気候変動で高まる感染症リスク、向き合うには 朝日地球会議で語った
「朝日地球会議2023」(朝日新聞社主催)が開かれ、10月12日に「プラネタリーヘルス最前線 気候変動と感染症のいま」が配信されました。その概要をお届けします。

「朝日地球会議2023」(朝日新聞社主催)が開かれ、10月12日に「プラネタリーヘルス最前線 気候変動と感染症のいま」が配信されました。その概要をお届けします。
国際シンポジウム「朝日地球会議2023」(朝日新聞社主催)の4日目となる10月12日、セッション「プラネタリーヘルス最前線 気候変動と感染症のいま」がオンラインで配信された。地球規模の気候変動の影響で、世界中で感染症のリスクが高まっている。対策や一人ひとりにできることについて、with Planetの竹下由佳編集長がコーディネーターを務め、大学やNPO、企業などの立場から4人が語り合った。
登壇したのは、長崎大学プラネタリーヘルス学環長の渡辺知保さん、認定NPO法人マラリア・ノーモア・ジャパン理事の長島美紀さん、SORA Technology株式会社副CEOの梅田昌季さん、NTDs Youthの会代表で大分大学医学部医学科4年生の轟木亮太さん。
セッションの冒頭、渡辺さんが「プラネタリーヘルスとは何か」について基本的な概念を説明した。渡辺さんは、環境に負荷をかけながら社会が発展した結果「人間は今、地球で安全に暮らせるかどうかの境界線にいる」と、述べた。プラネタリーヘルスという概念は、英医学誌ランセットで2015年に紹介され、広まった。
これを受けてコーディネーターを務めるwith Planetの竹下由佳編集長は「プラネタリーヘルスとは地球と人間の健康をセットで考えること」だと述べ、登壇者それぞれの意見を聞いた。
地球が健康でなければ私たちも健康でいられない。気候変動が起こると、熱波や洪水が発生する。生態系が崩れると、感染症が蔓延(まんえん)する。渡辺さんは「住む場所を追われ生計手段も失うなど、間接的な負の影響も大きい。生物圏と社会・経済圏、二つの世界をまたいで議論し、持続可能な社会を目指すのがプラネタリーヘルスの基本の考え方だ」と説明した。
渡辺さんによると、生態系には人間を感染症から遠ざけるバッファー(緩衝材)の役割があった。だが土地開発などで生態系が壊され、「新たな病原菌や病原体を持った媒介動物が人間に寄ってきた」と危機的な状況であることも明らかにした。
長島さんは、気候危機は待ったなしの状況であり、災害の後には感染症のリスクも高まるとして、パキスタンで2022年8月に起きた大洪水の例を挙げた。「半年間水が引かず、水を介して感染する水系感染症のマラリアやコレラが蔓延した」と指摘する。
水系感染症が猛威を振るうのは、上下水道が未整備である途上国だけではない。熱波や暴風雨が多発した米国フロリダ州とテキサス州で2023年7月、マラリアの感染者が相次いだ。いずれも海外渡航歴はない。長島さんは「人の移動や都市化、貧困など様々な要因で感染症が再流行する可能性も指摘された」と話す。
感染症の対策として注目されるのが、最新テクノロジーの活用だ。
梅田さんが副CEOを務めるSORA Technologyが使うのはドローン(無人機)などのエアモビリティーだ。ドローンと人工知能(AI)を組み合わせ、マラリアの原因となる蚊の幼虫であるボウフラが生息する水たまりを検出し、集中的に殺虫剤を投下する。これにより、殺虫剤の量を最小化する事業に取り組んでいる。活動地は西アフリカのガーナやシエラレオネ、ベナン、セネガルなどだ。
梅田さんによると、感染症対策の分野は新技術を活用する余地が広く、大きなビジネスチャンスがあるという。「プラネタリーヘルスの分野で新しい技術を使うニーズは高いと感じる」
長島さんが理事を務める「マラリア・ノーモア・ジャパン」は、インド東部オディシャ州で2018年から気象データなどを駆使してマラリアの発生パターンを予測するプロジェクトを主導して進めている。データを読み解く能力(情報リテラシー)を持つ人材の育成にも力を入れる。
オディシャ州はアジアの中でもマラリアが非常に流行した地域の一つ。2017年には約35万人が感染していた。だが患者数や薬の配布状況はデータ化されず、「非常にアナログだった」。マラリアの状況をデータ化し、さらにそのデータを活用できる人材を育成した結果、感染者数が約3年で9割減った。
「現地の担当者はこの成果を『オディシャ州の奇跡』と評していた」(長島さん)
ただ、テクノロジーの活用にも課題はある。梅田さんによると、地域住民にデータ収集を頼んでも「データの質が担保されない」という。例えばボウフラが発生する水たまりの温度を測定する際、温度計ではなく指を使ってしまう。水溜まりの近くに蚊のトラップを置いても、「数日後には子どものおもちゃになっていた」という。
梅田さんは「住民の情報リテラシーを高めれば、データの質は改善される。AIの力も増すだろう」と考える。竹下編集長は「住民と問題意識を共有することが大切だ」と意見を述べた。
一方、渡辺さんは、テクノロジーには非常に期待していると述べたうえで、その課題を 「課題解決のためとはいえ、テクノロジーの利用が今の環境を変えることが多い。新たな環境には新たな課題が生まれる可能性がある。今後の影響を考えなくてはいけない」と、指摘した。
地球規模の課題に立ち向かうには、政府の力も欠かせない。国際NGOの理事の立場から、長島さんが日本政府に求めることは三つある。一つめは継続的な支援。二つめはマラリアにさらに有効なワクチンなどの研究開発への資金援助。三つめは人材育成。「プラネタリーヘルスに関心をもつ若者を増やしてほしい」と述べた。
長島さんが次世代の人材として期待するのは、NTDs Youthの会代表で大分大学医学部医学科の学生、轟木亮太さんだ。NTDsとは、「顧みられない熱帯病(Neglected Tropical Diseases)」のことで、アジアやアフリカの熱帯地域の貧困層を中心に約17億人が感染のリスクにさらされている20の疾患を指す。先進国の人々にとってはなかなか「自分ごと」として認識されず、世界保健機関(WHO)が「⼈類が制圧しなければならない熱帯病」としているにもかかわらず、根絶までの道のりは遠い。
「狂犬病なら犬にワクチンを打てばいい、リンパ系フィラリア症なら集団投薬をすればいい。解決策があるのに支援しないのは人道的に許されない」(轟木さん)
轟木さんは、「顧みられない熱帯病の根絶を目指す議員連盟(NTDs議連)」に所属する超党派の議員と共に、厚生労働省にNTDs対策について政策提言をしてきた。「日本政府には、マラリアやNTDsの根絶に取り組む意義を世界に訴え、プラネタリーヘルスの課題に積極的に取り組んでほしい」と主張した。
セッションでは最後に、地球規模の課題に対し、私たち一人ひとりができることは何かを話し合った。渡辺さんは「身近なものについて思いをはせることが大切。今食べているものはどこから来たのか。電気はどうやって作るのか。身近なものと地球とのつながりを考えることが、プラネタリーヘルスにつながる」と、話した。
マラリアで亡くなる子どもは1分間に1人ともいわれる。長島さんは「背景には地球環境の変化や気候変動、人の移動など様々な要因が重なる。『私たちも加害者の1人』という意識をもつことが重要」だと訴える。
渡辺さんは、地球の健康を維持するために「想像力を働かせ、次のアクションを起こしてほしい」と呼びかけてセッションを結んだ。
◆セッション「プラネタリーヘルス最前線 気候変動と感染症のいま」の全編はこちらからご覧いただけます。