも日本政府は私たちを支援してくれました。国際協力機構(JICA)を通じて、手の届きにくい地域に日用品を運ぶためのトラックを提供してくれるなど、多くの分野で支援してくれています。
日本政府とは非常に温かく、友好的で、強い関係にあります。それに加えて、日本はグローバルファンドの最大の資金提供国の一つです。私たちはグローバルファンドから支援を受けていますが、それは日本のような国からの支援によって成り立っているのです。グローバルファンドのおかげで、HIVの母子感染が減るなど、多くの子どもたちが救われています。
新型コロナウイルスの感染拡大では、日本を含むすべての国が影響を受けました。しかし、そのような状況下でも、日本は私たちを助けてくれました。私たちは本当に感謝していますし、この関係をもっともっと強くしていきたいです。政府だけでなく、日本企業の新技術など、民間セクターからの関与にも期待したいです。
――保健分野の課題解決には、マラウイだけでなく、周辺国のタンザニアやモザンビークなども含めた地域的な対策が必要だと強調していますね。
私たちの国境は、閉ざされていないのです。国境は開かれており、人々はいつも行き交っています。つまり、マラウイでコレラの感染が広がれば、ザンビアも安全ではなく、ザンビアで感染が広がれば、モザンビークも安全ではないのです。私たちは健康の問題では常に協力し合っています。
だから、私たちが国際社会に支援を呼びかけるときは、マラウイだけでなく、地域全体への取り組みを求めます。一緒に病気を封じ込めることが重要なのです。
――「私たちは一つの村に住んでいる」とも言及していました。
その通りです。「地球村(Global Village)」のようなものです。日本も含めて、一つの村なのです。
新型コロナウイルスが私たちに教えてくれました。中国から広まり、マラウイでも感染が拡大しました。だから、「全員が安全になるまでは誰も安全ではない」という考えは正しいと思います。
今、蚊の生息域の問題も指摘されています。気候変動の影響により、蚊がいなくなったはずの場所で蚊が見つかるなど、すべての人が危険にさらされていると思います。
だから、例えばマラリアを撲滅しない限り、世界中どこでも、私たち全員が安全ではいられないのです。マラウイを安全な国にしたい。マラウイを訪れる人々がマラリアに感染することなく安心して過ごせるようにしたいのです。