気候変動がもたらす健康被害 危機感募るアフリカ諸国 識者に聞く
気候変動が人々の健康と生存に影響を及ぼしています。医療・保健体制の整備が不十分なアフリカ諸国では特に影響が大きく、対策が急務です。ナイロビで識者に聞きました。

気候変動が人々の健康と生存に影響を及ぼしています。医療・保健体制の整備が不十分なアフリカ諸国では特に影響が大きく、対策が急務です。ナイロビで識者に聞きました。
世界気象機関(WMO)は2024年1月、2023年の世界の平均気温が観測史上、最も高かったと発表しました。各地で異常高温が記録されただけでなく、異常気象や自然災害なども相次ぎました。身近で起きている「異変」をきっかけに、気候変動が健康にもたらす負の影響について関心が高まっています。イギリスの医学雑誌「ランセット」は、2023年11月に公表した年次報告書で、気候変動が人々の健康と生存に影響を及ぼしており、対策を取らないとリスクが急激に悪化すると警告しました。11月~12月にアラブ首長国連邦(UAE)のドバイで開かれた国連の気候変動会議(COP28)では、初めて各国の保健大臣による「ヘルスデー」が開かれ、深刻化する地球温暖化が脅かす健康被害が議論されました。アフリカ大陸全域で保健医療分野の支援をする国際NGO「アムレフ・ヘルス・アフリカ」の最高経営責任者(CEO)、ギティンジ・ギタヒ博士(53)に本部のあるナイロビで聞きました。
気候変動による健康被害は、アジアやアフリカなど途上国で、より深刻な影響が出ている。
「アフリカにとって、気候変動は、すでに脆弱(ぜいじゃく)な健康状況をさらに悪化させる最も大きな外部リスクとなっており、その影響は計り知れない」。世界保健機関(WHO)や国連などのアドバイザーも務めるギティンジ・ギタヒ博士は最近、COP28など国際会議などの場で、こう繰り返し訴える。
ーー「気候変動による健康被害はアフリカにとってきわめて深刻な問題となっている」と再三、強い危機感を示しています。
私たちの団体は、アフリカの人々が健康を享受できるよう、各国政府の取り組みを支援しています。こうした取り組みを阻む(アフリカ側の)内的な要因としては、資金や医療従事者、清潔な衛生設備の不足などが挙げられます。しかし最も大きなリスクとなるのが、気候変動だと考えています。なぜならば、アフリカは地球温暖化の原因とされる温室効果ガスの排出が最も少ない地域ですが、気候変動による影響は軽減されません。健康被害の影響を受けやすい弱者が多い上、保健システムが元々脆弱な分、他の(排出が多い)国と比べると、より重い負担を強いられるのです。
ーー実際には、どのような影響が見られますか。
まずは異常気象です。干ばつが頻繁に起きています。それに伴い、深刻な栄養失調が広がっています。また集中豪雨による洪水が南部や東部アフリカで頻発しています。こうした国々では衛生状態が悪化し、コレラが大流行しています。マラウイではこれまでで最も長い期間、コレラの流行が続きました。
さらに、媒介性疾病と呼ばれる病気に変化が起きています。例えば、蚊が媒介して感染する疾病には、マラリアやデング熱、チクングニア熱などがあります。このうち影響が最も顕著なのが、マラリアです。公表されているデータによると、蚊の生息域は、赤道から南北に向かって毎年6、7キロ拡大しているそうです。つまり感染地域が拡大しているのです。また水平移動だけでなく、垂直移動、すなわち標高の高いところにも蚊が生息するようになっています。これは、これまでマラリアに感染するリスクがなかったコミュニティーが、季節的、もしくは通年で、新たに危険にさらされているということです。いずれも温暖化の結果なのです。東アフリカだけをとっても、2030年までに新たに7千万人以上にマラリア感染のリスクがあるとされます。
ーーこれまでマラリアに無縁だった人にも何らかの対策が必要になりますね。
その通りです。マラリアの最大の予防策は、蚊に刺されないことです。そのためには蚊帳や殺虫剤を使う、肌を露出させない、などの基本的な対策が最も有効です。しかしこれまで病気がなかったコミュニティーの住民に、マラリアの危険性や対策を理解してもらい、日々実行してもらうのはとても難しいことです。またそうした対策のために追加の資金が必要になります。まもなく撲滅できるだろうと考えられていたマラリア対策のために、新たな予算を確保すること自体、元々、保健予算が乏しい各国にとっては、とても大きな重荷になります。
コウモリの生息地にも変化が見られます。エボラ熱に似たマールブルグ病は2023年にタンザニアで発生し、その後終息が宣言されました。詳細は不明ですが、媒介するコウモリが移動してきたため、と言われています。さらに感染症ではありませんが、毒蛇をめぐっても同じようなことが起きています。生息地域が変わることで、毒蛇であることを知らない無防備な住民がかまれるケースが起きています。また異常気象の影響で、水や食料が入手できなくなり、移動を強いられる人たちも増えています。そうした人たちは、動物が媒介して感染する病気については無知であることが多いのです。
ーーこの課題に対して、アフリカ各国政府はどのように取り組んでいるのでしょうか。
おそらく「まだ取り組まれていない」というのが正しい答えでしょう。いまほとんどの気候変動対策は、温室効果ガスの削減に焦点が当たっています。アフリカの場合でも、温室効果ガスの排出が少ないにもかかわらず、援助国の支援を受けながら、排出量の削減という緩和(mitigation)をめぐる対策はいくつも打ち出す一方で、水不足や感染症対策などの適応(adaptation)策についてはほとんど議論されていません。クリーンエネルギーへの転換はうたっても、健康被害については目をつむっているのです。
各政府が立ち上げた気候変動対策の組織を見れば、この傾向は顕著です。環境、エネルギー、財務、農業、水資源などの担当省庁によって構成されており、保健省が加わっているのは、アフリカ域内でおそらく2、3カ国しかありません。ドバイのCOP28で、アフリカの保健大臣らと議論をしましたが、全員が気候変動による健康被害の深刻さは理解していました。今後は各国政府の気候変動対策に、健康への影響という課題を盛り込み、実態調査や解決につなげていけるかどうかが問われています。
ーーあなたは講演などで「気候変動による健康への影響やその対策を考える際、ユニバーサルヘルスカバレッジ(UHC)がとても重要な役割を果たす」と強調しています。もう少し詳しく説明してください。
UHCは「すべての人々が、支払い可能な費用で、良質な保健医療サービスを受けられなければならない」とする概念です。現在、アフリカ大陸全体では、46%の人しかUHCにアクセスできていません。過半数の人はサービスそのものを受けられないのです。また利用できても、収入に対して不相応な高額の支払いを強いられる人が少なくありません。気候変動によって病気が新たに生まれたり、増えたりすることは、UHCへのアクセスが不十分な住民にとって、より不利な状況に追いやられることを意味します。つまりUHCを達成するということは、気候変動による脆弱性から、住民を守るということになります。
例えば、洪水が発生し、蔓延(まんえん)するコレラに子供が罹患(りかん)しても、UHCがなければ、保護者は費用負担を考えて、診療所に行くことを避けるかもしれません。UHCは、気候変動に対して、医療制度における適応策の一つのツールとなります。もうひとつの理由は、UHCが機能するために、サービスを提供する医師や看護師、保健師といった医療従事者や施設、医薬品、医療器具などを十分に備える必要があるからです。つまり保健医療の態勢が整うことが、気候変動によって起きる病気の予防や治療の充実にもつながります。
ーーこれまでを振り返ると気候変動の原因となる温室効果ガスの排出の大半は、いわゆる先進国によるものです。日本を含め、こうした国々は、何をすべきだと考えますか。
高所得国が、地球温暖化の原因となる温室効果ガスを排出し、発展してきたことは誰もが知っています。一方、アフリカのように排出がほとんどない国や地域にも、気候変動の影響は等しく起きます。むしろ脆弱な分、より深刻な結果をもたらし、人々の命すら脅かします。こうした影響を確実に軽減する責任を高所得国は負っています。つまり「損失(loss)と被害(damage)」に対して資金を投じるべきだ、と私たちは考えます。さらに炭素税の導入も必要です。日本に対しては、導入を前向きに検討するだけでなく、他の国を後押しする役割を大いに期待しています。
こうした資金を活用し、高所得国は、損失と被害の対策基金に拠出するだけでなく、疾病調査や予防対策に、より一層力を入れて欲しいと思います。新型コロナウイルス感染症のパンデミックが起きた際、「最後の一人が安全になるまで、誰一人として安全ではない」というスローガンがありました。いま気候変動によって、病気のパターンが変わっています。マラリアやコレラだけではありません。今後、新しいウイルスが動物から人間にうつり、新たなパンデミックが始まるかもしれません。こうした想定をしながら、研究や調査を進めることは、早期警戒の備えをすることになり、結果的に、高所得国の人々の健康への影響も食い止めることができるのです。