「差別や偏見、世界のエイズ対策に影響」 “反同性愛法”の問題点は
東アフリカのウガンダで5月に成立した「反同性愛法」。ゲイの息子を持ち、エイズ対策などに取り組むグローバルファンドのリンダ・マフさんに、その問題点を聞きました。

東アフリカのウガンダで5月に成立した「反同性愛法」。ゲイの息子を持ち、エイズ対策などに取り組むグローバルファンドのリンダ・マフさんに、その問題点を聞きました。
地球規模の課題解決に最前線で取り組む人たちに、with Planetの竹下由佳編集長がその思いを聞きます。今回は、エイズ、結核、マラリアの3大感染症への対策に取り組む「グローバルファンド」で政治・市民社会アドボカシー部長を務めるリンダ・マフさんです。2023年5月末に東アフリカのウガンダで成立した「反同性愛法」をめぐる問題点を、書面でインタビューしました。
「普遍的人権の悲劇的な侵害だ」「私は、ウガンダの多くの人々を含む世界中の人々とともに、この法律の即時廃止を求める」ーー。
東アフリカのウガンダで5月29日、同性愛行為に対して死刑を含む厳しい処罰を規定した「反同性愛法」が成立した後、アメリカのバイデン大統領は声明で、こう強く求めた。
世界銀行も8月、新たな措置が取られるまで、ウガンダへの新規融資を検討しないと発表。国際社会からの批判が高まっている。
この反同性愛法は、ウガンダのムセベニ大統領が署名し、成立した。「同性愛行為への関与」に終身刑を科し、同性愛行為の相手が児童や障害者などの場合は「加重同性愛」として、死刑の適用も可能と定められている。8月末には、「加重同性愛」の罪で男性2人が訴追されたとCNNなどが報じている。
この問題に声を上げ、エイズ対策の重要性を訴えているのが、エイズ、結核、マラリアの3大感染症への対策に取り組む「グローバルファンド」で政治・市民社会アドボカシー部長を務める、リンダ・マフさんだ。
マフさん自身、ゲイの息子を持つ母親でもある。性的マイノリティーの人々への差別や偏見が、いかに人々の健康に影響を与えうるのか、書面でインタビューした。
ーーウガンダで成立した「反同性愛法」は、性的マイノリティーの人々への人権侵害の極みであり、国際社会からの批判が高まっています。この現状をどのように受け止めていますか?
私はウガンダの反同性愛法に深く失望しており、これは国中の多くの同性愛者の権利を侵害するものと考えています。人権は普遍的なものです。誰もが暴力から解放される権利を持っています。反同性愛権利運動の高まりは、LGBTQI+(LGBTを含めた多様な性)コミュニティーに対する暴力を扇動し、彼らの安全と尊厳を脅かすことにつながります。
さらに、私はこの法律が健康に及ぼす有害な影響、特にこれまで非常に成功してきたウガンダのエイズ対策への影響も非常に懸念しています。この法律は、命を守るために必要な医療サービスへのアクセスを妨げ、LGBTQI+コミュニティーをさらに疎外し、危険にさらすでしょう。誰であろうと、どこにいようと、人種、宗教、年齢、性別、性自認、性的指向に関係なく、誰もが必要な保健サービスを受けられるべきです。
ーー今回の法律は、ほかのアフリカの国々にはどのような影響を与えうるとお考えでしょうか?
LGBTQI+コミュニティーの人権は、アフリカ諸国をはじめとする多くの国で攻撃の対象となっています。ウガンダは、同性愛者であることがすでに違法とされていた多くの国の一つでありますが、現在ではこうした刑罰法規がエスカレートしています。
多くの国で、ウガンダの反同性愛法のような、時代に逆行する法律を導入する傾向が強まっています。このような反権利運動の高まりは、LGBTQI+コミュニティーに対する暴力を扇動し、感染症に対するこれまでの多くの成果を侵食しかねません。
ーー英紙ガーディアンへの(法成立前の)寄稿の中で、マフさんは「この法律が成立すれば、ウガンダのエイズ撲滅に多大な悪影響を及ぼすことになる」と指摘しています。同性愛の人々への偏見や差別は、医療サービスへのアクセスや人々の健康にどのような影響を与えるとお考えですか?
この新しい法律は、ウガンダだけでなく、世界の健康上の成果に影響を及ぼすことになると思います。人々がスティグマ(偏見)や差別に直面したり、性的指向を理由に虐待を受けたり、投獄されたり、起訴されたりすると、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)検査や予防、治療サービスを受ける可能性が低くなることはすでに検証されています。
こうした行動は、HIVを制圧する努力を台無しにします。他の感染症との闘いと同様、HIVとの闘いにおけるある地域での後退は、世界のあらゆる場所でのHIVとの闘いにおける後退を意味します。ウガンダのHIV対策で起きていることは、世界のHIV対策にも影響を与えるということです。
ーー世界には、ウガンダの「反同性愛法」だけではなく、アラブ首長国連邦(UAE)でも同性同士の性的行為が刑罰の対象となっているなど、性的マイノリティーである人々の人権を侵害し、彼らに対する偏見や差別を助長しかねない法律や制度があります。どのような性自認、性的指向であっても、人権が守られ、差別のない世界を作るには、何が必要だとお考えでしょうか?
世界各地で、反同性愛法は、攻撃や処罰を恐れ、さらに疎外されることへの懸念から、人々が重要な保健サービスへアクセスすることを妨げています。政府には、人権とジェンダーの平等性を促進し、保護する責任があります。
私たち一人ひとりが、あらゆる形態の差別に対して立ち上がり、人類を一つの家族として受けとめなければなりません。私たちは、「自分たちの根源にある、善なる天使たち(良心)」に力を与え、特に疎外された人々、LGBTQI+コミュニティーに愛とケアとサポートを提供することができます。私たちには、人間としての多様性を肯定し、皆が平等に創られていることを認める責任があります。
ーー日本でも今年6月、性的マイノリティーへの理解を広めるための「LGBT理解増進法」が成立しました。しかしその内容の一部には、当事者から「差別を助長する」と懸念の声が上がりました。日本では性的マイノリティーへの正しい理解や教育が十分に広まっているとは言えない現状がありますが、多様性が認められ、LGBTの人々への理解を持つ社会はどのように作っていけるでしょうか?
日本は、すべての人が基礎的な保健医療サービスを支払い可能な費用で受けられるようにする「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)」の推進をはじめ、多くの課題で世界のリーダー役を担っています。これは、すべての人、特に最も弱い立場の人々が差別されることなく、保健サービスを受けられるようにするための基本です。
日本はその寛容の理想を貫き、LGBTQI+コミュニティーを含むあらゆる人々の人権を促進し、保護するために他の人々を鼓舞し続けることができるはずです。
ーーエイズ撲滅のための闘いにおいて、何が一番の障壁になっていますか?そして、日本の人々にできることは何でしょうか?
SDGs(持続可能な開発目標)の枠組みの下で、2030年までにエイズだけでなく、結核やマラリアといった他の疾病も終わらせることは、人類の進歩における最も具体的な目標の一つであり、世界で最も脆弱(ぜいじゃく)なコミュニティーに住む人々に大きな変化をもたらすものです。この目標は依然として達成可能なものです。何をすべきかはわかっていますし、有効な手段も持っています。
日本の人々は、感染症との闘いの進展に非常に大きな貢献をしてきました。日本は2000年のG8(主要8カ国)九州・沖縄サミットの議題に感染症を取り上げ、2002年のグローバルファンドの設立への道を開きました。それ以来、日本はグローバルファンドの強力な支援者であり、グローバルファンドにとって5番目に大きな公的ドナーです。
これらの疾病を永久に終わらせるためには、画期的で革新的な技術へのアクセスを加速させ、既存のツールとの併用を最適化し、あらゆる費用対効果を最大化する必要があります。LGBTQI+コミュニティーの人々を含め、これまで取り残されてきたすべての人々がさらに脆弱な立場に追いやられる不公平をなくす必要があります。
そのためには、より包括的かつ強靭(きょうじん)で持続可能な保健システムの強化への投資を増やす必要があります。また、多くの国々で、最も危険にさらされている人々が必要な保健サービスへアクセスできずにいる障壁を取り払うための政策の改善が必要とされています。