「顧みられない熱帯病」知って 初のNTDsコンテストで学生が訴え
デング熱や狂犬病など途上国を中心に広がる「顧みられない熱帯病」への関心を高めようと、学生コンテストが初開催されました。独自の視点が光ったその発表内容とは?

デング熱や狂犬病など途上国を中心に広がる「顧みられない熱帯病」への関心を高めようと、学生コンテストが初開催されました。独自の視点が光ったその発表内容とは?
主に熱帯地域の途上国を中心に蔓延(まんえん)する「顧みられない熱帯病(NTDs)」への若者の関心を高めるため、「顧みられない熱帯病 学生コンテスト(幹事団体:NTDs Youthの会など)」がオンラインで開催された。当コンテストの授賞式は世界NTDの日である1月30日、「2024世界NTDの日ウェビナー(主催は世界NTDの日・日本実行委員会)」の中で開かれた。受賞者の発表内容やコメントを紹介する。
「幕末の英雄、西郷隆盛が一つの病によって馬に乗れなくなったのをご存じですか」。若き日の西郷が奄美群島の沖永良部島に追放された際に感染したとされるのは、NTDsの一つ、リンパ系フィラリア症。陰嚢(いんのう)が腫れ、手足が巨大化するなど外見上に大きな変化が出る病気だ。
日本人になじみ深い西郷隆盛をきっかけにNTDsへの理解を深める約3分の動画を発表したのは、大分大学医学部医学科5年の牧功大さん。「NTDsを知らない人にも関心を持ってもらえるよう工夫した」という発表で、コンテストA部門「NTDsをわかりやすく伝える」で最優秀賞を受賞した。
官民学と様々な立場からNTDsに関わる6人の審査員は「細かな画面の切り替えや字幕テロップなどの見せ方が優れていた」「視聴者を飽きさせない工夫が秀逸」などとコメントを寄せた。牧さんは「私はこのコンテストがきっかけでNTDsを知った。周囲の医学生の認知度も低い。まずは自分の身近な人にビデオを見せ、NTDsの認知を広めたい」と話した。
NTDsとは、デング熱や狂犬病、リンパ系フィラリア症といった21の疾患群の総称。主に熱帯地域の貧困層を中心に、現在も17億の人々が感染のリスクにさらされている。だが先進国では流行しておらず、経済的な見返りがないことなどで薬の開発も進まない。日本でも認知度の低いNTDsへの若者の関心を高めるため、同じく若者を中心に活動する「NTDs Youthの会」が主催団体の幹事となり初めて開催したのが「顧みられない熱帯病 学生コンテスト」だ。
発表テーマは二つ。牧さんが受賞したA部門「NTDsをわかりやすく伝える」のほか、B部門は「NTDsに対して私たちができることを考える」。中学生から大学院生までの学生が、個人もしくは4人までの団体で参加した。それぞれ20チーム(53人)、15チーム(26人)が1次選考を受け、5チーム(11人)、6チーム(9人)が東京大学山上会館での最終選考に進んだ。
A部門でU18特別賞を受賞したのは、千葉県立幕張総合高校看護科1年生チーム。NTDsの認知度についてインスタグラムで100人の高校生にアンケートを実施したところ、8割が「知らない」と回答したという。NTDsを知り、募金などできることから始める大切さを説いた。「自身が病気にならないことで、世界保健機関(WHO)がNTDs対策に時間を割ける」とも指摘した。
受賞者メンバー4人を代表して、山本莉子さんが「わかりやすく伝える工夫をチームで考えた。視野を広くもち、私たちができることをしていく」と述べた。
B部門「私たちができることを考える」の最優秀賞は、ラテンアメリカやカリブ海諸国で蔓延するシャーガス病の治療薬の開発を目指す、大阪市立大学医学部医学科4年の涌井謙佑さんに贈られた。エルサルバドルに渡り、病気を媒介するサシガメという昆虫から寄生原虫トリパノソーマを採取し、帰国後に大学で実験を始めた。
シャーガス病の感染者の多くは軽症だが、約3割は数年から数十年後に心臓や腸の病気になる。半世紀前に発見された現在の治療薬は副作用が強く、より効果的で安全な薬の開発が急務だ。涌井さんは今回の実験について「既存薬に並ぶ駆虫力を示した抽出物もあったが、ヒト細胞に対する毒性は評価できなかった」といい、今後の課題とする。
審査員は「現地での経験を生かした発表で説得力があった」とコメント。涌井さんは「努力を評価してもらい、研究へのモチベーションにつながった。現場に治療薬を届けるため調査を続けていく」と意気込んだ。
B部門のU18特別賞を受賞したのは、福岡県立修猷館高校2年生チーム(2人)。NTDsの認知度を上げるため「レッドカップキャンペーン」の展開を主張した。赤いカップのマークが付いた商品を買うと、売り上げの一部が途上国の学校給食の支援に寄付される国連世界食糧計画(WFP)の取り組みで、2022年時点で累計2400万人以上の子どもに給食が届けられた。
このキャンペーンをNTDsにも応用したいという久我彩乃さん。「コンテストに応募するまでNTDsという言葉は知らなかったが、調べていくうちに私たちが解決すべき病気だと実感した。途上国の状況を改善するための努力を続けたい」とコメントした。
コンテストには二つの特別賞も用意された。一つはGHIT賞。「グローバルヘルス技術振興基金(GHITファンド)」は、途上国向けの創薬や技術開発に助成する世界初の官民パートナーシップ。GHITの國井修CEOは「2013年以降、ビル&メリンダ・ゲイツ財団や国内外の製薬企業、日本政府などが300億円を拠出し、120以上の新薬開発プロジェクトに投資してきた」と説明する。「パートナーシップを通じての課題解決」を提案した発表に対し、その名前を冠した賞が贈られた。
受賞した千葉県立幕張総合高校看護科1年生チーム(4人、A部門)は、国際的なパートナーシップを図るうえで鍵となる二つの宣言に触れた。WHOや世界銀行、各国政府、大手製薬会社などがNTDsの10の疾患の制圧に向けて共闘するとした2012年のロンドン宣言と、その後継となる2022年のキガリ宣言。これらについて手話を交えて説明した。
國井さんは「NTDs根絶のために産官学が連携することを示した非常に重要な宣言。これを伝えてくれた」と評価した。受賞者のひとり、礒妃葵さんは「初めてやる作業が多く準備が大変だったが、グループで協力して取り組めた」と話した。
もう一つの特別賞、日本製薬工業協会(製薬協)賞を受賞したのは中学生だ。東京学芸大学付属国際中等教育学校3年生チームの2人(B部門)が堂々と発表した。「NTDsの一つであるハンセン病政策の過ちを認めた日本だからこそ、NTDsの制圧に貢献する意義がある。衛生的な医療体制を十分に構築できない途上国の課題を解決するため、日本の途上国援助(ODA)の特徴である自助努力型の医療支援が必要だ。その際、相手国に寄り添った形で行うべきだ」
製薬協は研究開発志向型の製薬企業71社(2023年7月28日現在)が加盟する業界団体。医療用医薬品の新薬を開発することで、世界の医療に貢献してきた。「一緒に届けたい薬と思い」という製薬協からのメッセージを捉えた中学生の発表について、製薬協NTDグループ兼アステラス製薬サステナビリティ部マラリア・プラジカンテルプロジェクト担当の藤井泉さんはこう評した。
「支援国の特性や環境に合った支援が日本への理解や信頼の獲得につながるという思いに共感した。医療技術で途上国の人材を育成することが、将来の友好的な関係につながる可能性も感じた。中学生が丁寧に調べ、発表してくれたことに敬意を表する」
受賞者のひとり、廣野慧香さんは「インドに7年間住んでいたとき、デング熱の恐ろしさを身近に感じていた。こうした現状に対して何もできない無力感がずっと残っていた。今回のコンテストでNTDsについて考えることで、(NTDsの制圧に)少しでも貢献することができた」と話す。
コンテストを総括して、國井さんは最後にこうコメントした。「世界の人々の苦しみや悲しみに無関心であってはいけない。今回のコンテストでは若者が声なき声を代弁し、自分ごととして行動してくれた。この気持ちを大切にしながらNTDsについてさらに調べ、現場に行ってほしい。そして私たちとともに活動することを願っている」